第88話

 王女の叱咤激励もあってか、神官やシスター、そして軽傷者の協力もあり、重傷者の搬送は概ね終了した。

 しかし、最後の搬送用の馬車を送り出そうとした時──激しい怒号と共に医療部隊の側面から数人のハイランド兵士が吹っ飛んできたのである。

 リーシャとヴェーダは愕然としてその方角を見た。彼女達の前には、二〇ほどの騎兵が立ち並んでいたのである。

 イグラシオは残りの三十の騎兵を守備兵に当て、残りの二〇騎を医療部隊へと突撃したのだ。


「あとちょっとだっていうのに……!」


 ヴェーダは舌打ちをして、腰のレイピアを引き抜く。リーシャも神妙な面持ちで〝マルファの聖剣〟を鞘から抜き放つ。

 軽傷だった兵が残ろうとするが、リーシャがそれを手で制して馬車に残らせた。

 リーシャはその先頭にいる男に見覚えがあったのだ。


「まさか、リーシャ王女か」


 医療部隊を襲ってきた男──イグラシオは、目を見開いた。

 そこにいたのが、あの世間知らずでローランドに囚われた敵国の美しい姫とは思えなかったのだ。

 以前みた時とは別人のような毅然とした佇まいに、血まみれのその姿とイグラシオを強く睨むその瞳は、まさしく戦士のそれであったのだ。


「あの時逃した王女様ともう一度合い間見えるとはな」


 イグラシオはツキが自分に戻ったと思った。もう一度彼女を捕虜として捕らえる事ができれば、戦を大きく変える事ができる。女が二人と、時間の制限があるとは言え騎兵二〇の兵力差。王女の捕縛は十分可能だと思えた。

 ランス部隊が医療部隊を乗せた馬車を追いかけようと駆け出そうとするが、イグラシオはそれを手で制した。


「医療部隊はもういい。あそこにいる青髪の女を捕縛する事が最優先だ。あの小娘を捕らえれば戦争が終わる」

「はっ」


 ランス部隊が槍を構える。

 リーシャとヴェーダも応戦しようと、武器を構えた。


「……どうするの?」


 ヴェーダが小声でリーシャに問うた。


「時間を稼ぎましょう。医療部隊の伝令が着けば、すぐにラーガ将軍が援軍を出して下さいます。そこまで持ち堪えられば、私達の勝ちです」

「時間、ね……」


 ヴェーダは溜息を吐いた。

 今目の前にいる兵士達が、以前の脱走兵を相手にするのとは訳が違う事は明白だ。今回は正真正銘、敵の主力騎兵である。それも数は、あの脱走兵の倍ほど。時間を稼ぐどころか生き残る事すら難しいように思えた。


「王女よ!」


 イグラシオがリーシャに語りかける。


「もしも貴女がこちらの捕虜となるならば、手荒な真似はしない。その従者のエルフも丁重にもてなそう。どう考えても女の細腕で乗り切れる事態ではあるまい。そなたが落ちれば、この戦争も終わろう……怪我人を治す必要ももうなくなるぞ」


 尤もな意見をイグラシオは言った。

 無論、彼とてこの圧倒的多数で女を攻撃するなどという事はしたくなかったのだろう。

 リーシャはその提案に微笑を浮かべ、ゆっくりと首を振った。


「そう思って……私はあの時、何も反抗しませんでした」


 彼女はゆっくり胸元に輝く五芒星を描いて続けた。


「でも、違ったんです」

「なに?」

「国を守る身として、王族を名乗る身として……絶対に譲ってはいけないものもあるんだって。それを私に教えてくれた人がいます」


 もしかすると自分はここで死ぬかもしれない──リーシャにそんな恐怖がないわけではなかった。

 本当は五芒星を描く手が震えている。それくらい怖かった。だが、彼女には守るべくもの達がいた。

 国と国民──王族として、それは当然守らなければならないものだった。

 ここにいる全員が死を覚悟して挑んでいるというのに、王女であるからと言って護られていていいわけではない。


(ジュノーン……私、頑張りますから。だから、あなたの武勇を、ほんの少しでいいから私に分けて下さい)


 彼女は想い人の顔を浮かべ、立ち並ぶランス部隊に対して、意を決して……〝聖弾ホーリーバレット〟を放った。ふわっとした光が一瞬見えたかと思うと、騎兵のひとりが巨人の鉄球で殴り飛ばされたように吹っ飛ばされる。


「な、なんだ⁉」

「いきなり吹っ飛んだぞ!」


 ランス部隊に一気に戦慄が走る。

 この様な魔法を受けた事がなかったのだ。


「せ、聖魔法だと……⁉」


 さしものイグラシオもこれには驚いた。

 以前彼女を追いかけていた時はそんな魔法が使えるそぶりすら見せていなかった。

 そして、彼を驚かせたのはそれだけではなかった。

 もう一人の女性、ヴェーダは風の下級精霊〝シルフ〟を召還し、その羽衣を身に纏うと、空を舞い始めたのだ。


「な、なんだこの魔術は……!」


 呆気にとられているランス部隊を他所に、ヴェーダは空から矢を放つ。矢を防ごうと上空のエルフに気をとられていると、今度は前からリーシャが放つ見えない気弾が飛んできて、馬ごと弾き飛ばされる。

 その恐ろしい連携に、ただただイグラシオ部隊は呆気にとられる他なかった。


──────────

【お知らせ】


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『異世界で取り戻す青春スローライフ ~異世界転移で勇者として召喚されたけど現世に戻れなくなったので、同じく聖女として召喚されたクラスメイト(美少女)と異世界で青春する事になりました~』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556903503395


九条初の異世界転移ものです!

よかったら読んでやって下さい!

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