第89話
「ランス隊よ、前進せよ! 上のエルフは無視して王女を捕縛するのだ! 焦点を絞らせるな」
止まっていては圧倒的に不利だと察したイグラシオは部下に突撃を命じた。どれだけ高度な魔術をもっていようと、近づいて取り押さえればこちらの勝ちだと判断したのだ。
「無視ですって? そんな寂しい事言わないでくれるかしら?」
ヴェーダは空中から精霊魔法の詠唱に入った。
「木の精霊〝ドリアード〟よ……汝の力にて、かの荒ぶる男共に眠りの誘惑を」
金髪の美しいエルフの手から、透明の木の精霊〝ドリアード〟が現れた。〝ドリアード〟は笑い声を上げながら、リーシャの元へ走るランス隊の頭上に桃色の花びらを舞わせる。
ランス隊のうち五人は馬上で突如昏睡し、バランスを崩して落馬する。打ち所が悪かった者はそのまま絶命した。
(なんというおそるべき魔法だ!)
イグラシオも初めて見るその不気味な技は、突撃しながらもランス部隊に畏怖を与えた。
「怯むな! 近づいてしまえばこっちのものだ!」
イグラシオは怯える部隊を叱咤する。その間もリーシャは〝聖弾〟を放ち、着実に騎兵の数を減らしていた。
騎手に当たれば騎手が、馬に当たれば馬ごと吹っ飛ばし、突撃するランス隊に恐怖心を与える。
しかし、その代償も大きかった。これまで〝聖弾〟の連射を経験したことのなかったリーシャにとって、体への負担は少なくなかったのである。
しかも、先程まで聖魔法で怪我人の治療を続けており、彼女の体はとうに魔力負荷に耐えられなくなっていた。
(耐えて下さい……! ここで倒れたら、全てが終わってしまいます……!)
リーシャは五芒星を指先で結びながら、何度か意識が遠のくのを感じていた。
狙いも徐々に定まらなくなってきており、外し始めている。当初二十いた騎兵は瞬く間に数を減らしていたが、リーシャとの距離もどんどん詰められていた。
「炎の精霊〝サラマンダー〟よ! かの愚かな者共に怒りの炎を!」
ヴェーダが火の精霊〝サラマンダー〟を召喚し、馬ごと騎兵を焼き払う。リーシャの体が限界を超えていたことに彼女は気付いていた。だからこそ戦を急がせたのである。
〝シルフ〟〝サラマンダー〟〝ドリアード〟の三精霊同時召喚はヴェーダの体にも負担は大きかったが、後先のことを考えていられる状況ではなかったのはイグラシオだけではない。
もう何発の〝聖弾〟を打ったか数えられなくなった頃には、騎兵の数はイグラシオのみの一騎となっていた。
「見事だ、リーシャ王女。たった二騎で私の精鋭部隊を圧倒するとは。どうかそなたを傷つけたくはない。投降してくれないか?」
イグラシオは馬上から意識を朦朧とさせている少女に話しかけた。
「まだ……終わっていません。私は国の為に、そして民の為に、諦めるわけにはいかないんです!」
「そうか……」
王女で見たところまだ二十にもなっていない娘の覇気と意地。国王にも関わらず、自室にこもって覚えている自国の王。
一体、どちらが正しいのか、イグラシオにももはやわからなくなっていた。
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