第78話
ハイランド軍がディアナ平原に向けて出陣したその数日後、ローランド帝国に驚くべき急報が舞い込んだ。
『砂漠の国・ケシャーナ朝が国境を突破し、ローランド南部を侵攻』
その急報にはさしもの宰相マフバルも驚いた。何れはケシャーナ朝にも圧力をかけなければならないと思っていたが、まさか逆に圧力をかけられるのは考えていなかったのだ。
ローランド帝国幹部は慌てて召集され、宰相マフバルとヘルメス将軍の二人の指示のもとに、ローランド北部であるハイランド方面に駐屯させていた軍のうち半分の三万もの兵を南部へと向かわせた。さすがに半分は割き過ぎなのではないかとも思ったが、ケシャーナ朝の破竹の勢いを考えるとそうも言っていられない。
守りが手薄且つ油断していたことも加えて、ローランド帝国南部の関所はいとも簡単に突破された。それから数日を経て、今度は南部の拠点まで落とされたとの報も入った。これ以上の侵攻を許すわけにもいかなかったのである。
油断していたとは言え、ケシャーナ朝がここまで深く入り込んでくるとは考えておらず、宰相マフバルにも焦りが見え始める。
「おのれ……ヘルメス将軍、これは一体どうなっている!」
マフバルは怒りのままに拳でどんとテーブルを叩いた。
「はっ。おそらく、ケシャーナ朝は輸出入の値上げ等が気にくわなかったのではないかと……」
ヘルメスが判り切った事を言うので、マフバルは余計に苛立った。
「そんなことを聞いているのではない! 何故こうもあっさりと拠点を落とされているというのだ!」
「それが……どうやら我々の拠点の中でも最も攻略し易い場所を知っており、予め城に合った攻城兵器を持ってきていた様です。加えて、強い武将が居らぬ城を狙われた模様……奴らめ、密偵を送り込んで調べ上げていたようです」
ヘルメス将軍は深い溜め息を吐いて言った。
まさか、ここまで情報が筒抜けだとは考えてもいなかったのだ。
「それにしても、たかが密偵にそこまで調べられ上げられるものなのか……!」
マフバルは唸るが、これは彼の予想できる事ではなかった。
というのも、これらはハイランド〝竜騎将〟ジュノーンの入れ知恵だったのである。ジュノーンはケシャーナ朝と同盟を結んだ際、ローランド帝国の陥落しやすい城、そしてその城の特徴や武将情報等を全てバルクーク王に教えていた。謂わば、ローランド帝国内部でしか知られていない様な情報もバルクーク王は知っており、その城を落とす為に必要な攻城兵器を全て用意して挑んだのだ。これほど短期間で城を陥落させられたのはその為だった。
「だが、バルクーク王とて愚かではあるまい……いくらあの王が勇猛果敢と言えども、総兵力は我が国の方が上だ。我らが全力で戦えば、ケシャーナ朝が攻めてきたとて簡単に粉砕できることくらいわかっていよう」
「ですが、我が国が全力で戦うことはハイランド方面の守りを考えれば出来ません。奴等もそれを解っているのでしょう。ハイランド国境駐屯兵三万であれば歴戦揃い故に追い返す事も可能でしょうが……」
ケシャーナ朝が侵攻を開始した直後には、ヘルメス将軍の指示により、ハイランド国境駐屯兵をケシャーナ朝討伐に向かわせていた。
おそらくそろそろケシャーナ朝と交戦する頃だろう。
「くっ……奴等の目的はなんだ。まさか、本気で我が国を攻め落とす気ではあるあまいな?」
「その割には軍が小さいです。少数精鋭で攻めてきていると考えられます」
報告によれば、バルクーク王の軍勢は精々一万とのことだった。
南方から北上し、拠点を陥落させつつ帝都まで落とすことが出来る兵力ではなかった。
「ジュノーン・リーシャ王女探索に回していた兵も今は南方に向かわせております。おそらく、これ以上の侵攻は不可能でしょう」
そこで、ふとその両名の名がマフバルの頭に引っかかった。
(ジュノーン、だと……?)
かの武将であれば、ローランドの内部事情を知り尽くしている。それらをバルクーク王に伝えれば、この様に要所のみを攻める事も可能だ。
「まさか、ジュノーンとリーシャがハイランド国境を越えられずケシャーナ朝に亡命していたということはないか?」
マフバルは訊いた。
万が一その二人がケシャーナ朝に亡命していれば、ローランド帝国にとっては由々しき事態だ。切り札を失った上に、更に敵国に内部情報を知られた事になるのだから。
北部にはハイランド、南部にはケシャーナ朝からの防衛に戦力を割かねばならない。とてもではないが、今のローランド帝国にその様な余力はなかった。
「その可能性も視野に入れてはいるのですが、彼らの逃げた方角からはそれも考え難いです。包囲網から逃れつつケシャーナ朝に辿り着くのは不可能かと……」
二人が逃げた方角は、ローランド帝国の北部だ。それに、ジュノーンは負傷しているとの報告もある。
それらを鑑みる限り、包囲網から逃れて南部まで移動したと考えるのは現実的ではない。
「くそっ……思えばあの二人、本当にまだローランド内にいるのか? これだけ探して目撃者もいないとなると……」
「はい。誰かが匿っているか、国外への脱出に成功した可能性が高いかと思われます。ただ……いえ、何でもありません」
「なんだ? 言うてみよ」
ヘルメス将軍が言いよどんだ事に対して、話すようにマフバルは促した。
「気になる情報も最近ありまして……」
「気になる情報?」
その後、ヘルメス将軍の口から出てきた言葉はマフバルを驚かせるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます