第79話
ヘルメス将軍の口から語られた事は、驚くべき事だった。
それは、ハイランドに竜騎士が復活し、そしてその竜騎士が
「馬鹿な! それならば奴等はハイランドに入っているという事になるではないか!」
その話を聞いた時、マフバルは柄にも合わず怒声を発してしまった。
冗談にしても、度が過ぎる。あってはならないことだ。それに加えて、軍の包囲網を潜り抜けて関所を突破するルートが存在する事になる。
「はっ……過去、この様な竜騎士復活の噂は何度とあり、それらが全てが噂でしたので、気にはしない様にしておりました。ですが、あの男ならば……我らの思いもつかない策を使ってハイランドに入り、竜騎士となったのではないか、と……私は考えております」
ヘルメスの言葉に、マフバルは唸った。
過去、ハイランドは何度か竜騎士復活説をローランドに流言させ、ハイランド侵攻を躊躇させた。その事を鑑みても、今回の復活説はあまりにもタイミングが良すぎたのではないか、と彼は引っ掛かりを覚えていたのだろう。
「だが、ヘルメス将軍よ。もしその推測が正しければ、今我らは窮地にたたされていると考えられぬか?」
宰相は動悸を抑えつつ、自らの考えをまとめた。
ジュノーンが何かしらの方法でハイランドに入って竜騎士となった、と仮定してみたとしよう。その場合、竜騎士となったジュノーンは密使として空を越え、ケシャーナ朝と同盟を結ぶ事も可能だ。ケシャーナ朝も関税の値上げを不服に思っていたので、ローランド帝国への侵攻も考えていたやもしれぬ。それを鑑みると、北国ハイランドからの同盟の申し出は渡りに船だ。今回のケシャーナ朝の侵攻も合点がいく。
これはあくまでも可能性の話だ。あまりにも現実性の低い話である。
だが、現実的にジュノーンの捜索は難航している。ローランド帝国外に出た可能性も高かった。更に、ジュノーンの常識外れな力をも考慮に入れると、その可能性を否定できないでいた。
彼らにとって、いや、マフバルにとって、ジュノーンとはそれほどまでに恐ろしい存在なのだ。
「そう考えると、このケシャーナ朝の侵攻は……⁉」
「陽動、だな」
その結論に至ると、ヘルメス将軍・マフバル宰相は二人して顔色を青くした。最悪なシナリオが二人の頭に浮かんだのだ。
まんまとその陽動に乗せられて、駐屯兵の半分を南方地方の防衛に回してしまった。そうなれば、次に出てくるのは北部からのハイランドの侵攻だ。
「ヘルメス将軍よ。予備軍を急遽編成してディアナ平原に向かわせるのだ。そして、国境付近の武将達にも急報を出して備えよと伝えるのだ!」
南方に回してしまった駐屯兵を北に呼び戻していては、手遅れだ。新たな軍を編成して北方の守備を固める必要があった。
「ですが、そうなれば帝都の守りが……」
「国境を越えられる方が余程まずい。半年前にも一度突破されかけただろう。国境を越えられるとここローランド帝都は目前だ。どちらにせよ越えられるとそれだけで我々は喉元に剣を突きつけられることになる。なんとしても防がねばならぬ!」
その半年前のハイランドの侵攻を止めたのはジュノーンだ。
今度はそのジュノーンによって突破されるやもしれぬとは、何とも皮肉な事だった。
「はっ、承知致しました! 陛下にはご報告致しますか?」
「まだ推測の域を出ぬ以上、伝えぬ方が良い。あの小心者にこれ以上震えられても困るのでな」
マフバルは嗤笑を洩らした。
ローランド帝王ウォルケンスはケシャーナ朝が攻めてきたという報を受けてから、私室に籠もりきりになってしまったのだ。おそらく震えているのだろう。
半年前にハイランド軍が総力戦を仕掛けてきた時もあの王はそうだった。有事の際には何一つ仕事をしないのだ。
まだ王としては若い事を差し引いても、器が小さい。自分が優位な時にはとことん強く、不利になるととことん弱い。王としては何の魅力も力もない男だった。だからこそマフバルにとっては扱い易い駒ではあるのだが。
「私もイグラシオと共に向かいます。何がなんでも止めてみせましょう」
敬礼をし、ヘルメス将軍は駆け足で会議室を出た。
ほんの少し前まで王女を捕縛した事でハイランドに対して圧倒的に優位な状況に立っていると考えていたが、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
マフバル宰相の苦悩はまだまだ続きそうだった。
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