第77話

「あの、お父様……私からお願いがあります」


 リーシャはおずおずと、しかししっかりと父王を見据えて手を挙げている。

 その表情から見ても、彼女が何らかの強い意思を持っている事は明らかだ。


「なんだ、言うてみよ」


 娘のその意思を感じ取ったのか、父王は彼女の発言を許可した。

 皆の視線が青髪の王女の方へと向けられる。


「私も従軍してよろしいでしょうか?」


 その言葉に、フリードリヒ王と宰相、将軍三人は息を飲む。

 まさか王女が自ら戦争に参加したいと言い出すとは誰も思わなかったのだ。

 会議に参加していた者達がそれぞれ視線を交わす。


「お、王女殿下……それはあまりにも危険過ぎますぞ」


 皆の声を代弁したのは〝疾風迅雷〟のバーラッドだった。

 彼は遠慮がちに言葉を繋げた。


「此度の戦、我々も命があるかどうかわからない程のものとなります。我々も王女様を守れるとは限りませぬ」

「それは重々承知しております。ですが、だからこそ、私は従軍したいのです」


 リーシャは会議に参加している面々ひとりひとりの顔をしっかりと見て、彼女の意思を述べた。


「お父様もジュノーンもバーラッドもラーガも……そして多くの街の人が同じ危険の中にいます。皆、このハイランドの存亡を賭けた戦いに身を投じています。それなのに、私だけここで待っているというのは……耐えられません」


 王女はその青眼で父王を真っすぐ見つめた。


「私はミルファリアの使徒です。聖魔法の扱いにも長けているので、傷を癒し、数多の命を救えると思います。最後尾でも構いません。私も此度の戦に参加させて下さい……!」

「……リーシャ」


 王妃メアリーは新たな愛娘を見て、思わずその名を呟いた。

 フリードリヒ王も娘を見て、思わず溜息を吐いている。そして、ぎろりとジュノーンを睨むのだった。


「……お前が変なことを吹き込んだんじゃないだろうな?」

「は、はい⁉ 私は何も……ッ」


 ジュノーンからすれば言いがかりもこの上ない。

 確かに彼はを王女としてしまっているが、彼女が戦争に参加したがっているなど聞かされていなかったのだ。ケシャーナ朝までの往復を王女とは過ごしたが、彼女の口から従軍の事は一言も出てきていなかった。

 フリードリヒはそれ以上言及せず、諦めた様にリーシャに向き直った。


「まあ、良い……どの道、この戦が終わらねばお前たちの安否もないのだ。負ければ、王族である以上無事では済まないだろう」


 敗戦国の王女など、使い道は限られている。ハイランドに敗戦を受け入れさせる為、ローランド王と婚姻を結ばされるくらいで済めばまだ良い方だ。

 それは一度捕らえられた経験があるリーシャが一番よくわかっているだろう。或いは、だからこそ彼女は自らの従軍を希望したのかもしれない。


「そうまで言うのなら、参加せよ。お前も本物の戦争を目の当たりにするといい。我が国の王女であれば、見ておいて損はあるまい。異存はないな、メアリー」


 王は王妃の方を向き、訊いた。

 メアリー王妃はこくりと頷く。母としては無論心配ではあっただろうが、それ以上に彼女の意思を尊重したいと思ったのだろう。

 出来心でその様な話をする娘ではないことは母ならば判っているはずだ。だが、同時に娘は世界の闇に立ち向かう運命にあることもまた知っている。

 もうリーシャが平和な王宮で過ごす日が遠い過去のものである事を、彼女は理解していたのだ。

 もし世界がリーシャを必要とするならば、この戦でも必ず無事なはずだ。それは、ローランドに捕縛されたにも関わらず、ジュノーンという英雄を引き連れて帰ってきた事で証明していた。

 ならば、彼女の天命に賭けるしかあるまい。


「ありがとうございます」


 リーシャは瞑目して父王に頭を下げた。

 王は複雑そうな表情を一瞬だけ浮かべたが、気を取り直して美しい金髪のエルフへと向き直った。


「リーシャは最後尾の医療部隊で神官兵や従軍シスターと共に兵の治療に当たらせよう。ヴェーダ、リーシャの護衛は任せたぞ」

「御意」


 ヴェーダは一礼し、短く答えた。

 彼女だけは困惑していなかったところを見ると、リーシャが従軍するつもりでいる事を聞かされていたのだろう。

 だが、最後尾の医療部隊であれば安全というわけではない。医療部隊が真っ先に狙われる可能性もある。油断はできなかった。

 こうして、ハイランド王国王女の従軍が決まった。

 この異例の事態に兵士達は大きく揺れた。だが、それと同時に、士気もとてつもなく上がったのも事実だった。

 国王が総大将として立ち、王女も従軍する──これがどういったことを意味するか、わからない程兵士達も愚かではなかった。

 総力戦である。

 この戦に負ければすべてを失う。それは明らかだ。彼らが敬愛する王や王妃、王女、そして彼らの家族や友人、恋人達も、負ければ全てを失うのである。

 間違いなく、ハイランド=ローランドの最後の戦いとなる事は明白だ。

 各々守りたいものを胸に秘めて、ハイランドとローランドの国境──ディアナ平原へと向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る