第19話 治癒

 暫く馬を走らせると、太陽が登り、朝を迎えた。

 もはや闇夜を活かし、関所を突破する事も不可能となった。追手が来ていた事から察するに、関所にもリーシャ脱獄は知れ渡っている事は明白だ。

 リーシャは、その事実を知ってか知らずか、関所へと続く街道とは違う細い道を通っていた。そこは農道であり、農民以外は滅多に人が使わない道である。ローランドで暮らすジュノーンですら、この一帯には足を踏み入れた事がなかった。


「リーシャ王女……どこへ行くんだ?」


 ジュノーンが意識を朦朧とさせながら訊くと、リーシャはちらりと後ろに座る美青年を見て、「まずはジュノーン様の治療が先です」と心配そうに言った。


「治すったって……」


 ジュノーンは改めて自らの体を見る。

 至る所に傷口があり、肋骨も骨折しているため、呼吸する度に軋んで痛みを感じていた。何ともないように話していはいるが、息も絶え絶えで、出血量も多い。完治まで待っていてはそれこそ数ヶ月はかかってしまうだろう。


「よくその状態で……痩せ我慢にも程がありますよ?」


 王女は呆れた様に溜め息を吐くと、あたりを見回した。


「あの木がちょうど良いかもしれませんね……」


 大木に目をつけ、少女はその大樹の前で馬を止めて、下馬をする。


「降りれますか?」

「ああ……」


 リーシャが手を差し伸べてきたので、その手を掴んでゆっくりとジュノーンも馬から降りた。

 ジュノーンは今更ながら全身の痛みに気付き始め、地面に降り立った時は思わずくらりと意識が揺れ、視界が霞んだ。リーシャが慌てて肩を貸し、何とか大木に青年を座らせた。


「一体何をするつもりなんだ? 俺の怪我の回復なんて待ってたら確実に追い付かれるぞ。くそ、何だって戻ってきたんだ。こうなったら関所を抜ける事さえ……」


 あれこれ考えるが、ジュノーンの頭では関所を抜ける方法すら浮かばなかった。一方のリーシャは彼の言葉など気にも留めず、体の傷を調べている。


「ちゃんと説明しますから、少し落ち着いて下さい。このまま放っておけば、本当に手遅れになってしまいます」


 そして青髪の王女は、ジュノーンの傷口に手をあて、小さく呟いた。

 その言葉はジュノーンが聞いた事もない言葉で、彼女が何を言っているかはわからなかった。だが、その後美青年は驚くべきものを目にする。

 なんと、リーシャの手から光が溢れ出てきて、ジュノーンの全身を優しく包み込んだのだ。そして、見る見るうちに、ジュノーンが先程負った傷口を塞いでいく。


「なっ……聖魔法⁉」


 リーシャは応えずに、ジュノーンの傷口を治す事に集中していた。

 刺し傷、切り傷、打撲、骨折……その全てが元あった健康的な状態へと戻っていく。

 ルメリア大陸には、聖魔法という魔法がある。主に光の神ミルファリア神に仕える司祭やシスターが使う魔法だ。病気などは治せないそうだが、怪我ならば癒す事ができる。

 ジュノーンも戦争中に幾度も世話になったことがあるが、司祭や神官ならともかく、まさか一国の王女に過ぎないリーシャが聖魔法を使えるとは思ってもいなかった。

 それから、リーシャは暫くの間彼に奇跡の光を当て続けた。

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