第26話 深森

 〝帰らずの森〟の植物は青く、人間からすれば不可思議な森だった。そんな不可思議な森の中を金髪のエルフ、ヴェーダの先導により進んで行く。

 通常の人間であれば、全く何の変哲もない木々や微妙な分かれ道を細かく曲がっている。暫く〝帰らずの森〟の中を歩き、ジュノーンは進んでいる道の法則性に気付いた。


「……この小さなランプみたいな植物が目印なのか」


 ジュノーンはぽそっと呟いた。

 先程からヴェーダが曲がっているところには、必ず淡く光っているランプ型の植物があったのだ。


「あら、意外に鋭いのね。そうよ。私程にもなればランプが無くても辿り着けるけれど、大抵のエルフはこれを頼りにしてるわ。勿論、あなたの様に頭の切れる外来者もいるから、ダミーも混じっているのだけれど」

「へえ……どんなダミーなんだ?」

「自分で調べてごらんなさい。無理だと思うけど」


 ヴェーダはからかう様な笑みを浮かべて彼を見る。

 ジュノーンは首を竦めてハイランド王女を見ると、王女は何故か嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 それからランプの草をじっと眺めているが、どうにも違いがわからず頭を抱える羽目になる。

 そして、ジュノーンがその違いに気付く前に森が開けた。

 森が明けたと思えば、ジュノーン達の目に飛び込んできた光景は、浅葱色の水からなる湖と、小規模な集落だった。

 だが、その集落はジュノーンが知るそれとは大きく異なっている。住人がエルフという事を差し置いても、注目すべきはその住居である。大木一つ一つをくり抜き、住居としているのだ。大木とは言え、人間が森で見る大木とは太さが違う。樹齢で言うと何千年という年月をかけた木のように太い。

 一番奥にある太い木が、おそらくこの里の長が住むところだろう。

 風に揺らされる木々の声が何となく自分達を歓迎している様に感じた。そこに生えている植物は普段ローランドで見るそれとは異なるが、普段見る植物よりも何故か心地よく、心が癒されていくのを感じた。エルフの里の空気は、森よりも更に新鮮で、体内が洗われるようだった。


「ふふっ……昔からちっともここは変わってませんね」


 リーシャは大きく伸びをして深呼吸をした。


「リーシャが最後に来たのは何年前だったかしら?」

「私が十歳の時だったから……七年前でしょうか?」

「たった七年じゃここは変わらないわ。何十年、何百年とこうして変わらず生活してきたんだもの」

「そうでした」


 リーシャは七年前と全く変わらぬ集落を見て、穏やかな笑みを浮かべていた。

 だが、ジュノーンは別のところで気にかかった事があった。


「ちょっと待ってくれ……気になった事があるんだが、リーシャって今十七歳なのか?」

「え? あ、はい。そうですど……それがどうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。確認しただけさ」


 ジュノーンはそう言って、慌てて彼女から視線を逸らした。

 リーシャはそんな彼を見て、不思議そうに首を傾げている。


(危ない……てっきり十五歳くらいかと思ってた)


 下手に女性の年齢を誤ると痛い目に合う事を彼は過去の経験から知っていた。

 ヴェーダはそんなジュノーンの様子を見て、喉の奥で笑いつつ説明を付け加えた。


「ジュノーンさんには、リーシャが年齢よりも若く見えていたから驚いたのでしょうね」

「おい、言うな!」


 心の中を見透かされてしまったジュノーンは慌てて否定しようとするが、時既に遅し。「どうせ、私は子供っぽいですよ」とリーシャは口を尖らせ、すっかり不機嫌になってしまっていた。


「いや、そういう事じゃなくて」

「私みたいな子供っぽい女性よりも、胸が大きくて大人っぽい女性の方が男性は好きなんですよね? 知ってますよ、それくらい」

「だからな……」


 なんでそういう話になるんだ、とジュノーンは内心愚痴る。こうなりたくないから確認をしておいたのに。

 ジュノーンは事の元凶であるヴェーダをじろりと睨むが、彼女は面白そうに眺めているだけだった。


「さあ、二人共じゃれついてないで、早く御祖母様に会いに行きましょう」


 しれっと悪気なく言うところが憎たらしいエルフ娘である。

 リーシャはまだぶちぶちと文句を言っていたが、ヴェーダが歩き出したのでそれに続いた。

 集落のエルフ達も珍しい人間の来訪者に興味深そうに眺めていた。コソコソと話す者、ヴェーダに挨拶をする者、様々だった。

 湖の中には魚も見えるが、見た事もないような、水と同じ浅葱色をしていた。

 そして、湖をぐるりと回ったところで集落の一番奥にある大木に着いた。大木には扉の代わりに入り口にカーテンがかけられており、鍵などは一切ないようだった。外来者がいない里なのだから、これも当然だ。隣人というより、里の中全員が家族という感覚なのだろう。これはこれで、素晴らしい慣習だとジュノーンは思った。

 ヴェーダ、リーシャ、ジュノーンの順にカーテンを潜ると、中の作りにジュノーンは再び驚く事になる。

 大木の家は案外広く、階段も設置されていた。住まいとしては人間の家と大差なかった。二階には本棚だけしかないようで、書斎になっているのが階下からも伺える。

 長と言う割には質素な家だ。無論、部外者が来ないのだから大層な装飾をする必要もないのだろう。部屋の中はお香が焚かれているが、エルフのお香なのか、独特の匂いを放っていた。


「御祖母様……リーシャ王女と、お連れのジュノーン様をお連れ致しました」


 ヴェーダが恭しく挨拶をすると、家の奥、台所と思わしき所からエルフの老婆が現れた。


「おやおや、リーシャ……随分綺麗になって。急に呼んだりして悪かったね」


 エルフの老婆はリーシャに笑顔で話しかけた。おそらく、ヴェーダの祖母でありこの里の長なのだろう。


「いえ、イザルダ御婆様もお元気そうで何よりです」


 リーシャは一礼して笑顔を向けたので、ジュノーンもそれに習った。

 イザルダと呼ばれたエルフの長は、リーシャとジュノーンを見比べ、にやりと笑う。


「それにしても、ハイランドの王女にローランドの貴族……なかなか希有な組み合わせだね」


 イザルダは二人を見るや否や、そう言った。

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