第39話 見送
「引くに引けなくなったわね」
王妃の部屋を出た際、ヴェーダは悪戯な笑みを浮かべて銀髪の青年に話しかけた。
この美しいエルフは先程の夫妻とのやり取りの一部始終を見ていた際、自然と自らの口角が上がっていたのを自覚していた。そう、このジュノーンという男に興味を持ったのだ。
エルフは寿命が長い。だが、その長い寿命の中で、これほど面白いと思う人間に出会えた事も殆どなかったのである。
「別に……もとから引く気はなかったさ」
「あら、そう。何なら手伝ってあげようか?」
エルフ娘がまんざらでもなさそうに言う。
この時ヴェーダは、もしこの青年が自分に助けを求めてくるなら助けてもいいとさえ思っていた。この男がどういった行動をするのか、見て見たいという気持ちがあったのだ。
「有り難いけど、辞退する。これは俺の問題だ。それに、イザルダの婆さんはリーシャの護衛としてあんたをつけたはずだろ? 何かリーシャの力になれることがあったらなってやってくれ」
「それもそうね。了解よ」
ヴェーダは肩を竦めてそう答えた。それに、自分を頼ってくる様な玉でもない事をどこかで感じていた。
彼女にとって、実にこのジュノーンという男は興味深かった。あまりに損得勘定がなく、あまりに愚か。エルフには考えられない愚かぶりを持っていた。
しかし、愚かであるにも関わらず、何故か惹きつけられる。これがこのジュノーン=バーンシュタインという男だった。
「リーシャの為だから、そこまでできるの?」
ヴェーダが興味本位で訊くと、ジュノーンは暫く黙って考え込んだ。
「さあ……どうなんだろうな? 俺もよくわからないんだ。自分の為なのか、リーシャの為なのか。それ以外の為なのか……」
「アホね」
「うるさいな。自覚はしてるよ」
ジュノーンはうんざりだ、と言わんばかりに嘆息した。
(わからない、か……そういえば私もよくわからないわね)
この金髪のエルフもまた、何故自分がジュノーンに対してこれほどちょっかいを出しているのか、自身の気持ちもよくわかっていなかった。
だが、彼女もまたリーシャ同様に、彼とここで別れるのは嫌だと感じていた。これは間違いないと思えた。
「ローランドの愚か者さん。これを持っていきなさい」
銀髪の青年を屋敷の門まで送ると、別れ際にヴェーダはジュノーンに赤色の石を差し出した。
石の中で炎がメラメラと燃えている。石に精霊の加護を加えたものだ。
「これは?」
「
森のエルフにとって炎は天敵。彼女にとっても、自身の身を守るために、
ただ、それでも彼が生き残る可能性がわずかでも上がるのであれば、それに越したことはない。ヴェーダはそのようにも思ったのだ。
(私がリーシャ以外の人間に力を貸すだなんて……どういう風の吹き回しかしら?)
彼女の行いは、ヴェーダ本人にとっても驚きだった。ただ、こうしなければ後悔する。彼女はそう感じたのだ。
そうであれば、後悔がないように直感に従う。これはこのエルフ娘の信念でもあった。
ジュノーンはそれに対して少し驚きながらも、笑顔で受け取ってくれた。
「ありがとう。必ず返すよ。あと、俺の馬だけど、リーシャに使わせてくれ。きっと、俺よりももうあいつの方が乗り手として相応しい気がするんだ」
「ええ、伝えておくわ」
ジュノーンはそう言って、馬を繋いである場所をヴェーダに伝えた。
それからヴェーダは、この男に付き添って旅仕度を手伝った。
自分でもどうしてここまでこの男に手を貸しているのかわからなかったが、そうしてあげたくなったのだ。
エルフにとって、これは不思議な感情だった。
「生きて帰ってきなさいよ」
その日の夜、旅立ち前──エルフ娘は見送った際に、青年にそう伝えた。
「ああ、そのつもりだよ。リーシャの事、任せたよ」
青年はそう言って、竜の巣へと旅立って行った。
エルフの娘は、その背中が見えなくなるまで見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます