第38話 覚悟

「待たれよ! ジュノーン、貴公はまさか本当に竜の巣に行くつもりなのか⁉ 私の課した使命が建て前である事によもや気付いていないという事もあるまい」


 フリードリヒ王は慌ててジュノーンの言葉を遮る。

 先程の彼の言葉は、王の出した試練を受ける事を前提としていると誰もが受け取ってしまう発言だ。それはフリードリヒ王の本意ではないのである。彼とて、娘の恩人を死なせたくはないのだ。


「建て前? はて、何の事でしょうか? 王女殿下の進言から、陛下が私めに武将登用の機会を与えて下さった、と受け取りました。それに何か誤りがありますか?」


 ジュノーンは立ち上がると、しれっと答えた。

 確かに、建て前はそうである。だが、彼は敢えてその裏を一切読み都っていないという風に演じたのだ。誰が見てもそれは不自然だった。


「あ、誤りなどないが……」


 さしものフリードリヒ王もこれには言葉を詰まらせた。

 そう言われてしまえば、王としてはもう何も返せなくなってしまうのである。


「待って下さい、ジュノーン! 冗談ですよね? 冗談だと言って下さい!」


 リーシャは縋るようにして彼の手を取り、続けた。


「私、そんなのもっと嫌です! お願いですから、やめて下さい……だって、約束したじゃないですか! 自分を犠牲にする様な真似はもうしないと、エルフの里でそう言ってくれました」

「リーシャ王女……」


 そうだ。確かに、彼はあの時あのエルフの里で、月の下で彼女にそう約束した。


「我儘ばかり言っているのはわかっています。でも、あなたに死なれるのは、もっと嫌です……」


 リーシャの頬に涙が伝う。

 ジュノーンが馬から飛び降り、先に生かせた時の様な表情をリーシャがしていた。悲しそうな、もう二度と会う事がないような別れの表情。

 だが、これはあの時とは違う。彼は彼女との約束を反故にするつもりもなかった。

 青髪の王女の涙を手で拭うと、青年は口調を普段のものへと戻した。国王の面前ではあるが、今だけは許してもらおう。おそらく、この二人ならば許してくれるはずだ。


「リーシャ王女よ。俺は死にに行くつもりなどない。必ず、王女のもとに戻ろう。それに、ここで逃げたら……俺は二度と王女に顔向けできない気がするんだ。そんな事は俺の誇りが許さない。だから、信じていてくれ」


 リーシャは彼の添えられた手を自らの頬に当て、涙した。王女の涙が彼の手に伝ってくる。


「俺は死にに行くのではない。ここでやり直す為に、約束通りあなたに仕える為に、必ず戻ってくる。絶対だ」

「ジュノーン……絶対ですね? 約束、してくれますか?」

「ああ、約束する。俺は約束通り、王女をここまで連れて帰っただろ?」


 ジュノーンが言うと、王女はこくりと頷いた。


「わかりました……あなたを、信じます」


 銀髪の青年は王女に対してしっかりと頷いて見せると、続けて王と王妃に深々と頭を下げた。


「陛下、竜の巣までどれほどかかりましょうか?」

「う、うむ……早馬を飛ばせば三日とかからないと思うが」

「では、二週間で戻ります。それまで暫しお待ち下さい」


 ジュノーンはもう一度深く頭を下げてから、踵を返した。


「待たれよ、ジュノーンよ」


 部屋を出ようとドアノブに手を触れた時、フリードリヒ王は彼を呼び止めた。


「本当に竜を捕らえるつもりならば、よくその竜を見よ」

「竜を?」


 ジュノーンは聞き返した。よく意味がわからなかったからだ。


「左様。竜とて人の様に多様だ。弱く大人しいものから、強く凶暴なものまで存在する。過去、ハイランドの竜騎士は飛竜を従えたという。緑色の鱗を持つ、それほど大きない竜だ。狙うならば飛竜を狙え。強さも他の竜よりは段違いで弱いと聞いている。飛竜ならば人の力でも何とか御せるだろう」


 フリードリヒは自らが持つ竜の知識を語った。

 この男とてハイランドの王である。過去、幾度となく竜騎士になろうと思った事があり、歴史書や過去の竜騎士の資料には目を通しているのだ。

 だが、彼はこの国になくてはならぬ王だ。自分の身に何かがあれば、国が傾く事を知っていた為、無茶をできずに竜騎士への野望は抑えていた。また、彼の父である先代ハイランド王も、一度竜の巣に入って痛い目に合っているそうだ。


「……他の鱗の竜は?」

「やめておけ。本来、人の力を遙かに超えた生き物だ。飛竜でも手に余る。特に、火竜……血の色の鱗を持つ竜だが、奴だけには絶対に手を出すな。竜の中でも特に凶暴で、奴の吐息は一吹きで辺りを灰に変えると言う……私の父が命辛々逃げ延びるのが精一杯だった」


 先代ハイランド王も竜騎士の再来を夢見て、手勢一〇〇人を連れて意気揚々と竜の巣に入ったそうだ。

 その際に真っ先に火竜と鉢合わせして、隊は全滅したとの報告がある。ハイランドにとっては苦い記憶だった。


「承知致しました。ありがとうございます」


 ジュノーンは一礼し、部屋を出た。

 

(やれやれ……まだローランドの騎士団二〇〇人と戦った方が、勝ち目がありそうな気がしてきたな)


 王の話を聞いて、青年は微苦笑を浮かべいたと言う。

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