第37話 夫妻②
「お父様……先程のジュノーンに課した命ですが、撤回する事はできないのでしょうか?」
リーシャがおずおずとした様子で申し出た。
謁見の間での一件が終わった後、リーシャは国王と二人きりになるや、猛烈に父王を批判したそうだ。彼女は父王がジュノーンを殺したがっていると思ったからだ。
だが、イエガー宰相の仲裁もあり、今では誤解も解けている。父王なりの配慮の結果、彼を逃がす事を目的としてあの様な命を出したということももうわかっている。
だが、それでもこの王女はそれを認めたくなかったのだろう。それは恩赦であると同時に、二度とハイランドとも関わらぬ事を意味している。ジュノーンと会えるのは、今この瞬間が最後となってしまうのだ。
それはもちろん、ジュノーンとて嫌だった。だが、王が出した提案が妥協点としても限界だったのは彼もわかっている。青年は王に対して一切の不服を申し立てる気がなかった。むしろ、生かしてもらえているだけ感謝さえしている。
彼は、本当のところを言うと、あの場で斬り捨てられる事さえ覚悟していたのだ。
「さっきも言ったがな、あれが私なりに精一杯出来る事なのだ。ジュノーンとてそれは解ってくれていると思うが」
「ならば、私が私兵としてジュノーンを雇うというのはどうしていけないのですか?」
「う、うむ……」
愛娘に必死に懇願され困ってしまっているフリードリヒ王を見て、メアリー王妃はそっとリーシャの肩に手を置いた。
「あのね、リーシャ。せっかく王が条件付きで登用の許可を出したのに、それを娘のあなたが私兵にしてしまっては、王の面子が立たないでしょう? この人だって、あなたが嫌がる事をしたくないし、あなたの気持ちも汲み取った上でああして命を課したの。リーシャももう子供ではないのだし、それくらい解ってあげなさい?」
「お母様……わかっています……でも、でも──」
リーシャが泣きそうな顔で、父王と母、そしてジュノーンをそれぞれ見る。
王妃の言う事が最もだと言うのも、そしてそれが正しいということもこの王女は解っているだろう。解っているだけに、何とかしたいと彼女は思っているのだ。
それに、リーシャが私兵として敵将を雇えば、それこそ色々風当たりも強くなる上に、良からぬ噂も立つかもしれない。仮に国王が良いと言っても、彼女の為にもジュノーンはその申し出を断るだろう。
「私はジュノーンとお別れしたくありません……! もっとお話して、もっと色んな事を二人でしてみたいです。こんな形でお別れだなんて、そんなの、そんなの……あんまりじゃないですか……!」
リーシャは涙声でそう言った。
涙が零れそうになったのを隠す為に、彼女は慌てて俯くが、少し遅かった。彼女の涙が床に敷かれた絨毯に数滴落ちる。
さすがにこれには、フリードリヒ王も複雑な表情を見せていた。娘の希望に応えてやりたい気持ちと、父親としての嫉妬が混じり合い、何とも言えない表情であった。
リーシャは下を向いたままジュノーンの前まで歩み寄って、彼の手を取った。
「ジュノーン、ごめんなさい……」
「殿下?」
「私、約束しました……ジュノーンが私を守ってくれたように私もジュノーンを守るって、約束しました。それなのに、その約束を守れなくて……本当に、ごめんなさい」
グズグズと泣いている少女を見て、ジュノーンは許されるならばその髪と撫でてやりたい衝動に駆られた。だが、国王夫妻の御前だ。さすがにそれはできなかった。
その代わりに、敬意を込めた敬礼でリーシャの気持ちに応える。
「いいえ、殿下。あなたは先程の謁見の間で、私を精一杯守ってくれたではありませんか。自らの身を呈してまで、私を守ろうとしてくれたあなたの御厚意、しっかりと受け取りました」
ジュノーンはリーシャに対して、片膝を着いて再び礼をする。
「ですので……リーシャ王女殿下」
ジュノーンは少しだけ間を置くと、断固たる決意を以て、言葉を紡いだ。
「あなたの御厚意に応える為にも、そして、あなたのその涙に応える為にも……この身で精一杯自らに課された使命を全うしたいという所存でございます。どうか、それまでお待ち下さい」
ジュノーンは片膝を着きながらも、リーシャの手を取り、しっかりと握った。
ジュノーンのその発言に、その場にいたヴェーダ以外は全員驚きの表情で彼を見た。リーシャなど、涙を流す事すら忘れて固まってしまった程だ。
そう──ジュノーンは、フリードリヒ王の出した条件を飲む事を、改めて宣誓したのだ。
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