第34話 配慮

 ジュノーンは謁見の間を出てから、王室から与えられた客室へと送られた。

 彼は客間のソファーに寝っ転がり、大きな溜め息を吐く。


(しかし、竜を従えるって言ったものの……一体どうやればいいんだ?)


 ジュノーンは寝転がりながら、ぼんやりと考えるが、全く思いつかなかった。

 そもそも、従える以前にまず竜を見た事がない。見た事すらないものを捕らえるなどと、よくもまあ言えたものである。


(ま、実際……どうしようもないか。そこに本旨はないだろうしな)


 謁見の間では大見得を切ったが、それは他に選択肢が無かったからだ。

 あの場ではそう答えるしかなかった上に、あの条件の提示がフリードリヒ王の精一杯の配慮だったのである。だからこそ、彼は承諾するしかなかった。

 それに、フリードリヒ王の出した条件の提示は名目的なもの。彼がジュノーンに伝えたかった言葉は『娘の救出の礼に、我が国へに行ったこれまでの事全てを水に流す』である。だからこそこの様に客室まで与え、更に見届人なく竜を捕らえて来いと言うのだ。

 要するに、どこへでも好きな場所に行け、とフリードリヒ王は言っているのである。

 実質的な恩赦に等しい扱いだった。 


(全く……リーシャと言い、その父王と言い、ハイランドの王族は器が大き過ぎるな)


 ジュノーンは改めて、このハイランドこそがローランドをも統治すべきだと思った。

 おそらく、フリードリヒ王としてはジュノーンの事を刻み尽くしても足りぬ程怨んでいるとは思う。〝黒き炎使い〟はハイランドの命運を賭けた戦いを失敗に終わらせた張本人。今ハイランドが苦境に追われているのは、彼の所為と言ってもおかしくない。それだけ怨まれても仕方ないと思っていた。

 諸侯からも処刑の声が上がってもおかしくないところを、あの様な形で抑え込んだ。あの器と度量、まさしく王である。ハイランドとローランド、どちらの王が優れているかなど、比べるべくもない。

 半年前の戦、あれがハイランド王国にとって半ば総力戦で、賭けに出ている事は解っていた。だからこそ、ウォルケンス王はジュノーンに対して何が何でも止めよ、という無茶な指示を出したのだ。そしてジュノーンはその指示通り、本隊を切り崩して退却に追い込んだ。

 だが、あの時フリードリヒ王と一戦交えたからこそ、ハイランド王国にローランドまで統一してもらいたいという感情が芽生えた。彼の剣には、正義があったのだ。そして民を想う責任もあった。かの様な剣筋を持つ者は、例え侵略したとしても無力な民に対して略奪行為はしない。剣術を磨いたジュノーンだからこそ、そう確信を持てた。


(何とかハイランドが勝てる方法はないのか)


 ジュノーンは考えを巡らせる。

 それに、エルフの老婆の言っていた事も気がかりだ。早くこの戦争を終わらせなければ大陸全土を闇が覆うという様な事を言っていた。

 何百年と生きてきた種族だ。安易な嘘や思いつきなどは口にしないはずだ。この戦はハイランドが勝つという形で終わらせるのが一番なのである。

 しかし、疲れ切った頭では何も答えなど出てくるはずもない。どんどんと思考に白い靄がかかってくるのだった。


(はあ……何だかんだ疲れたな。とりあえず今日は寝よう)


 今日はひたすら移動日で、それほど肉体的に疲れてはいなかった。

 ただ、謁見の間でのやり取りの心労が今に響いている。初めて来るハイランドの街並みを知りたいとは思ったが、生憎と余裕は微塵もなかった。

 目を瞑って瞼の裏に現れるのは、このハイランド王国王女であるリーシャだった。王宮で、精一杯自分を守ろうとしてくれた王女には驚いた。

 彼女があそこまで言ってくれたからこそ、今の待遇があるのかもしれない。


(あと一度くらいはリーシャに会いたかったな……)


 リーシャの勇姿を思い出しながら、彼はゆっくりと眠りに落ちる。 

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