第17話 救援
ジュノーンの周囲には死体が散乱し、よもや山まで築けそうな程であった。
だが、敵の軍勢はまだまだ健在だ。彼が目視できるだけでも、およそ百五〇ほどの敵兵の数が確認できる。
それでも、先行隊から合わせればもう八〇人程屠っている事になる。これはまさしく〝黒き炎使い〟の異名に相応しい戦いぶりだった。
だが、さしものジュノーンと言えども、無敵というわけでない。体力にも限界があり、斬られれば血も流れ、痛みも走る。
今では当初の余裕も消え、肩で息をし、許されるならば倒れたい程であった。致命傷こそないものの、至るところに切り傷や刺し傷があり、血を流しすぎた為に意識も霞んでいた。それに加えて肋骨にもヒビが入ったのか、呼吸するだけで痛みが走っている。
(さすがヘルメス将軍の選抜部隊ってところか……どいつもこいつも手強くて嫌になる)
ジュノーンはがらくた同然となりつつある自らの剣を見て、苦笑いを漏らした。
よもや、折れてないだけで奇跡という状態だ。あと何度か剣戟を交えれば、確実に折れてしまうだろう。
(なんてザマだ……これが俺の限界なのか)
ジュノーンは自嘲的な笑みを浮かべて、剣を構えた。
自分を犠牲にしても、せいぜい一〇〇人程度のローランド人すら屠る事もできないとは、自らの無力さに呆れ果てる他なかった。自分の憎しみとはこんなものだったのか、この程度で終わってしまう程弱かったのか──何度も薄れゆく意識でそう自問する。
そんなジュノーンを見てか、先頭に立つ隊長が一端攻撃を止める指示を出し、少し声を張り上げた。
「〝黒き炎使い〟ジュノーンよ。そなたの戦い、誠に見事であった。まさしく通り名に相応しい戦いぶりである。だが、互いに労力を削るだけで、これ以上は無意味だ。そなたに降伏を要求する。その暁とし、私から陛下にお願いし、処刑だけは免れるよう進言してみせよう」
敵の師団長はそう言うと、ジュノーンを睨みつけた。
ジュノーンはこの隊長を知っていた。名はイグラシオといい、それなりの名家出身の貴族だ。実力だけでなく人徳もって評判の良い騎士だと聞いている。ジュノーンの知る限り、数少ないローランドにいる有能な人物でもあった。
「はっ……死を免れようなんて今更思ってないさ。あんなウォルケンス王やマフバルに殺されるくらいなら、今ここで武人のあんたに殺された方がなんぼかマシだ」
ジュノーンは血となった唾を吐き出し、口角を上げて答えた。
一人でも多くローランドの兵士を屠る──これこそ、彼に残された唯一の選択だった。
「そうか……ならばその願い、叶えてやろう」
イグラシオが右手を上げると、十騎の騎馬隊が並び、大きな突撃槍〝ランス〟に持ち替えて、突撃の準備をした。
イグラシオの直轄であるランス部隊はどれほどの強固な守備隊でも打ち崩すと言われている攻撃に特化した部隊だ。今のジュノーンの体力では避けきれるものではない。
(容赦ないな……ここで切り札登場かよ)
ジュノーンは左手で長剣を、右手に黒炎を宿して、構え直す。
防ぐ手だてを考えるが、何をどう考えても防ぎ切れず、そして出血の為にもはや頭も回らなかった。
(くそッ……これまでか)
いよいよ以て諦めにも似た気持ちがジュノーンの心に生まれ始める。
「突げ──」
「ジュノーン様!」
イグラシオが手を振り下ろそうとした時──少女の声が、彼の指示を遮った。それと同時に、ジュノーンの背後から一騎の騎兵が飛び込んできたのである。いや、それは正確に言えば騎兵ではなかった。馬に乗る青髪の少女が現れたのだ。
名を呼ばれたジュノーン自身、驚いて振り返る。そこにいたのは、ここにいるはずのない少女だったのだ。
「リーシャ王女⁉ バカな、どうして戻ってきた⁉」
馬に乗っていたのは、声からもわかる通り、リーシャ=ヴェーゼその人だった。
彼が驚くべき事はそこだけではない。愛馬が自分の指示を聞かなかった事にも驚いていた。
あの時、ジュノーンは愛馬に『何が何でもリーシャをハイランド領まで運べ』と命じた。愛馬は非常に頭が良いのか、人の言葉を理解できるようで、今までも何度も指示通りに動き、ジュノーンを助けてくれた。愛馬がジュノーンの指示を聞かなかったのは、これが初めてだったのである。
「そんな事はどうでもいいですからッ! 早く手を取ってください!」
リーシャがジュノーンに向けて手を伸ばす。
まるで女神でも降りてきたのかと、思わずジュノーンは錯覚してしまった。それほどまでに必死に訴えかけてくる少女は、美しかったのだ。
気付けばジュノーンはリーシャの手を取り、馬へと飛び乗っていた。
リーシャはそれを確認するや否や、馬に鞭を入れて最大速度で走らせた。
「し、しまった……お、追え! 追ええええ!」
イグラシオが叫び、騎馬隊が一斉に駆けだした。
「へっ、させるかよ……!」
ジュノーンは剣を鞘に収め、両手に黒炎を燃え盛らせて、後ろを向いた。そして両手に集約させた黒炎を一気に地面に叩きつける。
──<
彼の扱う黒炎術で最も攻撃力が高い大技だ。しかし、その反面体力を大幅に消費するので、滅多に使わない技でもある。
大きな爆発音が響き割ると、街道は黒い炎の爆炎に包まれ、あたりには砂塵が舞った。
「くっ、煙幕か!」
煙と砂塵により視界が遮られ、イグラシオは二人が乗った馬を見失った。
しかも、馬が爆発音に怯えて叱咤しても進もうとしない。
「くそ……やられた!」
イグラシオは槍を地面に思い切り突き刺す事で怒りを露わにした。
「何故ここでハイランドの王女が戻ってくるのだ! 意味がわからぬ!」
イグラシオの怒号が、朝焼けに照らされた街道に響いていた。
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