第48話 神殿
脱走兵討伐から更に三日が経っていた。
領主のもとから拘束された脱走兵を引き取る部隊が村に到着した一方で、リーシャ達はマルファ神殿に辿り着いていた。
広く晴れ渡ったマルファ草原の奥にある岩山の中に、仰々しく建てられた神殿──それがマルファ神殿だ。
リーシャがマルファ神殿を訪れたのは、随分と久しぶりだった。マルファ=ミルファリア一族としての修行を終えてから十年程経ったが、この神殿の周囲だけは全く変わっていなかった。この一帯の空気は美味しく、晴れ渡った空の下、何も考えずにこの草原に寝転がれたらさぞ気持ちがいいだろうな、とリーシャは思うのだった。
しかし、今は昔を懐かしんでいる場合ではない。彼女は旅行をしに来ているわけではないのだ。
神殿に入るや否や、神殿長に取り次いでもらい、メアリー王妃からの書簡を渡す。そして、そのまま光の洞窟に入る旨を伝えた。
神殿長は王妃からの書簡を見て驚いてはいたが、リーシャは神殿始まって以来の聖魔法の使い手だ。彼女ならば、光の洞窟に突如現れた結界も解けるかもしれないとその旨を承諾した。
それに、エルフ族の長・イザルダの予言についても、無視はできない。エルフは長く生きており、人間には操れぬ魔法を多々使いこなしている。そんな一族の長がこの世に警告をしているのであれば、〝光の精霊〟の協力は不可欠であろうと判断したのだ。イザルダが本気で世界を憂いているのは、彼女の孫娘であるヴェーダを同伴させている事からも明らかである。おそらく今、世が動き出そうとしている事を神殿長も理解してくれた。
リーシャとヴェーダはそれぞれ水浴び場で体を洗ってから少しだけ休息を取った。だが、四半日もしないうちに武具を着込んで、洞窟のある岩山に向かったのだった。
光の洞窟では何が起こるかわからない故に今日一日は休んではどうかと神殿長からも言われたのだが、彼女はそれを断った。今も竜の巣で必死に頑張っているであろうジュノーンの事も想うと、ゆっくり休んでなどいられなかったのだ。
「全く……ちょっとくらい休ませてくれたって良いじゃない」
ヴェーダはリーシャにそう愚痴ったものだった。
しかし、文句は言うものの、リーシャの気持ちはしっかり汲み取ってくれて、共に向かってくれる。
「無茶ばかり言ってすみません……」
「いいのよ。乙女の恋心を止められるものなんて、何もないもの」
「ヴェーダ!」
ヴェーダのからかいに、リーシャは顔を真っ赤にするのであった。
この通り、このエルフ娘はリーシャの無茶ぶりにも、それなりに楽しんで応じてくれる。彼女には無茶ばかり強いている気がするが、このエルフ娘はその無茶が本当の無茶でない限り応えてくれるのである。
それは同時に、彼女が頑なに拒絶する事は本当に危険である事とも見て取れる。自分にとっては頼れる姉の様な存在だ、とリーシャは改めてヴェーダに感謝するのだった。
「〝光の洞窟〟って言っても、精霊石を祀っている洞窟でしょ? 結界を解いてしまえば、どうって事ないわよ」
「だと思うんですけど……」
二人はそんな会話を交わしつつ、洞窟へと向かうのだった。
そこで、試練が待っているとも知らずに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます