第2話 マーシャル出撃

1 ジンの実験

 最終試験の終わった翌日。

 結果として、スヴェンは無事に合格を果たしていた。ジンもフィーもいっしょだ。

 通知されてからしばらくたち、不合格者たちが荷物をまとめたころにはもう夕方。配属先が決まるまで待機することになった合格者たちが、見送りをしたりしなかったり。

 そんな中、魔杖機兵ロッドギアの格納庫前で待っていたスヴェンの元にジンがやって来た。不合格者四名を連れて。

 さみしい夕焼けに照らされてのお別れ会――――ではなく、何かの実験をしたいらしい。


「おいジン、いったいなんなんだ?」


 理知的に尋ねたのはミゲル。やせ型の男。黒髪で、瞳の色は茶色ブラウン。集められた中では最年長の二十五歳。


「傷心の俺たちを無理やり引っ張りやがって! これ以上お前の使いっぱしりなんてしねぇぞ!」


 そう吠えたのはチャック。坊主頭の小男。瞳は青。確かによくパシられていたが、なんだかんだ従っている時点で、そういう性質たちなのだと思う。


「あー、やっぱりフィーもいたー。旦那もー」

「旦那じゃないってば!」


 少し離れたところにいるフィーとやり取りをしたのはサラ。ウェーブがかった栗色の髪と黄色に近い瞳。フワフワした年上の女性という印象で、訓練期間中もよくフィーと仲の良い姉妹のように絡んでいた。


「ていうか、迎えの車がそろそろ来ちゃうんだけど?」


 中身の少ないひも付きバッグを、肩へ無作法に担いでいたのはケイト。斜にかまえた、黒髪黒目の背の高い女。後ろでくくった尻尾しっぽのような髪とともに足を小刻みに揺らし、一番イライラしているようだった。


「まぁまぁ、すぐ終わるから」


 そう言ってなだめすかし、全員をスヴェンの前へ並ばせるジン。首から小型のポラロイドカメラをさげており、それで集合写真でも撮るのかと思いきや、ジンはスタスタと彼らの背後へ回った。四人は自然と振り向いたが「後ろ向くな」と手を振られ、一斉にこちらへ首を傾げる。そりゃそうなる。

 そんな四人の服装は黒ローブではなく、シンプルな黒い上衣ジャケットとズボン。残念ながら魔導師のローブを着る資格を得られなかった四人は、着方は違えど――紹介した順に首元まできっちり、前を留めずに袖まくり、襟だけ開けて胸元をチラリ、腰に巻いてスカート代わり――みんな同じ軍服だった。一般兵であるソルジャー階級の軍服だ。

 バラバラなのは髪色や瞳、性別だけ。当たり前だが。


「それじゃミゲルから」

「お、おい、押すなって…」


 横一列から前に出て、ミゲルがこちらと相対する。何がなんだかよくわからない様子で彼は右手を差し出した。


「元気でな、スヴェン。死ぬなよ」


 ミゲルのくせにさわやかだ、と失礼なことを思いながら肩をすくめる。


「戦場で踏み潰されることはなくなったからな。自分の心配したほうがいいんじゃないか?」

「いいや。お前は魔杖機兵ロッドギアに乗っていようがいまいが、早死にするタイプだ」


 同時に、周囲からうなずきが。隣のフィーなどは何度も。そんなに生き急いでいるつもりはないんだが。


「まぁ、きもに銘じとく。またチャンスがあったら受けるんだろ?」

「どうかな、俺はお前らと違ってもう何度も落ちてるし……」

「大丈夫だろ、ミゲルなら。ジンより頭いいし」

「ハハハ、ありがとう。ただ新聞を毎日読んでるだけなんだけどな…」


 後半のつぶやきは聞こえず、スヴェンは乾いた笑いを浮かべるミゲルと握手を交わそうとした。もなんとか腕を差し出す。

 そして、軽い握手を済ませたミゲルが元の位置へ戻ると、いつの間にかカメラを構えていたジンがシャッターを切らずに言った。


「おいおいおい、ストップストップ。勝手にしんみりして終わらすなよ」

「え? いや、別れのあいさつなんじゃ…?」

「そういうのらねぇから」


 バッサリ。少しばかりショックを受けた様子のミゲル。その横で一歩を踏み出していたチャックが「え、違うのか?」と素っ頓狂とんきょうな声を上げる。

 ジンはイライラしっぱなしのケイトを親指で示した。


「だったらケイトなんか連れてくるわけないだろ」

「あっそ、良かった。そんなことさせるつもりだったら殴ろうかと思ったよ、リーを」

「俺かよ……じゃあなんで来たんだ、お前」


 スヴェンが顔をしかめるのに対し、ケイトが拳を固める。


「最後に一発、殴ろうかと」

「結局殴んのかよ」


 この嫌われっぷり。東方系についての差別はしないが、スヴェンへの敵意に関して彼女はアルフレッドに匹敵ひってきしていた。ちなみに、彼と違って心当たりはゼロ。

 スヴェンは大きくため息をつこうとして――



――グイッ!



「ウゲッ…!?」


――後ろへ引っ張られたローブに、のどがキュッと絞まった。

 首を傾げた四名のうち、サラがのんびりとした口調で言う。


「スヴェン、大丈夫ー? ケイトのツンデレっぷりに胸焼けしちゃったー?」

「胸に栄養いってるやつってほんと頭空っぽで嫌い」

「あら、じゃあフィーもかなー? というかケイトにとってはほとんどかなー?」

「私はサラほど大きくないので巻きこまないでください」


 バチバチと火花を散らすサラとケイトから離れ、フィーがこちらの背後をのぞき込む。


「ほら、リズちゃん。スヴェンが苦しいって言ってるから、放してあげ――」



――グイーッ!



「っ…! フィー、逆効果だから近寄るな…!」

「ご、ごめん…」


 しょんぼりして下がるフィー。疑問符を頭の上に浮かべる面々。

 そして、しらけた顔のジンが言う。


「おいスヴェン、お前が隠してたら実験になんねぇだろうが」

「どう見ても俺が隠してるわけじゃ――――おいこらっ!」


 そしてスヴェンは体をひねり、ローブの中へもぞもぞと入ってきた背後の少女を白日の下にさらした。

 腰まで伸びる、サラサラとした黄金こがね色の髪。翡翠ひすいの宝玉のように大きな瞳。真っ白な肌。そして、人形のように整った目鼻立ちをピクリとも動かさず、伏し目がちにぼんやりと見上げてくる少女――――リズ。

 袖がぶかぶかな白いワンピース――実際は男物の肌着シャツだ――を着た少女はしばらくこちらと目を合わせ、ボーッとしたまま平然と、再びローブの中へ黙って潜りこんできた。

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