4 超魔導投射砲
※
『――――この
案の定、エリックもこちらをたしなめず、自分が手を置いた肩を軽くすくめて同意した。
『お前の言うことも
椅子に深く座ってキーボードを操作し始めた相棒の邪魔にならぬよう、肩に置いていた手をどかす。そして背後にあった大きな机へとブレンは腰かけた。
机上には、この周辺の地形を模した箱庭があり、
手持ち
『どれぐらいかかりそうだ?』
『データを
『いや、自分ならどう防衛するかな、と』
『まさに机上の空論だな。最初からこの戦力で抗えるはずがない』
『……それもそうか』
人を
今は仕事上の相棒だが、彼はやがて自分の
もちろんそんなことは口にしない。
『その
『そうさせないために俺たちが急行したんだろ? と言いたいところだが、どのみちこの設計図だけでは作れっこなかったな』
『そうか。簡単そうに見えるがなぁ…』
『だからこれは一部だけで、そんな
背中を向けたまま、エリックが肩越しに振り返る。頭髪と同じ色をした太い眉と瞳が、若く雄々しい横顔を際立たせていた。
『何をもってして、これが
『? 何をって……それ、魔導式だろう? お前が言っていたんじゃないか。これからは霊圧式の武器が主流になって、魔導式は
霊圧式と魔導式。簡単に言えば、弾丸が
威力も高く、
などとうそぶいていたのはエリックだ。
『さすがに俺でもわかるぞ。それ、装填するのは実弾だろう? お前ふうに言うと時代遅れってやつじゃないのか?』
『……お前はもう少し、
『ずいぶん大きく出たな』
呆れる素振りに気を悪くすることもなく、ブレンは『善処しよう』と付け加えた。学問とまではいかないが、機械の修理や使い方ぐらいはもう少し学ぶべきかもしれない。
『最近は、教わることのほうが多くなってしまったしな…』
主語のぼかしたセリフを無意識に口にすると、常に固い口元が自然とやわらぐ。
それを見とがめ、エリックは背中を向けた。
『また、お前が拾った
とげとげしい声色。
胸に去来するのは、少しばかりの
『……エリック。この任務から帰ったら、俺の家に来ないか? あいつの
『ブレン、俺は何度でも忠告するぞ』
さえぎるセリフは誘いに対する回答ではなかったが、その冷たく拒絶する雰囲気で理解させられる。
決して、二人が出会うことはないだろうと。
『くれぐれも本気になるなよ、俺たちには立場がある。お前は俺とともに、やがてこの北の地を治めなければならないのだから』
その言葉に、ブレンは黙りこんでしまった。もう手遅れだと言えば、エリックは怒るだろう。それが怖いわけではない。
ただ、
『……それで?
エリックが座る椅子の背を掴み、背後からのぞきこむ。やや強引だったが、相手もスズの話題を続けたくなかったのか、先ほどとは打って変わって軽い調子で乗ってきた。
『それがわかれば、俺はレッドヘルム家の歴史の中で唯一の学者としてこの名を刻むだろうさ』
『学者まで兼任できるほど優秀なのはきっと、後にも先にもお前だけだろうな。長いレッドヘルム家の歴史の中でも』
『……お前はときどき、俺を買い被りすぎだ』
『常にそばにいるからこその正当な評価だ。お前は根拠のないことは言わない』
『別に俺は、これが
『けど、引っ掛かっている。だろ?』
ニヤリと見下ろせば、悩ましげな吐息がもれる。あまり不確実なことは口にしたくないらしい。しかし、ブレンも引かなかった。純粋に興味が湧いたのだ。
少しワクワクしながら待っていると、思案に
『逆……なんだろうな』
『逆?』
『お前の言う仕掛けだ。パッと見ただけだが、これは……仕掛けがなさすぎる…』
慎重に言葉を選ぶエリックへ『どういうことだ?』と問いかけると、彼はモニターの画面を切り替えた。
大きく表示されたのは、先ほども見ていた設計図。
『実弾を発射する機構自体はおそらく、これでほとんどだ』
『……ん? だが、
『たぶん、
『バカな。じゃあどうやって飛ばすんだ?』
『
ブレンは食い入るように画面を見たが――――なるほど。飛ばした弾丸の安定を図る
『これは……二つの
『弾丸の線路だな。これで加速させて射出するつもりらしい』
確かに。よく見れば引き金は、その二つの
しかし、これでは霊圧式の銃の原理だ。
『なんだ、魔導式じゃなかったのか。ごちゃごちゃした装置がなかったから俺はてっきり……ん? でもお前、さっき……』
実弾を発射する機構。確か、そう言ったはずだ。
『あぁ、これは霊圧式じゃない』
『どういうことだ? 霊極性だけで、実弾を引っ張る……
『あぁ』
短く言い切るエリック。その後に何か続くと思ったが、何もなし。ブレンはいぶかしみ、画面から遠ざかるように背筋を伸ばした。
仕事も忘れて思索に没頭しているらしい赤い後頭部へ、話題を振った身ながら思わずため息。
『じゃあやっぱり、霊圧式――』
『こんなに直線的では
『――なるほど……』
さっぱりだったが、つまりはこういうことだろう。
これに、銃としての機能はない。
『やっぱり
『その表現は当たらずとも遠からずだな』
『おい、いちいちもったいつけるな』
『そんなつもりはない。本当にわからないんだ、これがなんなのか。だが、つまりはそういうものなんだろうな……』
どうやら考えがまとまったらしく、エリックはわざわざ椅子ごとこちらへ振り返った。
そして、再び背後の机へ腰かけて向かい合うと、急に講義が始まった。
『魔法の原理、お前は知っているか?』
『なんだ、
『やっぱりか。
『……昔すぎて忘れたんだろうさ』
視線を明後日へ向けると同時に、大きなため息。
『まぁいい。俺もあまりに
そう言って、エリックは親指を立てた。
『これが
次に、人差し指をこちらへ向ける。
『そしてこれが、霊極性』
そのほかの指は畳み、銃を
ブレンはふざけて両手を上げたが、それを無視してエリックは続けた。
『これが魔力だ。どちらが欠けてもダメで、常に
キョロキョロと辺りを見回す赤頭。そしてお目当てのものを見つけるとすぐに手を伸ばし、再び手を銃の形へ。
そこに加わったのは、輪ゴム。
『外界へと、影響を与える』
パシュンと放たれた輪ゴムがブレンの顔へ。ちょっと痛い。
眉をひそめながら輪ゴムを拾う。
『おい、わざわざ当てる必要あったか?』
『簡単に言えば、これが魔導式だな。では、霊圧式とはなんだと思う?』
『人の話を聞け』
同じように輪ゴムを飛ばすもあっさりとよけられ、ブレンは顔を渋くさせながら自分の手を見下ろした。親指と人差し指を立てた、銃の形。魔力として成り立っているという状態。
輪ゴムという弾丸を飛ばすのが魔導式で、霊圧式が
『……指先から、
自信のなさに言葉尻が消えるも、エリックはこちらへ人差し指の銃口を向けながら言った。
『そのとおり』
バンッ、と撃つ物まね。
胸を押さえて倒れてやるほどのサービス精神は持ち合わせていなかったが、相手もそれはわかっている様子で目線を外した。
『
『なるほどな……確かに、魔法みたいだ』
人差し指から光の弾丸を放つ。どうすればそんなことができるのか、見当もつかない。どこか
しかし、エリックが手の銃を下ろさぬまま言う。
『違う。これは魔法じゃない』
『? 違うのか? まぁ、似たようなもの——』
『いや、根本的に違うんだ。魔法はここから放たれるものでも……そもそも、銃のように発射されるものでもない』
『——じゃあいったい、どこからお出ましあそばすんだ?』
回りくどい言い方に飽き飽きしたブレンが、
すると、手の銃の形が変化した。
『出てくるんじゃない。呼び出すんだ』
中指が真横へ伸ばされ、銃とは呼べない妙な形に。
『いわゆる、召喚ってやつだな』
ブレンは眉をひそめた。
『さっぱり意味がわからんぞ。その中指が魔法なんだとして、どこに向かって撃ってるんだ?』
手で作った
それに対する苦い声。
『物分かりの悪いやつだ。放たれるものではないと言っているだろ』
『だったらもうちょっとわかりやすく説明しろ』
『十分わかりやすくしたつもりだが……ここから先はもっと複雑だぞ?』
軽い脅し文句に肩をすくめるも、そのまま黙って腕を組む。無言の催促、続きを聞く体勢だ。
しかし、エリックは初めて言葉に詰まった。
『実は俺も、いまいち意味がわかっていないんだが……これは、道だそうだ』
『道?』
形を崩さぬ手。その立てた中指が、トントンと叩かれる。
『実際、これに方向はない。時間も、そして次元すらも越える。魔力が正しく流れると、この道とやらが現れるそうだ。もちろん目には見えないらしい』
『見えない道、か……だが、そう言うからにはどこかにつながっているんだろう?』
『ほう、お前にしては鋭いな』
『あまりバカにするなよ、と言いたいところだが……その次元がどうのという話はお手上げだ』
『安心しろ、そこは俺もだ』
互いに浮かべる苦笑い。友との頭の出来の差に打ちひしがれかけていたが、どうやらそうでもないらしい。
などとホッとしたのも束の間。
『……ブレン、正義とはなんだと思う?』
いきなりの超難問。表情を改めたエリックの、まるで哲学者のような問い。
ブレンは返答に
『そんなもの……あれだ。人それぞれってやつなんじゃないか?』
『そうだな。悪を滅ぼす、弱きを助ける、己の信念を貫く。さまざまな正義があるだろう。では、質問を変えよう。正義は存在すると思うか?』
いきなりなんなんだ。ブレンはいぶかしげにエリックを見つめたが、その雰囲気は至極真剣だった。
だからこちらも、真剣に答える。
『存在する。たとえば俺たちの仕事は、正義と呼ばれる行いのはずなのだから』
『異論はないが、では俺たちは正義なのか?』
『少なくとも、俺はそうだと信じている』
『それではただの願望だな』
小馬鹿にする言い草。思わずムキになりかけるも、先回り。
『俺も同意見だ、ブレン』
そして、エリックはさらに言葉を重ねた。
『しかしな、魔法ならばそれが視認できる』
『視認? おいおい、まさか正義とやらに形があるとでも言うつもりじゃないだろうな?』
『そうだ。正義の真の姿……つまり、真実としての正義。それを召喚することこそ、魔法なんだ』
なるほど、と納得したのは彼の軽い脅し文句。ここから先はもっと複雑という、まさにそのとおりの展開に目を白黒させていると、エリックが『ちょっとお題が難しかったか』と己の失策を悔やむようにその赤い太眉をひそめた。
『ならば、火ならどうだ? 魔法っぽいし、それならイメージしやすいだろう?』
子どもにどう説明したものか。そんな悩みを抱える大人のような素振りが気に食わなかったが、素直にイメージしてみる。
とっくに崩れていたエリックの手の形を思い出し、自らで再現。親指を立て、人差し指を前方へ。そして中指を真横に。
この中指が、魔法。道。火をどこかから呼び出すのか。
『……なるほど、なんとなくわかった。その道を通って、火が召喚されるわけだ』
『それも、ただの火じゃない。真実の火だ』
そう言ったエリックをややにらみつける。わかったと言ったばかりなのに台無しだ。
『お前、わざと俺にわからないように言ってないか?』
『だから最初に言っただろ、俺もよくわかっていないと。けど、どうもそういうことらしい。その道を通ってやってくるのは、すべて真実とやらだそうだ』
『じゃあつまり、普通の火ではないのか?』
『むしろそっちが普通の、本当の火で、俺たちの知る火が偽物なのさ』
『? 火は……火、だろ?』
『俺もそう思うが……火にかぎらず、どうやらこの世界の目に見えるものすべてが偽物らしいぞ』
『またさらには、目に見えないものこそが真実である。そして道でつながる先とは、そのすべての真実が住む場所である、と。しかし、召喚してもこちらの次元ではその姿形は反映されず、人の集合的、普遍的無意識によって
『お前それ、ちゃんと意味わかって言ってるか?』
『だから何度も微妙だと言っているだろ。かいつまんで口にするとだな……人は都合のいいようにしか見ないってことだ。その結果、火の魔法なんかは火を出すように見えているだけって話だそうだ』
『それじゃあ、実際は燃えないっていうのか? 手品にも劣るぞ、そんなもの』
『それはだな……あー、確か、人の認識が及ぼす影響範囲が、高次元の物体を召喚することによる
珍しく激しい感情をあらわにして『俺は講師じゃないんだ!』と叫ぶ未来の
そして何事もなかったかのように仕事へ戻り、再び椅子ごとこちらへ向いた背中を見ながら、ふと眉をひそめた。そういえば、話が宙ぶらりんのままだ。
『おいエリック』
『質問はもうやめろ。学んでこなかったお前の自業自得だ』
『そう言うな、これが最後だ。それで結局、その
話の流れを鑑みて問い
『正確には再現かもな。
『? なんだ?』
急に呆けながらも、立ち上がるエリック。その手にはフロッピーディスクが握られていた。仕事は無事に完了したらしい。そのまま彼は浮足立つように、先ほどと同じく指の銃口を突きつけてきた。
ただし今度の銃口は、人差し指ではなく中指。
『つまり、こういうことか』
『……いや、どういうことだ?』
『魔法回帰派ではないエイル・ガードナーが魔法の再現を目指すのは、どうも違和感があったんだが……なるほど、道が生ずる際のエネルギーを利用しようと…。しかしこれなら、魔法を再現するほうがよっぽど簡単なんじゃ…?』
『おい、エリック』
『ん? あぁ、すまんすまん』
いら立たしげに呼んでも、おざなりな返事。どうやら説明する気はないらしい。
『まぁ、特に気にしなくてもいい。発想は面白いが、いかに天才といえども……』
こともなげに言って、彼は腰に差していた
『
――バキャッ!
杖先から放たれた光がモニターを砕き、割れた画面の破片がキラキラと、スローモーションにこぼれ落ちる。
そのいくつもの
※
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