5 VS.赤い機体①
『――――ッ! 応答――――っ!』
浅い眠りの中で、ブレンは思った。誰だ。
『――――
耳が遠い。体が痛い。頭が、世界が揺れている。
自分はなぜ、こんなところにいるのか。
確か、エリックと任務を――
『バウマン
――していたのは、
「グッ……!」
バウマンは一気に目が覚め、すぐに状況を確認しようとした。だが、全身の痛みに加えて椅子にも縛りつけられており、身動きができそうに――――いや、これはシートベルトか。
場所は見慣れた
そして、意識がなくなる寸前の出来事を思い出し、死ななかったことに安堵するよりも早く通信を返す。
「ホワイト
『た、
「ホワイト
『はっ! 状況は、その……』
言いよどむ部下に
敵の攻撃らしき衝撃波に吹き飛ばされたものの、戦闘に支障なし。
バウマンは頭を一振りして外を観察したが、すぐに固まってしまった。思考も停止。
スクリーンに映る光景は、理解の外にあった。
『……新入りの————ホワイト
暗い嵐の夜のはず。しかし、嵐は死んでいた。
止まる呼吸、静まる風。消える心音。雷鳴。
そして、夜を
『ホワイト
地面を
その上に舞う、淡い緑の光の粒。まるで蛍の群れのような幻想的風景だったが、いまだ降りやまない雨にも消されず、どこか不気味に宙を漂っている様はむしろ、刺し殺された嵐の血痕のようだ。
だが、バウマンにはわかった。それは
『……ホワイト
「! 何っ…!?」
その光景に圧倒されていると、横から頭を殴られたかのような衝撃が走る。
『俺、見たんです…。何か、スクリーンに線が横切ったと思ったら、それがビショップを貫いてて……次の瞬間にはもう、ビショップが跡形もなく消し飛んで…』
「……確かなのか?」
『は、はい。ナイトも衝撃波に吹き飛ばされましたがなんとか耐えれたので……その、一瞬でしたが記憶は、はっきりしてます…』
絶望の陰がにじむ声色に、バウマンは歯がみした。どうやら真実らしい。
狙いは中央の
各個撃破の
「すぐに合流するぞ! ホワイト
『す、すみません、この
「くそっ…!」
落ち着け、まずは状況の整理だ。バウマンは眉間に深いしわを作り、強く目をつむった。
ビショップを中心に、十二時方向をルーク、三時方向をガンバンテイン、九時方向をナイトが進んでいたはず。そして、ジンの最後の通信――――危険を伝える焦った声は『二時の方向』と叫んでいた。つまり敵はそちらからまっすぐビショップを狙い撃ち、この川のように抉った地面と漂う
その結果、十二時と九時方向にいたルークとナイトはこちら岸に。そして三時方向にいたガンバンテインは、あちら岸に単機――――まずい。
焦燥感に駆られ、ナイトの合流を待たずにアクセルを踏む。
『!
「敵の狙撃地点だ! そこからならあちら側へ回れる!」
横断は無理だ。水かさはともかく、
『
「次弾はない! 制限なく撃てるなら、ブラック小隊がやられた現場も最初からこうなっていたはずだ! 追撃がない今こそ距離を詰める!」
とっさの言葉に『了解っ!』と希望に満ちたが返事が続くも、バウマンの頭の中は後悔でいっぱいだった。
次弾がないというのはただの願望。もし各個撃破が狙いなら、ガンバンテインは手遅れ。もう、何もかも遅い。
甘かった。未知の脅威に対して警戒が足りなかった。ブラック小隊が全滅した現場に片鱗はあったのだ。もっと思慮すべきだった、気付くべきだった。
自分ならば、気付けたはずなのに――
(――……自分、なら? バカな、私は何を考えて……)
気付けたはずがない。バウマンは己にそう言い聞かせた。しかし、その考えがどうしてもぬぐえずに混乱した。
気付けたのだろうか。答えに至らなかったのか、それとも無意識に可能性を打ち消していたのだろうか。
(確か、私はあの時――)
――帝国に滅ぼされた亡国の徒が秘密裏に開発した攻撃兵器、という線もある。
(――そう、そうだ。私は、そのことを……)
バウマンはさらに記憶の糸を手繰り寄せようとした。しかし、それを止めるように通信が入る。
『
大地の傷跡に沿ってまっすぐ走るルークの
消える
(良し、これで少しは…!)
同時に、レーダーと通信機能が回復。
そして急に耳へ飛びこんでくるのは、
『――――スヴェン…』
「っ!?」
バウマンは急ブレーキをかけた。
誰だ、とは思わなかった。
『スヴェン・リー…』
『な、なんだ? 新入りの声じゃない…』
そう、違う。ジンの声ではない。
『やっと、やっとだ…』
この声は、元教え子の――
『やっと、見つけたぞ……スヴェン・リィィィッ!』
――アルフレッド・ストラノフの声だ。
「ストラノフ!? 貴様、今どこに――」
『
ルークの横に並ぶ馬面の
仰向けに倒れるガンバンテインへ、どこかあのマーシャルとも
『さぁ立て、スヴェン・リー! 決闘の続きだ! 私は、まだ……まだ負けていない!』
考えるべくもない。あの赤い機体――とんがり頭で、背中に翼が生えているようにも見える――に乗っているのは、アルフレッド・ストラノフだ。間違いなくあれが探していた敵機。そしてパイロットは、アナスタシア・ストラノフの弟。これはもう、彼女が自分たちを殺そうとしているのは確定的だろう。
だがバウマンはそれよりも、アルフレッドが加担していることのほうが許せなかった。
「ストラノフ、貴様……よくも、同じ釜の飯を食った者たちへ銃を…!」
『どうした、スヴェン・リー! さっさと立て! 私に……私に背を向けるなぁぁぁっ!』
『な、何言ってんだお前? 仰向けだから背中は向けてないだろ』
こちらの声は聞こえているはず。しかしアルフレッドはそんな呆れた茶々も一切聞こえていない様子で、必死にガンバンテインへとがなり立て続けた。
そもそも、ガンバンテインに乗っているのはジンだ。スヴェンではない。どうして間違えているのか。
そして気掛かりなのは、ガンバンテインのパイロットの状態。これだけ騒ぎ立てても反応がないとは、もしや重傷か。よく見れば機体の損傷も激しい。
バウマンは焦った。
『私を無視するな! 闘えっ!』
アルフレッドも錯乱している。このままでは。
「立て、ホワイト
『――――私を、見ろぉぉぉっ!』
――ガチャッ!
ガンバンテインの丸頭へと突きつけられる銃口。それに反応する体。しかし、すぐに理性が急制動。ルークの大味な大砲ではガンバンテインまで巻き添えだ。
そんなバウマンを尻目に飛び出したのは、ナイトだった。
『これ以上やらせるかよっ!』
「ホワイト
「聞け、ストラノフ! そいつはスヴェンでは――」
『私を見ろ、私を見ろっ! どうしてだ!? なぜ、お前は振り向かない!? 私は……私は、どうすれば…』
「――ストラノフ、お前いったい……」
しかし、勘違いだったのだろうか。今のアルフレッドからは、怨念めいた執着しか感じない。
(本当にあれは、アルフレッド・ストラノフなのか…?)
疑念が渦巻くバウマンの胸中をよそに、ナイトが向こう岸へと駆け上がった。
『そいつから離れろ、イカレ野郎っ!』
勢いそのままに突貫する馬面の巨人が、その手に持つ
――ガスッ!
「なっ…!」
『っ!? ウソだろ…!』
人質を盾にされる前に敢行した奇襲。仰向けに眠るガンバンテインのそばで
救出には成功するも、あそこから回避するとは。
『なんて機動力だよ…』
「ナイト並――――いや、あれは……」
バウマンの脳裏に、モヒカン頭の青い巨人の姿が浮かぶ。
F型
「ホワイト
『邪魔を、するな…』
――ガシャン……ドスッ。
バウマンは、その光景を見て息が止まった。
長い
――パキィッ。
左右に分かたれた剣は双剣となり、その
『なんだそりゃ? どんな
バウマンは己の中の確信が形となる前に、大声で叫んだ。
「剣を奪えっ!」
『?
「片方だけだ、折ってもいい! とにかく剣を狙えっ!」
納得させる
『邪魔を……するなぁぁぁっ!』
赤い機体が
『くそっ……
「
『りょ、了解!』
地面から
機動力は同等、おそらく運動性能も。
(それにやはり、荷が重いか…!)
ルークが背負う二つの小さな塔が前へ倒れ、準備は万端。砲口が狙いを定め、スクリーンに映る
――ガキンッ!
『ぐっ…!』
「ホワイト
双剣に弾き飛ばされるナイトを見て、思わず声を上げる。
劣勢。そうなることはわかっていた。
機体性能の差に加えて、パイロットの熟練度の違い。アルフレッド・ストラノフは戦闘経験こそ少ないものの、現時点でどの部隊に所属してもエースを張れる実力がある。それが最新鋭の機体に乗っているとなると、相手取れるのはこの帝国でも限られてくるだろう。
そして、技術の質というべきか。思わぬ発想や閃きで戦況を覆すスヴェンと違い、アルフレッドはいやというほど基本に忠実だ。性能の差によるゴリ押しならば後者のほうが上。現状、F型の性能を上回る機体がないとすれば、これ以上の適任者はそうそういない。
つまり、ナイトに勝ち目はなかった。
(くそっ、どうする…!? せめてガンバンテインが起きてくれれば…!)
もう一度だけ呼びかけるか。その決断を下す前に、決着はつきそうだった。
『――――ぐぁっ!』
――ズバシャッ!
「! しまっ…!」
右を
「ホワイト
その言葉に反応するように――
――ズガッ!
――赤い機体は、ナイトの左腕を串刺しにした。
『くそっ、動けな……っ!』
そのままナイトの右腕も踏みつけ、大地へと
『邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ――』
高々と上がる左の剣。
『た、
「ストラノフ、やめろっ!」
狙いは、先ほど外した
『――邪魔だぁぁぁっ!』
振り下ろされる銀閃。部下の悲鳴。
バウマンはただその瞬間を、指をくわえて見ていることしかできず――
――パキィィィンッ…!
――そして驚きに、目を見開いた。
『……あ、あれ? 生きてる?』
なぜなら、剣が折れたから。
(
――
エリックの言葉が脳裏をよぎる。そう、つまりは未完成。おそらく、一度しか使えない代物だということ。
バウマンはここぞとばかりに叫んだ。
「脱出しろ! やるぞ!」
『は、はいっ!』
こちらの意図をすぐに察し、ナイトが赤い機体の足元で暴れる。
刺された左腕を無理やり切り離し、踏みつける足へと体当たり。足蹴にされていた体勢からもがき出て、全速力で離脱。その背中も追わず、赤い機体は折れた剣をぼんやり見ながら突っ立っていた。好都合だ。
ルークのとっておきは、小さな
それに――
「――そいつがなければ、迎撃できまいっ!」
バウマンは操縦桿となった
「くらえっ!
――ドドォォォンッ!
二つの塔から撃ち出される二つの光球。それは、凝縮した
雨をものともせずに夜空へ上がるその花火が、まるで地上から空へ向かう流れ星のように尾を引き、雲に隠れた月よりも明るい太陽のごとく一番高みへと昇る。そこから落下して衝撃を加えられた時、ぎゅうぎゅうに縛られた無数の
赤い機体に目を向けるも、いまだ動く気配なし。いける。バウマンはそう確信したが、ふと違和感を覚えた。
(
見間違いかと思った。しかし、先ほどよりもはるかに明るい夜の中で、見間違えようがない。折れたはずの
それも、両方。
「いったい……っ!?」
バウマンはひどく嫌な予感に襲われ、赤い機体の動きがスローモーションのように見えた。
だが、よく見れば翼ではない。羽根のない骨格だけのもの。そこへ二丁拳銃が接続されると――
――ガチンッ!
――何かが、結合した。
(! まさか——)
翼でも、骨でもない。それは鞘。
収納されていた二つの
「——取り替え式だとっ!?」
――ガチャッ――――バチッ!
分かたれた双剣が再び合わさると同時に、打ち捨てられていたはずの
赤い機体の両手に戻る、巨大な銃。
「……完成していた、ということか――」
空を向く銃口。光の
そして、引き金が引かれると――
「――
――神の槍が、天へと昇った。
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