3 タルボ②
その奇妙な
早朝から
新しい環境への適応もままならず、自室へ通されたとたんに着の身着のままベッドへダイブ。夕飯を食いっぱぐれるほど、心身ともに疲れ果てていた。
そしてそのまま朝までぐっすり――――とは、いかなかった。
――ツンッ。
一発。
――ツンツンッ。
二発。
――ツンツンツンッ。
三発。
そこでようやく、頬に刺す痛みが現実だと認識。
うっすらとまぶたを開けば、カメラの一つ目レンズが間近でこちらをジーッと
その後に展開されたのは、ジョッキサイズの
――カシャンカシャン、カシャン!
枝のように細い金属の
そのままこちらへと、四足歩行でカシャカシャと迫りくる謎の
部屋まで駆けつけてくれたレオンに事情を話すも、信じてもらえず。その謎の
腹立たしい気持ちと気味の悪さにその日は眠れず、そして次の日。早速とばかりに待つ仕事へとスヴェンは寝不足で挑んだ。
マーシャルに乗るだけの簡単な仕事だと思っていたが思いのほかきつかった。機体の調整――自分専用に調整してくれるという話だった――だけなら良かったものの、F型
そして前日と同じく、疲れ果ててベッドへダイブ。昨晩のことなどすっかり忘れて夢の世界へ突入――――とは、やはりいかなかった。
――ツンツンツンツンツンツンッ!
思わず、スヴェンはぶん殴った。怒りに身を任せた。もはやそこに、夢かうつつかなどは関係ない。
不機嫌に身を起こすと、床に昨日の
しかし、そこでスヴェンは衝撃を受けた。目を回すのか、こいつ。
金属製の
とにかくレオンを呼ぼう。幻覚ではなかったという証拠にもなるし、もしかしたら製作者にも話が聞けるかもしれない。スヴェンは初めて見る
それにハッとした謎の
その謎の
『タルッ!』
さっぱり意味がわからなかった。
どうやら他人の目に触れたくないらしい。身振り手振りでその意図を読み取るも、理由がわからない。それを聞いても『タル?』と
次に疑ったのは操作されているのではないかということ。このカメラを通して、誰かが遠くからのぞいているのではないか。
しかし、それも違った。と断言できるほどの確信もなかったが、少なくとも紙とペンを渡して意思疎通を図ろうとしたところ、相手は文字を書かなかったのだ。出来上がったのは妙に精巧な自分の似顔絵。無駄にプレゼントされた。
くしゃくしゃに丸めた自画像をポイッと捨て――自信作だったらしく『タルッ!?』と驚いていた――ふと、気付く。
名前なのか、と尋ねてみる。
『タル』
なんだ、やっぱり
『タル!? タルタルタルッ!』
え、違うのか。そんなすれ違うやり取りをいくらか交わし、最終的にタルボへと落ち着いた。
なぜ名前を付けているのだろう。目の前でどこかうれしそうにカシャカシャ動く四足歩行のタルボを見ながら、スヴェンは頭を抱えた。
タルボは決して人前に姿を現さなかった。
自分が部屋を出てもついてこず、レオンのカウンセリング時には音も立てずに逃げ出す徹底ぶり。どうやら元から部屋に住み着いていたわけではなく、通気口から出入りしているらしい。そして夜、就寝時間になるとカシャカシャ戻ってくる。
怪しすぎた。疑うには十分だった。それとなくレオンにも
しかし、スヴェンは報告しなかった。
タルボに敵意がなく、行動にも一貫性が見られない。ただ足元をウロウロするだけ。無害なオブジェクト。全部、言い訳だった。
本当は、野良犬に
だから、連れていかれるのは少し嫌だった。だからズルズルと、秘密を抱えたまま
しかし、睡眠時間を奪われるのは我慢ならない。
寝ている頬をツンツン刺してくる存在を無視すると、さらにツンツンツンツン加速してくるその痛みに耐えられなくなったスヴェンはカッと目を見開き、取っ手のない
「おいタルボ、いい加減にしろって昨日も言ったよな…!」
「タルタル! タルッ!」
「痛い、じゃねぇんだよ。このまま握り潰してやろうか?」
あくまで自己解釈。それにとてもではないが、握り潰せるほどタルボはやわではなかった。
ふたは開けられないが、中身はやや空洞のようで軽い。しかし、その
タルタルうるさいのでスヴェンが仕方なく放り投げると、空中で引っこめていた手足と頭を解放し、見事に床へと着地。四足歩行で
スヴェンは肘をついて寝そべり直した。
「前から言おうと思ってたけど……お前のその虫みたいな歩き方、気持ち悪いぞ」
「タルッ!?」
頭部を模したカメラが揺れる。ショックだったらしい。二足歩行へ切り替え、カシャンカシャンと歩きづらそうにうろつくその姿をぼんやり見ながら思う。
言語の理解だけではない。こいつには、感情がある。ある程度の思考が可能だからこそ簡単なやり取りもできるのだろう。それがどれほどなのかはわからないが、
だからといって、こんなに油断するのはいかがなものか。
ならばなぜ。自分に
(やっぱり、報告するべきだよなぁ…)
バランスの悪い二足歩行を諦め、タルボが亀のように手足と頭を引っこめる。そして
(緊張感なくすんだよな、こいつ見てると)
スヴェンは頭をかきむしった。とりあえず、明日にでもレオンに相談してみよう。さすがにそろそろ対応を任せるべきだ。
そしてやや引け目を感じながらタルボへ目を向けると、
一瞬だけ焦ったものの、そこまで必死な様子でもない。ただ気まぐれに外へ出てみたくなったペットのよう。ベッドから下ろした足で
「通気口から外に出れないのか?」
ウィンッと出てきた
スヴェンは注意を重ねた。
「お前、誰にも見られたくないんだろ? 廊下の監視カメラに映るけどいいのか?」
「……タル?」
よくわからない時はこの反応だ。スヴェンは肩をすくめ、タルボを上へと軽く放り投げた。ポーン、ポーン、とリズミカルに続ければ、それに合わせて回転やひねりなどを入れる
(もしかしたらずっと室内にいて、ストレスたまってんのかもな)
そう考えてすぐに気付く。それは、自分のことだ。
「……ちょっと、散歩にでも行くか」
渡し守を
スヴェンはローブの
「タルッ!」
胸に飛びこんできた利口な
そして魔導師然とした出で立ちの青年は、扉の横に設置された四角い板へと手をかざし、魔法のように自然と開いた扉の外へと足を踏み出した。フードの陰から出た口元に、彼の親友にも似たいたずらっ子のような笑みを浮かべながら。
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