7 VS.歩兵
そんな
敵は四機、正面に展開。そろいの装備。三角形の
けれど、スヴェンは吐き捨てるように言った。
「戦場でチャラチャラしやがって」
眉をひそめて渋い顔。
スヴェンはかつて、この機体に戦場で追いかけられたことがあった。向こうには見えていなかったようだから、自分が勝手に地べたを
それでも、恨みは恨み――――コノウラミ、ハラサデオクベキカ。
「あん時の借り、十倍にして返してやるよ」
イキイキした独白に合わせ、操縦桿をゆっくりと握る。一本一本、その戦いの始まりを指折り数えるように。
そしてスクリーンの真ん中に『
後手に回る棒立ちの
一斉に突き出された槍を急激な方向転換でかわし、すれ違いざまに一番左端の
「くらえっ!」
――ザシュッ。
迫力に欠ける効果音。だが確実に、マーシャルの持つ
反転するとそこには、
粉々になったわけではない。本当に消えたのだ。モザイクのようなものに覆われたかと思えば、すぐ何事もなかったかのようにその空間は戻り、最初からそうであったかのように
ただ、感心はした。
(よく出来てんな、ホントに)
三方向からの包囲。ジリジリと槍を突き出して狭めるその網の逃げ道は、後ろのみ。
しかし、スヴェンはその場にとどまることを選択をした。
「さっさと来いよ、のろま」
槍の届く間合いで動きを止めてしまった三機に、石突きを地面へ刺して挑発。感覚としてだが、操縦桿から伝わる手応えは先ほど
(……
ふとした思考は邪魔が入り、そこで中断。
文字どおりの横槍。
――ヒュッ。
と聞こえてきそうな冴えを見せる突き。正面と左右からの同時攻撃。バックステップでよける、なんてことはしない。
――カキンッ!
突き立てていた
――ガシッ!
刃の届く寸前、左の槍を素手で掴む。
そして正面からの槍は、真上へ蹴り飛ばした。
――ガキィンッ!
短く大きな足をもつ通常の
それをまるで生身のような平衡感覚をもってして、転ばずにその場でグルンッ。背を向けながらも動きを止めず、両手で掴んだ
力任せな回転斬り。
「うらぁっ!」
――バシュッ、バシュッ、バシュッ。
一気に
しかし、つい
満足感を得られずに、スヴェンは肩をすくめた。
「やっぱなんか、物足りねぇ————おっ?」
突如として現れる敵影。
スヴェンは雲一つない、そしてまさかの太陽すらない、作りこみの甘い真っ青な空をスクリーンに映して小さく笑った。
「わかってんじゃん、先生」
敵の数だけ指折り数え、ゆっくりと両手で操縦桿を握り直したスヴェンの口元が、不敵な弧を描いた。
倒した
送られてくる映像が途切れ、
という率直な感想をレオンに告げると、彼はオールバックにした黒髪をカリカリとかいて、広い額へしわを刻んだ。
「これでも立派な、最新技術の
スヴェンは
体中に貼られた
神経質そうなのはいつものことなのであまり気にせず、座席から少しずり落ちながら言い返す。
「だからほめてるんですよ、最高の
手応えのなさだけでなく、攻撃を受けても衝撃はなし。もちろん実際に攻撃されたわけではないのでマーシャル本体が揺れるのはあり得ないとわかっているが、ダメージを負ってもこちらの動きに制限がかからないというのはいかがなものか。エネルギー残量も設定されているものの、どこか縛りが緩い。実際の運用はもっとシビアなはず。
それに何より、命が軽くなる感覚。奪う側ならそれでいいかもしれないが、奪われる側に回ったときの危機を察知する勘が鈍ってしまうのでは。
そこまで伝えてもレオンはあまり関心を示さず、ただ「動くんじゃない」と注意して救急箱の操作に集中していた。ずり落ちるのをやめ、浅く腰かける。この時間はいつも暇だ。
そんな考えが表に出ていたのか。片手間ながら、暇潰しの会話に付き合ってくれるレオン。
「リー導師、君はまるで熟練パイロットのような物言いをするな」
「はぁ……生意気言ってすみません」
「皮肉ではない、ただ事実を口にしただけだ。ほかのベテランも同じようなことを言っていたのでな」
カタカタとキーボードを打ちながらレオンが続ける。
「それに、言っていることも正しいから謝る必要はない」
「? じゃあなんのために作って……まさか、本当に
「違う。単にパイロットを育てるという目的ではないだけだ」
「でも、訓練なんでしょ?」
「
端的な答えに、思わず首を傾げる。いろいろ省かれたような。片手間だからか、会話にそこまで思考を割いていない様子。
二の句が継げずに頬をポリポリかいていると、レオンはいったん仕事の手を休めて視線を移した。その先には――
画面で見たものとは少し形の違う、F型
「だいぶ慣れたみたいじゃないか、こいつの扱いにも」
言葉にやや含みを感じ、スヴェンは冒頭を強調して言った。
「ただの近接武器としてだけならですけど」
「……
「だったらさっさとやりましょうよ。実用性に問題はほぼないんでしょ?」
「君のおかげでな。それはまぁ、追々といったところだ」
ごまかすように眼鏡をキラリ。くせなのだろう。しかし、どうも釈然としない。
やや不満げなスヴェンといっしょにその話題を脇へ置いて、レオンは話を戻した。
「とにかく、この
よくわからなかったが、最後の点ならば問題ない。それは先日、魔賊が乗るエレファントを倒した際に確信済みだ。
だからこそ疑問に思う。
「今日の
「エレファントとの戦闘は君の独断だろ…!? 肉眼での確認と君の感想ではなく、しっかりとしたデータが欲しいんだこっちは…!」
「はい、すみません」
銃口を突きつけるように指で額をグリグリ押され、両手を上げて降参。ヤブヘビだった。さらに「動くなと言っているだろう!」と注意されては肩をすくめるしかない。
レオンが指を離し、乗り出していた身を引いて元の位置へと戻る。
「まったく君は……まぁしかし、やはりなんの問題もないようだな。むしろ想定以上でいじる必要性は皆無だ。君に
「え?」
「ん?」
一文字のやり取り。疑問の色濃い視線。
重なる時間は長くなかった。
「いや、心得なんてあるわけないでしょ。いつの時代の人間ですか」
いきなりなんの話だ、と思う。
目をすがめて
「……
いきなりなんの話だ、
「教養ってやつですか。お上品を通り越して野蛮っすね。おぼっちゃんたちには家事のやり方でも教えてやったほうがいいのでは?」
「
皮肉を受け流されるものの、妙に納得。だからアルフレッド・ストラノフはあれほど
しかし、そうなるとだ。
「まさか、俺がそういう教育を受けてるとでも?」
「違うのか?」
「開いた口がふさがりませんね」
そう言いつつ口をへの字に曲げて閉じたのは、気に入らなかったからだ。自分のような
しかし、レオンはそのどちらでもなかったらしい。彼は視線を下げ、口に手を当てながら思考を言葉にした。
「そんなはずは……
「つまり、俺が天才ってことでは?」
いつになく真剣な様子を、ニッ、と笑って茶化してみる。
返ってくるのは強い否定。
「違う。絶対に」
「……いや、そこまで言わなくても。ただの冗談――」
「そういう問題ではない」
やや落ちこみながらのセリフをさえぎり、レオンがこちらへ視線を向ける。
「まるで……」
それは彼の、研究者としての一面。
その目はどこか、アナスタシアにも似たような、
「まるで、
「はい?」
スヴェンは思わず青筋を立てたが、レオンが無遠慮にこちらをジロジロと見続ける。
「いや、この場合は
「ちょっと、さっきから人をなんだと――」
身を引きながらハッとする。そうだ、自分は素材――――
(って、許してたのか俺…?)
己に問うも答えは得られず。今はただ、早急に離れてほしい。
そしてついに、グイグイと迫りくる顔へ
――ピピピッ。
生体データの測定完了。
我に返ったレオンが慌てて身を引き、わざとらしくせきこむ。
「私としたことが、つい取り乱してしまったようだ。すまない。さすがはストラノフ博士のお気に入りなだけはあると思ってな」
ストラノフ博士――――アナスタシアのことか。頭の中で変換し、足を浮かせた体勢のままげんなり。
その態度があからさますぎたらしい。
「人前で表情に出すのはやめたほうがいいぞ。まぁ、ご
レオンの苦言に、おや、と思う。
ペリッと
「怒らないんですか? ストラノフ博士になんたる態度だ! とかなんとか」
「才能や仕事ぶりは尊敬するが、人としてはついていけないところがある」
「あっさり口にしますね」
「あまり共感してくれる人間が身近にいないものでな」
テキパキと片付けながらレオンは言った。どうやらかつてバウマンが言ったとおり、アナスタシアの信者とやらは多いらしい。あれだけの才色兼備ならば納得である。外面も良さそうだし。
しかしそうなると、つまりレオンは彼女の本性を知っているということか。周りにそれを言っても理解されず、ましてや言うことさえ
生じる妙な仲間意識。そして「そんな君に残念なお知らせだ」という、妙な前フリ。
「今夜のカウンセリングはストラノフ博士が直々に行う。時間になったら部屋まで来るように、とのことだ」
「げっ…!」
「だからそれをやめたまえ。彼女の私室までのアクセス権限は与えておくから、遅刻しないようにな」
スヴェンは地獄への片道切符を渡された気分になった。
待ち受けるのは一人の鬼。だが、金棒を持っているのはアナスタシアではない。
――今度こそ息の根止めるから!
角を生やした赤毛の鬼が、明るくチョークスリーパーの自主練をしている姿が頭をよぎり、首元がやけに涼しくなった。夜にあのアナスタシアと私室で二人きりとは、まさに
恐れおののきながらスヴェンが首筋へ手を当てていると、レオンの大きなため息が耳に届く。
そして彼は、慰めではなく提案をしてきた。
「続き、するかね?」
「? なんの?」
「
荷物をまとめ、
「……しないならさっさと降りたまえ」
「あ、えっと……やりますやります。楽しそうだし。でも、もう調整はいいって話だったんじゃ…?」
「だから時間が余った。最近ふさぎこんでもいたようだし、ちょうどいい気晴らしになるんじゃないか?」
それだけ言い残し、さっさと視界から消えていくレオン。昇降機の起動音が
スヴェンは狐につままれたような面持ちで、無意識に
(もしかして、今日の
(最初から、俺の気晴らしのためだったりして…?)
久しぶりの人間扱い。最近の自分の様子を把握していたらしいレオンのセリフを
「意外と本当に、先生とかのほうが向いてんじゃねぇかな…」
スヴェンはそんな、聞いたら怒られそうなセリフを吐きながら、
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