7 VS.歩兵

 歩兵ウォーカー。それは東方連合軍の魔杖機兵ロッドギアのうちのひとつで、帝国のガンバンテインと同じく前線へ大量投入される量産型の機体だ。

 そんな歩兵ウォーカーに、広い草原の真ん中で囲まれている光景がスクリーンに映し出され、スヴェンは画面の向こう側へと威嚇いかくするかのように拳を鳴らした。ポキッ、ポキッ、と鳴る関節音が静かなマーシャルの搭乗席コックピット内に響く。

 敵は四機、正面に展開。そろいの装備。三角形の陣笠じんがさと朱塗りの簡素な甲冑かっちゅうに、同じ構えで向けられた四本の見事な造形をした槍。その姿は武骨なガンバンテインと比べればどこか華やかさがあり、島国として独自性を保つヤマトの風流を尊ぶ精神が息づいているのがわかる。

 けれど、スヴェンは吐き捨てるように言った。


「戦場でチャラチャラしやがって」


 眉をひそめて渋い顔。私怨しえんだ。

 スヴェンはかつて、この機体に戦場で追いかけられたことがあった。向こうには見えていなかったようだから、自分が勝手に地べたをいずり回っていただけだが。

 それでも、恨みは恨み――――コノウラミ、ハラサデオクベキカ。


「あん時の借り、十倍にして返してやるよ」


 イキイキした独白に合わせ、操縦桿をゆっくりと握る。一本一本、その戦いの始まりを指折り数えるように。

 そしてスクリーンの真ん中に『開始スタート』のと同時に、スヴェンはアクセルを踏み抜いた。先制攻撃。突貫だ。シートベルトをせず、またローブも羽織らずに黒い肌着シャツとカーキ色のズボン姿のまま座る搭乗席コックピットは、

 後手に回る棒立ちの歩兵ウォーカー。狙いは端の一機のみ。

 一斉に突き出された槍を急激な方向転換でかわし、すれ違いざまに一番左端の陣笠じんがさ目がけて攻撃。


「くらえっ!」



――ザシュッ。



 迫力に欠ける効果音。だが確実に、マーシャルの持つ斧槍ハルバードがスクリーンを横切ってからのけ反る陣笠じんがさ頭。ただし、機体に

 反転するとそこには、斧槍ハルバードを持つマーシャルの腕と、歩兵ウォーカーが見えた。

 粉々になったわけではない。本当に消えたのだ。モザイクのようなものに覆われたかと思えば、すぐ何事もなかったかのようにその空間は戻り、最初からそうであったかのように歩兵ウォーカーは残り三機。動揺はまったく見られない。スヴェンも特に不思議とは思わなかった。

 ただ、感心はした。


(よく出来てんな、ホントに)


 感嘆かんたんの息をついている間に、残り三機のうちの二機が草の上を滑るように左右へ散る。一機はこちらを振り返り、そのまま正対。

 三方向からの包囲。ジリジリと槍を突き出して狭めるその網の逃げ道は、後ろのみ。

 しかし、スヴェンはその場にとどまることを選択をした。


「さっさと来いよ、のろま」


 槍の届く間合いで動きを止めてしまった三機に、石突きを地面へ刺して挑発。感覚としてだが、操縦桿から伝わる手応えは先ほど歩兵ウォーカーを叩き斬った時と同じようにあまりない。


(……贅沢ぜいたく言うなら、もう少しそこら辺の再現をなんとか――)


 ふとした思考は邪魔が入り、そこで中断。

 文字どおりの



――ヒュッ。



 と聞こえてきそうな冴えを見せる突き。正面と左右からの同時攻撃。バックステップでよける、なんてことはしない。

 観客ギャラリーがいるから派手にやる。



――カキンッ!



 突き立てていた斧槍ハルバードの長柄で右の槍を弾き、



――ガシッ!



 刃の届く寸前、左の槍を素手で掴む。

 そして正面からの槍は、真上へ蹴り飛ばした。



――ガキィンッ!



 短く大きな足をもつ通常の魔杖機兵ロッドギアではできない芸当。長い足をしたF型魔杖機兵ロッドギアならではの攻撃。引き替えに失われるのは、巨体を支える重心。

 それをまるで生身のような平衡感覚をもってして、転ばずにその場でグルンッ。背を向けながらも動きを止めず、両手で掴んだ斧槍ハルバード

 力任せな回転斬り。


「うらぁっ!」



――バシュッ、バシュッ、バシュッ。



 一気に斧槍ハルバードを振り切ると、陣笠じんがさ頭が順序よく消えていく。一薙ぎで三体撃破。上出来だ。

 しかし、つい斧槍ハルバードが手からスポーンと抜けてしまいそうになったのは、途中の手応えがあまりにもなさすぎたため。まるで空を切ったような感触だった。

 満足感を得られずに、スヴェンは肩をすくめた。


「やっぱなんか、物足りねぇ————おっ?」


 突如として現れる敵影。歩兵ウォーカーがまた四機――――と思いきや、今度は十機。おかわりなのに特盛りサービス。質より量か。

 スヴェンは雲一つない、そしてまさかの太陽すらない、作りこみの甘い真っ青な空をスクリーンに映して小さく笑った。


「わかってんじゃん、先生」


 霊的人工知能SAIが反応し、視界が歩兵ウォーカーへと戻る。風に揺れぬ草原へ散った十機の敵影。

 敵の数だけ指折り数え、ゆっくりと両手で操縦桿を握り直したスヴェンの口元が、不敵な弧を描いた。




 倒した歩兵ウォーカーの数が百を超える直前、スクリーンの真ん中に浮かぶ『終了フィニッシュ』の文字。

 送られてくる映像が途切れ、搭乗席コックピット内部の明かりが各種機器からもれる小さな光源だけになると、スヴェンは充実した疲労感とともに大きく息をついた。そして霊的人工知能SAIとの接続を切る前に、を訓練モードからスリープモードへ切り替える。

 仮想現実戦闘訓練バーチャルシミュレーション。それは魔杖機兵ロッドギアカメラとつながっているはずのスクリーンを外部機器と接続し、比較的新しい機体には搭載済みのVR訓練モードを起動して行われる、言ってしまえばお遊びのようなもの。

 という率直な感想をレオンに告げると、彼はオールバックにした黒髪をカリカリとかいて、広い額へしわを刻んだ。


「これでも立派な、最新技術のすいを集めた機能なんだがね」


 スヴェンは搭乗席コックピットの座席でその皮肉を受け止めた。身動きはできず。なぜなら今は生体データ測定の真っ最中。マーシャルから降りる際に行われる恒例行事なので、もう慣れたもの。違和感は特にない。

 体中に貼られた当て布パッチから伸びる導線の集合先は、レオンの目前に置かれた機械仕掛けの救急箱。開いた開閉部ハッチのふたに座っていた彼はそれを見て、難しげな顔をしていた。指でクイッと眼鏡を押し上げるもだんまり。

 神経質そうなのはいつものことなのであまり気にせず、座席から少しずり落ちながら言い返す。


「だからほめてるんですよ、最高の遊戯ゲームだって。ただ、訓練にはならないかなーってだけで…」


 手応えのなさだけでなく、攻撃を受けても衝撃はなし。もちろん実際に攻撃されたわけではないのでマーシャル本体が揺れるのはあり得ないとわかっているが、ダメージを負ってもこちらの動きに制限がかからないというのはいかがなものか。エネルギー残量も設定されているものの、どこか縛りが緩い。実際の運用はもっとシビアなはず。

 それに何より、命が軽くなる感覚。奪う側ならそれでいいかもしれないが、奪われる側に回ったときの危機を察知する勘が鈍ってしまうのでは。

 そこまで伝えてもレオンはあまり関心を示さず、ただ「動くんじゃない」と注意して救急箱の操作に集中していた。ずり落ちるのをやめ、浅く腰かける。この時間はいつも暇だ。

 そんな考えが表に出ていたのか。片手間ながら、暇潰しの会話に付き合ってくれるレオン。


「リー導師、君はまるで熟練パイロットのような物言いをするな」

「はぁ……生意気言ってすみません」

「皮肉ではない、ただ事実を口にしただけだ。ほかのベテランも同じようなことを言っていたのでな」


 カタカタとキーボードを打ちながらレオンが続ける。


「それに、言っていることも正しいから謝る必要はない」

「? じゃあなんのために作って……まさか、本当に遊戯ゲーム目的で?」

「違う。単にという目的ではないだけだ」

「でも、なんでしょ?」

霊的人工知能SAIの調整だ」


 端的な答えに、思わず首を傾げる。いろいろ省かれたような。片手間だからか、会話にそこまで思考を割いていない様子。

 二の句が継げずに頬をポリポリかいていると、レオンはいったん仕事の手を休めて視線を移した。その先には――搭乗席コックピットの中からでは見えないがたぶん――マーシャルが仮想戦闘訓練バーチャルシミュレーションで振り回していた斧槍ハルバード

 画面で見たものとは少し形の違う、F型魔杖機兵ロッドギア専用武器があるはず。


「だいぶ慣れたみたいじゃないか、こいつの扱いにも」


 言葉にやや含みを感じ、スヴェンは冒頭を強調して言った。


としてだけならですけど」

「……魔杖機兵ロッドギアに装備させての実験はまだ行っていない。データがないものを仮想現実バーチャルで再現することは不可能だ」

「だったらさっさとやりましょうよ。実用性に問題はほぼないんでしょ?」

「君のおかげでな。それはまぁ、追々といったところだ」


 ごまかすように眼鏡をキラリ。くせなのだろう。しかし、どうも釈然としない。

 やや不満げなスヴェンといっしょにその話題を脇へ置いて、レオンは話を戻した。


「とにかく、この仮想現実戦闘訓練バーチャルシミュレーションは経験を積ませるためのものではない。霊的人工知能SAIの調整……たとえば今回は、マーシャルの霊的人工知能SAIにインプットさせた斧槍ハルバードの戦闘方法がうまく機能しているかどうかを見極めるためのものだ。だから重要なのは敵を倒した数や時間などではなく、どれほど理想どおりの動きができたか、という点にある」


 よくわからなかったが、最後の点ならば問題ない。それは先日、魔賊が乗るエレファントを倒した際に確信済みだ。

 だからこそ疑問に思う。


「今日の訓練これりました?」

「エレファントとの戦闘は君の独断だろ…!? 肉眼での確認と君の感想ではなく、しっかりとしたデータが欲しいんだこっちは…!」

「はい、すみません」


 銃口を突きつけるように指で額をグリグリ押され、両手を上げて降参。ヤブヘビだった。さらに「動くなと言っているだろう!」と注意されては肩をすくめるしかない。

 レオンが指を離し、乗り出していた身を引いて元の位置へと戻る。


「まったく君は……まぁしかし、やはりなんの問題もないようだな。むしろ想定以上でいじる必要性は皆無だ。君に斧槍ハルバードの扱いの心得があったおかげで仕事が減った」

「え?」

「ん?」


 一文字のやり取り。疑問の色濃い視線。

 重なる時間は長くなかった。


「いや、心得なんてあるわけないでしょ。いつの時代の人間ですか」


 いきなりなんの話だ、と思う。斧槍ハルバードなんて大昔の武器、美術館でしか見たことがない。そして美術館にも行ったことがないので、見たことすらない。

 目をすがめて胡散うさんくさそうに見つめるていると、レオンはためらいがちに語り出した。


「……ロード階級の子息はこの時代になっても、銃だけでなく剣の扱いなども幼少期に学ぶ」


 いきなりなんの話だ、再来テイクツー


「教養ってやつですか。お上品を通り越して野蛮っすね。おぼっちゃんたちには家事のやり方でも教えてやったほうがいいのでは?」

魔杖機兵ロッドギアを乗りこなすためだ。霊的人工知能SAIの機能はパイロット自身に依存している。同調シンクロする本人自身が動きを理解していなければ、機体はうまく動かせない」


 皮肉を受け流されるものの、妙に納得。だからアルフレッド・ストラノフはあれほど魔杖機兵ロッドギアでの剣さばきに秀でていたのか。

 しかし、そうなるとだ。


「まさか、俺がそういう教育を受けてるとでも?」

「違うのか?」

「開いた口がふさがりませんね」


 そう言いつつ口をの字に曲げて閉じたのは、気に入らなかったからだ。自分のような東方系人種イースタニアンに「育ちが良さそうですね」などと言うやからは、よほどのバカか嫌味なやつしかいない。

 しかし、レオンはそのどちらでもなかったらしい。彼は視線を下げ、口に手を当てながら思考を言葉にした。


「そんなはずは……霊的人工知能SAI補助アシストも十全に機能しているんだぞ? パイロットが動き方を熟知していなければ、とても…」

「つまり、俺が天才ってことでは?」


 いつになく真剣な様子を、ニッ、と笑って茶化してみる。

 返ってくるのは強い否定。


「違う。絶対に」

「……いや、そこまで言わなくても。ただの冗談――」

「そういう問題ではない」


 やや落ちこみながらのセリフをさえぎり、レオンがこちらへ視線を向ける。


「まるで……」


 それは彼の、研究者としての一面。

 その目はどこか、アナスタシアにも似たような、爛々らんらんとした輝きを放っていた。


「まるで、不正チートだ…」

「はい?」


 スヴェンは思わず青筋を立てたが、レオンが無遠慮にこちらをジロジロと見続ける。


「いや、この場合は不具合バグか…? 霊的人工知能SAIへの干渉ではなく、最初からに組みこまれているとしたら……」

「ちょっと、さっきから人をなんだと――」


 身を引きながらハッとする。そうだ、自分は――――実験動物モルモットのようなもの。あまりにも自分にとっての研究者像アナスタシアとかけ離れていて失念していたが、彼も間違いなくそうなのだ。しかも彼女の第一助手。決して心を許していい相手ではない。


(って、許してたのか俺…?)


 己に問うも答えは得られず。今はただ、早急に離れてほしい。

 そしてついに、グイグイと迫りくる顔へ長靴ブーツの裏を叩きつけようとした寸前、レオンが放っておいた機械仕掛けの救急箱からタイミングよく音が鳴った。



――ピピピッ。



 生体データの測定完了。

 我に返ったレオンが慌てて身を引き、わざとらしくせきこむ。


「私としたことが、つい取り乱してしまったようだ。すまない。さすがはストラノフ博士のお気に入りなだけはあると思ってな」


 ストラノフ博士――――アナスタシアのことか。頭の中で変換し、足を浮かせた体勢のままげんなり。

 その態度があからさますぎたらしい。


「人前で表情に出すのはやめたほうがいいぞ。まぁ、ご愁傷しゅうしょう様とでも言っておこうか」


 レオンの苦言に、おや、と思う。

 ペリッと当て布パッチをはがし、回収を手伝いながら尋ねた。


「怒らないんですか? ストラノフ博士になんたる態度だ! とかなんとか」

「才能や仕事ぶりは尊敬するが、人としてはついていけないところがある」

「あっさり口にしますね」

「あまり共感してくれる人間が身近にいないものでな」


 テキパキと片付けながらレオンは言った。どうやらかつてバウマンが言ったとおり、アナスタシアの信者とやらは多いらしい。あれだけの才色兼備ならば納得である。外面も良さそうだし。

 しかしそうなると、つまりレオンは彼女の本性を知っているということか。周りにそれを言っても理解されず、ましてや言うことさえはばかられる職場だったのかも。

 生じる妙な仲間意識。そして「そんな君に残念なお知らせだ」という、妙な前フリ。


「今夜のカウンセリングはストラノフ博士が直々に行う。時間になったら部屋まで来るように、とのことだ」

「げっ…!」

「だからそれをやめたまえ。彼女の私室までのアクセス権限は与えておくから、遅刻しないようにな」


 スヴェンは地獄への片道切符を渡された気分になった。

 待ち受けるのは一人の鬼。だが、金棒を持っているのはアナスタシアではない。



――今度こそ息の根止めるから!



 角を生やした赤毛の鬼が、明るくチョークスリーパーの自主練をしている姿が頭をよぎり、首元がやけに涼しくなった。夜にアナスタシアと私室で二人きりとは、まさに浮気アウトの予感。己の理性との勝負になりそうだ。

 恐れおののきながらスヴェンが首筋へ手を当てていると、レオンの大きなため息が耳に届く。

 そして彼は、慰めではなく提案をしてきた。


、するかね?」

「? なんの?」

仮想現実戦闘訓練バーチャルシミュレーションだ。歩兵ウォーカーばかりで退屈だっただろう? 一応、判明している陰陽十二将の機体データも取りそろえているし、なんなら獣型けものがたも相手にできる。ハードモード、というやつだな」


 荷物をまとめ、開閉部ハッチに隣接していたかごのような昇降機へと飛び移る後ろ姿を、スヴェンは目を丸くして見送った。


「……しないならさっさと降りたまえ」

「あ、えっと……やりますやります。楽しそうだし。でも、もう調整はいいって話だったんじゃ…?」

「だから時間が余った。最近ふさぎこんでもいたようだし、ちょうどいい気晴らしになるんじゃないか?」


 それだけ言い残し、さっさと視界から消えていくレオン。昇降機の起動音が搭乗席コックピットにまで鳴り響く。

 スヴェンは狐につままれたような面持ちで、無意識に仮想現実戦闘訓練バーチャルシミュレーションの準備を行った。


(もしかして、今日の訓練これって……)


 開閉部ハッチがゆっくりと閉じられ、外から差しこむ光がさえぎられていく。


(最初から、俺の気晴らしのためだったりして…?)


 久しぶりの人間扱い。最近の自分の様子を把握していたらしいレオンのセリフを反芻はんすうしながら、スヴェンは暗くなった搭乗席コックピットの中で小さく笑った。研究者ではあるものの、おそらく根がお人好しなのだろう。


「意外と本当に、先生とかのほうが向いてんじゃねぇかな…」


 スヴェンはそんな、聞いたら怒られそうなセリフを吐きながら、鍵杖キーロッドを起動用の鍵穴へと差しこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る