7 ホワイト小隊①

 バケツをひっくり返したような土砂降りの雨の中、立ち往生おうじょうするバケツ頭の巨人。

 魔杖機兵ロッドギアGTー04、ガンバンテイン・ルーク。二つの搭のような砲身を背負う、小さなとりでにも似たそのルークの搭乗席コックピットに、ブレン・バウマンはいた。

 大柄な体躯たいくではやや狭い空間の、前方約百八十度に広がるスクリーンを見ながら呆然とする。


「……これは…」


 続けて、ギリッ、と歯ぎしり。黒ローブについたフードで白髪交じりの短い黒髪を隠しながら、その厳しい顔を歪める。

 そしてブレンはその鬼のような形相を、沈痛な面持ちへと変えてため息をついた。


(せめてパイロットだけでも、と思ったが……)


 土と泥、そして闇の世界。画面を叩く横殴りの雨。そんな嵐の夜の向こう側で、外付けの簡易ライトに照らされる黒い残骸ざんがいがあった。反応が途絶えていたブラック小隊の機体だろう。

 予測することしかできなかったのは、破損状況があまり見たことのないものだったからだ。


『こいつは、いったい……』

大師たいしはご存知ですか? その、を…』


 戦闘経験の少ない部下――最前線ではないこの基地の者たちは皆そうだった――からの通信越しの問いかけに、ブレンは何も答えられなかった。

 いや、ただ一言。いなと言えばいいだけ。だがそう簡単に口にはできない。

 たとえば頭、もしくは足だけ。転がる腕は二本とも同じ右腕で、地面に突き刺さる純物質剣エーテライサーの刃は先端のみ。一見すると放棄されたスクラップのようだが、切り口から上がるかすかな魔素粒子エーテル残滓ざんしが、つい先ほどまでそれらが稼働していたことを如実に表していた。

 しかし、ライトで辺りを見回しても戦闘の跡はない。まるで突然その場で本体が消えてしまったかのような惨状。


(一瞬で……跡形も残らなかった、ということか)


 おそらく純物質金属アンチエテリウムの装甲や刃ですら消失させてしまうほどの、強力な霊圧式の弾丸によるもの。その弾丸の魔素粒子エーテル量は、現行の魔杖機兵ロッドギアが持てる武装の中では最大火力であるはずの、ルークの二丁の大砲をもしのぐだろう。つまり未知の脅威だ。

 そんな自分の考えをそのまま口にしたら士気を下げかねない。ブレンは小さく息を吸い、操縦桿を握り直した。


「戦場では常に予想外のことが起きる。冷静に対処しろ。周囲の反応はどうだ?」


 ルークを動かし、簡易ライトを消す。敵に察知されないためだったが、黒雲で覆われた空に星明りはなく、光に慣れた瞳孔では闇を見通すのは難しい。代わりと言ってはなんだが、遠くで走るいくつもの稲光いなびかりが夜の明かりの役割を果たしていた。


依然いぜんとして、レーダーに魔力反応なし。ブラック小隊からの信号も、ここで途絶えてから復帰していません』

「……そうか」


 ゴロゴロと響く雷鳴が声に重なり、近場に落ちた雷が音より先に光を届ける。


(ビショップの索敵範囲外か…)



――ガガァンッ!



 追いついた轟音が狭い搭乗席コックピット内に響くも、ブレンは大して気にせずスクリーンの端に映った帽子頭の巨人へ目をやった。その機体のパイロットが先ほどの声の主。

 狙撃手タイプの魔杖機兵ロッドギア、ガンバンテイン・ビショップ。狙撃型魔素粒子銃スナイパーエーテライフルを装備したその帽子頭の機体には、魔杖機兵ロッドギアの中でも群を抜いて索敵範囲の広いレーダーが搭載されている。ビショップの長距離射程ロングレンジ攻撃を補助するためだ。しかし、そのレーダーですら敵をとらえられない。

 つまり敵の攻撃は、威力に加えてその射程もこちらの想定を超えているということになる。


(……いや、結論を出すのは早いか。ブラック小隊を撃破してすぐに離脱した可能性もあるはず)


 それにまだ、敵の正体すら定かではない。

 高魔力反応はあったものの、ブラック小隊の通信記録には手がかりが少なかった。相手は一機。ただそれだけで、その報告が最後。東方連合軍の魔杖機兵ロッドギアか、はたまた魔賊の獣型けものがたなのか。

 帝国に滅ぼされた亡国の徒が秘密裏に開発した攻撃兵器、という線もある。若かりしころ――――対魔賊特殊機兵部隊ミスティルテインズに所属していた過去、それに近い例を目にしたことのあるブレンはそんな可能性も頭の中で並べた。

 そして頭の片隅に引っかかっていた、わずかな可能性も同時に思い出す。


「ホワイトフォー、どう思う?」


 問いかけたものの返事なし。代わりに馬頭の巨人が、ズシンと地を揺らしながらスクリーンに映る。

 闇の中に浮かぶその輪郭シルエットは、寸胴体型ではなくやや細身。機動力に特化した魔杖機兵ロッドギア――――ガンバンテイン・ナイト。パイロットの暗号名コードネームはホワイトスリーだ。


大師たいし――――あ、いや、ホワイトワン。どうしてこんな新入りに……』

『あーあ、また始まったよ』


 若さのうかがえる不満げな声音を茶化したのは、先ほどのビショップ乗り。

 暗号名コードネームはホワイトツー。この部隊では自分に次いで戦闘経験のある男だった。


『ホワイトスリー、いくら新人が優秀だからって嫉妬しっとは見苦しいぞ。実力で見返すチャンスじゃないか』

『聞き捨てならないな、ホワイトツー。誰が誰に嫉妬しっとしてるって?』

『もっと詳しく言ってほしいのか? いくら憧れの英雄ヒーローが自分より後輩のやつをかわいがっているからって、いじけるのはよせってことさ』

『おい、通信ででたらめなことはあんまり口にしないほうがいいぜ。記録されてるんだから、後で泣きを見るのはあんただ』

『でたらめって……お前、北の出身だろ? 大師たいし殿の武勇伝を寝物語ではないにせよ、本で学んだり教わったりしなかったのか?』

『そっちじゃなくて、俺がいじけてるってところがだな――』

「もうよせ」


 熱を帯びる不毛な言い争いに待ったをかけ、シン、と静まり返る。

 風が強まり、雨粒が横へ。装甲を叩く雨音がより一層、搭乗席コックピット内に響いた。

 そのやかましくも静寂な夜がどこか緩やかに間延びしようとも、ホワイトフォーからの返事はない。


『……おい、新入り! 大師たいしがわざわざお前なんかの意見をんでくださろうとしてるんだ! 黙ってないでさっさと答えろ!』

『ホワイトワン、な』

『うっ…! あ、あんただってさっき大師たいし殿って呼んで――――』


 ブレンは二人を放っておくことにした。きりがないし、これが彼らなりのコミュニケーションなのだろう。上官の仲裁は度が過ぎようとしたときだけでいい。

 大雨でぬかるむ土の上で、ルークの体ごと方向転換。後ろを向き、視界カメラの正面に丸頭の巨人をとらえる。

 遠く背後で雷光が走り、その慣れ親しんだ姿がよく見えた。


「ホワイトフォー、通信の調子が悪いのか?」


 寸胴体型で、四角い箱をつなぎ合わせたような鉄の巨人。魔杖機兵ロッドギア元型アーキタイプであるガンバンテインはそのシンプルな姿の中で、右手に魔素粒子銃エーテライフルを、左手には大きな盾を構えていた。

 しかし、ピクリとも動かない。スクリーンにはルークの振り向く姿が映っていたはずなのに。ブレンは少し心配になった。


「ホワイトフォー、どうかしたのか?」


 戦闘経験のまったくない新人ルーキー。そのことをつい忘れてしまうほど聡明で、また操縦技術も確かな青年。だがやはり、初めての実戦にはおくしたか。

 自分のケアが足りていなかったことを後悔しながら、ブレンはガンバンテインと通信がつながっていることを再度確認し、その新人ルーキーへと本名で呼びかけた。


「ヘンドリックス……ジン・ヘンドリックス。おい、本当に聞こえて――」

『あ、はい。聞こえてます』


 いつもどおりの調子に、思わず肩すかし。


『そっか、ホワイトフォーって俺ですね』

「……ホワイトフォー、まさか貴様、暗号名コードネーム呼びにまだ慣れていないとでも言うつもりか?」

『そのまさか、というのもあるんですが……ちょっとほかのことに気を取られてて』


 通信越しに浮かんだのは、世渡り上手な人好きのする笑み。この教え子だけにはいつも怒る気が失せてしまう。

 しかし、それでは示しがつかない。ブレンは雷を伴う嵐の中、言葉で雷を落とそうと大きく息を吸いこんだが、その出番を奪って馬面の鼻先がガンバンテインへと迫った。


『おい新入り、お前それはさすがに調子乗りすぎじゃないか? 実戦だぞ? 仲間が死んでるんだぞ? お前がぼんやりして足を引っ張ったら、もっと仲間が死ぬかもしれないんだぞ?』


 質量兵器であるナイトの騎槍ランスが丸頭へ突きつけられる。ほめられた行為ではないが、かなり頭にきているのだろう。言い分も筋が通っている。ブレンはその場を任せることにして口を閉じた。


『すいません先輩、だからこそってやつですかね。ちょっと急ぎで書いちまおうと思って』

『あぁ? こんな状況で何をだ?』

『遺書です』


 ピタ、と空気が止まる。同時に風が少しやみ、物悲しい雨音が場を支配した。


『あ、そんな大層なものじゃないですよ。みんな書いてるようなやつです。確か、先輩も書いてるでしょ?』

『あ、あぁ。まぁ、一応な…』


 やや意気消沈した声に変わって、ブレンは口を挟んだ。


「今まで書いていなかったのか?」


 それは軍人となった初日にしたためる意思表明のようなもの。帝国に、命を捧げるという意志。強制というより不文律に近い。なのでその遺書をどこに保管するかも自由で、ズボンのポケットに入れたまま戦場へ出向く者もいる。決してこんなものを大切な人へは届けさせないという、お守り的な感覚だ。

 かつてはブレンもそうしていた。婚姻を結ぶ前、恋人スズ宛ての遺書をポケットに忍ばせ、魔賊どもと対峙していた。今、その遺書はどこへやったのかさえも忘れてしまったが。

 そして中にはもちろん、書かない者もいた。


『書く相手がいなかったんで。財産とかも特にありませんから』

『あぁ、俺もそうだな。縁起えんぎ悪い感じもするし。けど、それがなんでまた急に?』


 ビショップ乗りが軽く尋ねる。どうやら遺書を書いている者は、ここでは四分の一らしい。昔いた部隊やさでは考えられない。危機感の違いだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、その割合を半分にしようとしていたらしい教え子の、いつもの調子を崩さぬ声に耳を傾けた。


『別に死ぬ気はないし、覚悟がどうのってのも性に合わないんですけど。ただまぁ……なんとなーく、ですかね』

『なんだそりゃ? おい新入り、お前やっぱりなめて――』

「書けたのか?」


 悪い気もしながら声を被せる。ブレンにはわかったからだ。この聡明な教え子が、誰に宛てて書いているのか。

 そしてすぐに、悩ましげなジンの声が返ってきた。


『それが、どう書いていいのか……なんかかしこまるのも変だし、気持ち悪い愛の手紙ラブレターみたいに思われるのもしゃくだし。それに、いざ書こうとしたらただ言いたいことの下書きになりそうで。やっぱ遺書なら遺書っぽく書くべきですよね?』

『知るか、そんなの。自分で考えろ』

『あーあ、またへそ曲げちまった』

『いちいちうるさいんだよあんたは!』


 ブレンは目頭を軽く押さえたが、これはこれでいいチームなのだと思うことにした。

 そして、相変わらずなんの反応もないレーダーへ目をやりながら告げる。


「待ってやる時間はないぞ」

『ご配慮ありがとうございます、ホワイトワン。でも、もう大丈夫です』


 慣れない暗号名コードネーム呼びで返したガンバンテインのパイロットは、新人ルーキーらしからぬ技術と自信で、機体が掲げる銃をスムーズに肩へと担がせた。



――ガシャンッ。



『要は、死ななきゃいいってことでしょ?』


 そのセリフの後に聞こえたのは、小さな口笛と小さな舌打ち。『お前、本当に生意気だわ』というぼやきどおりの、生意気な笑みが頭に浮かぶ。そして同時に感じたのは、士気の高まり。新人ルーキーの意気の良さにあてられたらしい。

 ブレンはわずかに口元をほころばせながら命令を飛ばした。


「良し、それでは行動開始だ。ホワイトツーは中央で索敵」

『了解』

「ホワイトスリーは九時、ホワイトフォーは三時の方向だ。ビショップのレーダー範囲内ギリギリまで移動しろ」

『はい! 任せてください!』


 威勢の良い返事。

 それとは対照的な、うがった物言い。


『ホワイトワンは?』

「私は十二時の方向、最前線へ出る」

『ルークで? 後詰めが定石では?』


 ジンの戦術論は間違いではない。重装甲で守りが固く、遠距離から二つの砲台で支援できるルークは後方に置くのがベストだ。今回の場合は背後の基地を守る最後の砦として役割を果たすべきだろう。

 しかしそれは、相手の攻め手がわかっている場合だ。


「敵がどこに潜んでいるのか、どこから撃ってくるのか見当もつかん。これは索敵と同時におとりだ。一番可能性の高い前方へ、各個撃破される可能性が最も低いルークを置く」

『ナイトにもがあるから、おびき寄せたらすぐさま逃げ出せってわけですね!』

『いや、お二人はいいでしょうけど、ガンバンテインおれのほうに来たらどうすれば?』

『そんときは神に祈るか、俺の腕前に頼るしかないな』


 言わずとも伝わったらしいそれは、この作戦のきも。両手に持つ狙撃型魔素粒子銃スナイパーエーテライフルをこれ見よがしにもてあそぶビショップが、中央から全方位へ援護射撃可能なことだ。それで多少、合流の時間が稼げるはず。


『ちなみに俺は神様よりもよっぽど良心的だぞ、ホワイトフォー

『へぇ。そっちのお布施ふせはおいくらで?』

『この前の賭博ギャンブルの負け、チャラにしてくれ』

『入隊祝いだとか言ってませんでしたっけ?』

『あれはウソだ』


 うまい返しでもなく、ただひたすら切実なその言葉に通信口から笑いがこぼれる。ブレンの硬い表情筋も少し柔らかくなっていた。先ほどとは違う、良い緊張感の中でのやり取り。

 そしてブレンは、最後の締めとばかりにげきを飛ばした。


「相手はブラック小隊のかたきだ、必ず仕留めろ! 基地に指一本触れさせるな!」


 重なるのは、いずれもまだ若い声。



――おうっ!



「では、散開っ!」


 彼らを死なせてはならない。死なせたくない。

 少なくとも、死にぞこないの自分より早くは。

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