9 VS.グラスホッパー③

――キィィィ――――ッ!



 夜の荒野を疾走する青い巨人。

 噴射装置バーニアによる振動が搭乗席コックピットにまで伝わり、体が座席へと沈む。見えない圧力にはりつけとされながら見据えるスクリーンには、今にも飛び跳ねようとするグラスホッパー。

 距離を半分まで詰めたところで、スヴェンは歯を食いしばって操縦桿を動かした。



――ガッ!



 地面へ突き刺さる騎槍ランス。勢いそのままに地を蹴るマーシャル。ゾワリと椅子から浮く感覚。

 そして青い巨人はオレンジのモヒカンを揺らし、高く舞い上がった。

 それは、棒高跳びならぬ高跳び。空を駆けるマーシャル。そんな空中遊泳を楽しまず、地上から跳ね上がろうとするグラスホッパーを注視。いったん動作に入れば中止キャンセルはできないらしい。位置はほぼ真下――――跳んだ。

 空中戦。迫りくる飛蝗バッタの脳天へ、マーシャルが足を突き出す。


「くらえっ!」



――ガシャァンッ!



 段差をすっ飛ばして階段を駆け上がるように、飛蝗バッタの背中を踏み台にしてマーシャルがさらに高く跳ぶ。推進装置バーニアを反射的に使ったその跳躍は、グラスホッパーによる跳躍の最高到達地点に匹敵ひってきしていた。落ちたら無事では済まない。

 けれど、そんな心配は後回しだ。スヴェンは次の標的ターゲットへと全神経を注いだ。

 空中で体勢を整えながら描いた放物線は、今まさに跳び上がった飛蝗バッタの元へ。



――ガシャァンッ!



「うぉっ、だっ、とっ――――!」


 今度は一段とばしの階段下り。グラスホッパーを空中で踏みつけ、マーシャルが地上に落ちる。見事な着地とはいかずにたたらを踏んで前方へ転げるも、少し舌をかんだだけ。ついてるラッキー

 だが、スヴェンは再び背中が天井になった搭乗席コックピットを元に戻しながらくちびるをかんだ。


(それでも、半分残ったか…!)


 本来なら、ピョンピョンピョンピョン、と四機の背中を踏み台にして跳ぶ想像イメージだった。

 もしもスヴェンがそれを口にして、この場にジンやフィーがいたら「バカなの?」と呆れていたかもしれない。もしくは半分だけでも実現させたことに唖然あぜんとしていたか。

 いずれにせよ、そのいちかばちかに賭けるだけの理由があり、そしてその理由はさらに差し迫っていた。



――活動限界時間、残り一分。



(……どうする?)


 肩で息をし、己に問う。残り二機。

 上からの攻撃にはやはり弱いらしく、踏みつけたグラスホッパーは倒壊した体を地面に横たわらせていた。おそらく再起不能。残るは片足のない飛蝗バッタと、背中に傷を負う飛蝗バッタ。時間内にやれるか。

 もし過ぎたら、いっかんの終わりだ。


(応援もまだ来てくれそうに……って、え?)


 レーダーから視線を上げ、スヴェンはキョトンとした。

 スクリーンには、こちらへ背を向ける二機のグラスホッパー。撃墜されても無事だったらしいパイロットを回収して、シャカシャカと荒野を駆ける。基地とは反対方向。

 どう見てもそれは、敗走する姿だった。


「……助かった、のか…?」


 肩からドッと力が抜ける。生き延びた。

 固く握る操縦桿から手を離し、スヴェンは背もたれへと身を預けた。そして、低い天井を見上げて息を吐く。手汗がびっしょり。背中も。


「初戦にしちゃ、上出来だよな…」


 とはいうものの、この新型マーシャルの無断使用に関して後で大問題の発展しそうな初戦。

 それでもスヴェンは晴れ晴れとしていた。後悔などない。このマーシャルでなければきっと、ケイトもサラも、そしてバウマンも助けられなかったかもしれないのだから。

 マーシャルに膝をつかせて開閉部ハッチを開けると同時に、モニターから試合終了ゲームセットを告げられる。



――魔素粒子残量不足エンプティー。ガンバンテイン・マーシャル、スリープモードへ移行。



「助かったぜ、マーシャル。お疲れさん」


 搭乗席コックピットから出てマーシャルの肩に座り、隣の頭をコンと小突く。

 かぶとの奥の目は光を失っており、動きの止まった機体の中でただひとつ、風に揺れるオレンジのモヒカン。いったい何で作られているのだろう、これ。スヴェンは興味津々きょうみしんしんに手を伸ばした。

 そして残念ながら、確認はできず。



――パシュ――――パンッ!



「? あれは……信号弾?」


 空に上がる一筋の煙。弾けるまぶしい光。ここから近い。ホワイト小隊の誰かだろうか。


(でも、教官が回収したはずだよな…?)


 スヴェンは首を傾げながらも、動かないマーシャルから降りて発信源へ向かってみることにした。




 タイミングがグラスホッパーの去った直後であり、発信源がガンバンテインの残骸ざんがいがある地点だったことから、スヴェンは完全に味方であると認識していた。マーシャルで基地まで運んでほしいのだろうかと当たりをつけていた。

 しかし、違った。だがおそらく、敵でもなかった。予想の斜め上をいく展開。

 倒れ伏すガンバンテインの影から出てきたのは、だ。


「あぁ、良かった!」


 ボロボロの白黒なメイド服で駆け寄る女性を、パチパチと白黒させる目で見つめる。戦地に残る、鉄のむくろと白黒メイド。変な夢でも見ているのだろうか。


「神様、あぁ…! 私はもうダメかと…!」


 だが、ぶつかるように抱きついてきた女性の柔らかさはとても夢だと思えない。それにところどころメイド服が破れていて、妙に生々しい。胸元などは引き裂かれており、布越しとは違う感触が――


「――って、いきなり何すんだ! 離れろ!」

「きゃっ…!」


 いきなり不自然すぎる。引きはがしたメイドから距離を取り、スヴェンは油断なく――煩悩ぼんのうもひとまず我慢して――相手を観察した。

 自分と同じ、闇に溶けるような黒髪黒目。東方系人種イースタニアンの女性。あごのラインで切りそろえた髪はそのすすけた肌と同じくぼろぼろだったが、それでも隠せない魅力に息をのむ。妙に色気があるような。

 理知的な切れ長の眼差しがこちらを値踏みしたかと思えば、メイドはすぐその中に浮かぶ瞳を熱っぽく潤ませた。


「すみません、あまりにもうれしくて。つい我を忘れてしまいました」

「うれしいって?」

「こんなところで同じ東方系人種イースタニアンの方とお会いできるなんて、思いもしませんでしたから」


 はきはきとしゃべり、距離を保つメイド。どうやら落ち着いたらしい。

 それを見計らってスヴェンは尋ねた。


「あんた、こんなところで何を?」

「……はい、実は――――」




――――要約すると、彼女は先ほどの魔賊に捕まっていたらしい。なんとか逃げ出した矢先で戦闘が始まり、巻きこまれぬよう身を隠していたとのこと。どんな目にあったのかは聞かないことにして、スヴェンはただ自らの着るローブを彼女の肩に掛けた。

 というところまで説明すると、フィーが口を挟む。


「それで、鼻の下を伸ばしながら基地ここへ連れてきたわけね」

「おい、俺は真面目に話してんだよ」

「今も伸びてますけど? 鼻の下」


 バッ、と慌てて隠せば「自覚あるんだ?」とのたまうフィー。誘導尋問とは卑怯な。

 屈辱くつじょくと汚名を晴らしたいところだったが、スヴェンはぐっとこらえて聞くべきことを聞いた。


「それで、リズは? ジンのやつもどこ行ったんだ?」


 帰還の出迎えはフィーだけ。いの一番にやって来ると思ったリズの姿はなく、ジンも、ついでに真っ先に雷を落とされると覚悟していたバウマンの姿もない。


「えーっと、リズちゃんは、そのー……」


 口ごもり、顔を伏せて指をイジイジ。そんなフィーの様子に首を傾げ、やられた機体の回収に大忙しの周囲へ目を向けると、遠くにいた例のメイドと目が合った。

 名前はレイン。乗ってきた車に腰かけて治療を受けながら、軽い事情聴取中。幸いなことにかすり傷ばかりで、彼女は自分が貸したローブをギュッと手繰り寄せながら健気にこちらへ笑顔を向けた。


「実は、あの……目を離した隙に、どこか行っちゃって……」


 控え目に手を振られ、つい振り返そうとしたが恥ずかしくなり、ペコリと頭だけを軽く下げる。ちょっと年上ぐらいだろうか。


「つまり、迷子といいますか……一応ジンが探してるんだけど――――ってちょっと人の話聞いてる!?」

「イダダダダダダッ!」


 いきなり耳を引っ張られ、スヴェンはレインから視線を外した。


「何よ、ロリコンのくせにデレデレしちゃってさ!」

語弊ごへいしかねぇなおい! それより、迷子ってどういうことだよ? 見つかったのか?」


 耳を押さえながら尋ねると、フィーはウッとのどを詰まらせ、気まずげに視線をそらした。まさか。


「見つかってないのか?」

「基地の中は、探したんだけど…」

「おいおい、じゃあまさか敷地外に?」

「わかんない。私たちから逃げてるだけかもしれないし」


 まったくなつかない子猫が、逃げこんだベッドの下でプルプルと身を震わしている姿が頭の中に浮かぶ。さて、どうしたものか。


「……とりあえず、俺も探してみる」

「うん、お願い。スヴェンだったら出てくると思うし」


 その言葉にうなずき、スヴェンはその場を離れようとした。だがその前に、レインへひと声かけておいたほうがいいかもしれない。東方系人種イースタニアンというだけで肩身が狭く、きっと心細いだろう。

 そしてきびすを返してレインのほうを向けば、なぜか驚いた表情。


「……?」


 柔らかだった表情が固まり、理知的な細い目が真ん丸に。たぶん、自分ではない。後ろを振り返る。

 そこには、人波の間を縫って駆け寄る少女の姿があった。


「あ、リズちゃん!」


 同じほうを向いたフィーもいっしょに驚く。

 長い金髪をたなびかせ、ワンピースのように着た男物の肌着シャツから伸びる白い素足は全力疾走。そして、また裸足。ずいぶんと簡単に見つかったものだ。


「まったく、どこに隠れてたんだか…」


 スヴェンは呆れながらも、突進してくる少女にやや身構えたが――——スルリ。


「あれ?」


 華麗に回避。呆然。

 すると、後ろから叫び声。


「――――リズッ!」


 そちらには、自分のローブを着た女性と、自分の肌着シャツを着た少女。なんとも珍妙な組み合わせの二人が互いに駆け寄り、きつく抱きしめ合っていた。


「リズ! 良かった、無事で…!」


 レインの首へとしがみついたリズは何も言わず、そのまま首筋に鼻を擦りつけていた。まるで久しぶりに会った飼い主へと甘えるように。

 どうやら自分は、もう必要ないらしい。


「あれ? スヴェン、もしかしてさみしかったりする?」

「……別に」

「ホントかなー?」


 ニヤニヤとからかうようにのぞき込んでくるフィーへ、スヴェンは肩をすくめてみせた。


「まぁ、なんだ。世話係って予想は合ってたみたいだな」

「良かったね、リズちゃん」

「それにしても、世間は狭いな」


 涙を浮かべてリズを抱きしめるレインの姿に目を細めながら、どういう知り合いなのかと思索しかけたところで、出撃以来の久しぶりな声が聞こえた。

 ジンだ。


「のん気なこと言ってんじゃねぇ」



――ドスッ。



 同時に、脇腹を突かれる。「グフッ…!」と変な声が出た。


「お前、いきなり何しやがる…!」

「あ、ジン。ご苦労様。リズちゃんいたよ」


 フィーが声をかけるも、ジンは何も答えずに後ろを見た。なぜかバウマンもいっしょだった。それに、数人の兵士。不穏な空気。

 スヴェンは尻込みしながらも、しかめ面を作るジンに尋ねた。


「教官はともかく、そんな怖い顔してどうした?」


 ギロッ、とバウマンからにらまれて肩をすぼめる。口が滑った。

 こちらをからかうことなく、ジンは硬い声で尋ねた。


「スヴェン、あの女は? お前が連れてきたのか?」

「? 連れてきたわけじゃ……まぁ、保護した感じか?」

「お前はあの東方系人種イースタニアンの女とかかわりはないんだな?」


 尋ねたのはバウマン。その言い方に、胸がざわつく。


「同じ東方系人種イースタニアンってだけですけど、何か文句でもありますか?」

「やめとけスヴェン。それよりも……バウマン大師たいし

「わかった。お前の言葉を信じよう、ヘンドリックス。許せリー、他意はない」


 素直な謝罪。あの冷血鉄仮面が。スヴェンは呆然とした。

 同様に驚いたらしいフィーの前もスタスタと通過する一団。そして、先頭にいたジンとバウマンが杖を突きつける。


「っ!?」


 感動の再会を果たしていた、レインとリズに向けて。


「ジン!? 何してるの!?」


 顔面蒼白のフィーが叫ぶ。スヴェンは絶句しながらもすぐに体を動かし、小型の魔素粒子銃エーテライフルを持った兵士の間に割って入った。

 そして、ジンの肩を掴む。


「おいやめろっ!」


 目の前には、少女を胸にかき抱いて膝をつく黒髪の女性。腕からこぼれる黄金こがね色の髪が、かすかに震えていた。


「ジン、てめぇ…! いったいどういうつもり——」

「動くな。動けば撃つ」

「——っ!? 教官!?」


 微動だにしないジンと、話を進めるバウマン。一斉に銃を向ける周囲。

 スヴェンは頭に血が上った。


「女子供にそんなもん向けてんじゃねぇっ!」

「スヴェン、落ち着けよ」


 バカにするようなその冷静な声に、思わず胸倉を掴む。


「ジン、いったいなんのまねだこりゃ…! 事と次第によっちゃ、いくらお前でも――」

「エイル・ガードナーは裏切り者だ」

「——は…?」


 真っ白になった頭に、ジンの平坦な声が響く。


「博士は東方連合と通じてたんだ、たぶん」

「た、たぶんってお前…」

「それを聞き出そうというわけだ。そこの、連合のスパイ疑惑がかかった女からな」


 バウマンの言葉を聞き、スヴェンはのろのろと振り返った。

 伏目がちな翡翠ひすいの瞳。小さく震える長いまつ毛。怯えた少女。

 しかし、黒い理知的な瞳は値踏みするかのように、こちらをまっすぐ射抜いていた。

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