8 VS.グラスホッパー②

 細かいバウマンへ顔を渋くするも、スヴェンは気持ちを切り替えてスクリーンを見つめた。前方には、ひっくり返った鋼鉄の飛蝗バッタ。うまく足をバタつかせ、再び地面をう体勢へ戻ろうとしている。

 そうはさせまいとアクセルを踏みかけたが、その瞬間、グラスホッパーの周囲に大きな影が降り立った。



――ズシィン、ズシィン、ズシィンッ!



 全部で三つ。月明かりに照らされた色は、すべて同じにび色。起き上がることに成功した巨大飛蝗バッタと同じ姿。

 グラスホッパーが四機。


「……聞いてないんですけど、教官」

大師たいしだ。聞かれなかったし、どうせ言っても聞かないだろう?』


 ぐっ、とうなる。戦場ここまで来てしまった手前、何も言えない。あとしつこすぎて逆に意地になってきた。絶対に教官と呼び続けてやる。

 そんなこちらの心情を察したわけではないだろうが、バウマンは声を落とした。


『……応援が来るまででいい、とにかく逃げ続けろ。私もすぐに戻る』


 いちおう心配しているのか。それともやはり、教官ぐせが抜けないのか。

 聞こえぬように鼻で笑い、軽く肩をすくめる。


「それまでに決着かたをつけてもいいんですよね?」

『調子に乗るなよ、ひよっこ。機体性能だけで勝てるほど魔杖機兵ロッドギア戦は甘くない』


 刺さった釘がスクリーンへと強制的に目を向かせ、四機のグラスホッパーすべてと目が合う。スヴェンはごくりとつばを飲み、操縦桿を固く握った。確かに、調子に乗りすぎたかも。

 だが、吐いたつばは飲めない。戦闘が始まる。初の実戦は多対一。

 おくする気持ちが膨れ上がるのを感じていると、戦場から離脱するバウマンが最後に声をかけてきた。


『……頼んだぞ、リー』


 呆然自失。なんて似合わない言葉。この二年間、見飽きるほどに毎日見た顔だというのに、どんな顔で言ったのか想像すらできない。

 けれどスヴェンはまったく笑わず、熱い気持ちが湧いてきた。


「――――了解っ!」


 それは初めてバウマンに、一人前として認められた気がした瞬間だった。








――ズシィィィンッ!



 大地の揺れで崩れるバランス。スクリーンを覆う砂煙。

 何度目かわからぬ落下攻撃をよけながら、スヴェンは舌打ちした。


「くそっ、バカのひとつ覚えかよ…!」


 夜間戦闘ゆえの視界の悪さ。それを悪化させる砂煙が晴れる前に、月明かりをさえぎる影がもうひとつ。


(またっ…!)


 とっさにアクセルを踏めば背中の噴射装置バーニアが火を吹き、荒れ果てた大地をモヒカン頭が滑走する。もしや、暗闇と砂煙の中でこちらの位置を正確に把握されているのは、この派手なオレンジモヒカンのせいか。

 そんな予測が当たったかのように、三機目のグラスホッパーが砂煙を抜けたマーシャルへタイミングよく飛びかかってくる。高度はなく、飛び跳ねての前蹴り。光る鋭利な爪。

 腕を交差して防ぐも、マーシャルは吹き飛ばされた。



――ズザザザザァッ!



「やっぱ、調子に乗るんじゃなかった…!」


 倒れずに踏ん張ったマーシャルの搭乗席コックピットで、スヴェンは歯がみした。獣型けものがた相手に四対一はさすがにきつい。しかも武装なしで。

 相手もそれは同じだが、元より獣型けものがたは独立した魔導兵器を持っていない。内蔵兵装や機体性能、もしくは特徴的な機構に全振りだ。

 たとえば、そう――



――ギシギシッ……バシュッ!



――バネのような長い後ろ足と、同時に噴射される空気圧であり得ないほど高く跳ぶ、このグラスホッパーのような。



――ズシィィィンッ!



「荒れ地で良かったぜ、ほんと…!」


 街中などだったら今ごろ、どれだけの被害が出ているか。四機目の踏み潰しをよけてスヴェンはゾッとした。やつらはそれを平気でやるから魔賊テロリストなのだ。

 だから、ここで倒さなければならない。意気を上げ、似合わぬ使命感に駆られながら押し倒した操縦桿は、マーシャルの拳を砂煙の向こうへ導こうとした。

 その直前――


「っ!?」


――引いた腕を前へ出さず、固めた拳を解いて上に掲げるマーシャル。そこ目掛け、時間差ですぐに飛んでいたグラスホッパーが墜落。



――ガシャァンッ!



「ぐっ…!」


 歯を食いしばって見上げれば、足をバタつかせる飛蝗バッタの腹部がスクリーンに映る。そして視線を地平へ戻せば、ガラ空きの胴体へと突っこんでくる新たな飛蝗バッタ


「ピョンピョンピョンピョン、うざってぇんだよっ!」


 叫び声を上げるスヴェンに同調したマーシャルが、両手で担いだグラスホッパーを前方の三機へ投げつける。それをかわしてピョンピョンピョン。イラッ。

 投げられた飛蝗バッタにもうまく着地された。どうやら四つの足にクッション機能も備わっているらしい。いずれも無傷だ。

 しかし、意表は突けたらしい。やや慎重になってこちらを取り囲む、四機のグラスホッパー。スヴェンはひと息ついた。


(今のところは、うまく逃げれてるよな…)


 息もつかせぬ連携ではあったが、あちらと同様にこちらも被害はほとんどない。スヴェンはチラリとモニターを見下ろした。



――純物質装甲アンチエーテルフレーム損傷軽微。魔素粒子エーテル漏洩なし。



(こいつ、装甲もかなり固いのか…?)


 直撃はあった。少しぐらい装甲が削られていても不思議ではない。だというのに、あちらと同様の無傷。動かしている感じはナイトのような軽量型で、ルーク並の重装甲。とんだ代物だ。両方ともあまり乗ったことがないから確信はないが。

 しかし、問題はそこではない。



――魔素粒子エーテル残量十パーセント。活動限界時間、残り三分。



 スヴェンは舌打ちをして、四方に散らばるグラスホッパーたちをにらみつけた。こちらに比べて余裕がありそうだ。


(なんでこんなに燃費が悪いんだ、こいつは…!)


 機体を回収してからバックパックにある魔素粒子エーテルタンクは取り替えていたらしく、発進した時点では確かに満タンだった。だが、減り方が異常なほど早い。通常の十倍は軽く超えている。文句を言いたくなる反面、そのおかげでホワイト小隊がやられたこの四機と互角に渡り合えている部分もあるのだろう。

 しかし、このままでは試合終了ゲームセットの笛が鳴る。もちろんその後も相手は容赦ようしゃなどしてくれないだろう。



――ギシギシッ……バシュッ!



 跳んだのは真正面の機体。馬鹿正直な落下攻撃。

 スヴェンは包囲を抜けようとアクセルを踏んだが、そこへ待っていたかのように二機目の飛蝗バッタが低空で跳びかかる。

 待ち構えていたのはこちらも同じ。



――ズザザザ――――ッ!



 操縦桿を引くと同時に全開フルブレーキング。車輪を横滑りドリフトさせて止まった体の向きは、低空飛行の飛蝗バッタを真正面に。

 まっすぐ跳んでくる敵と正対したマーシャルが拳を引き――


「飽きたんだよその攻撃っ!」



――グシャァッ!



 飛蝗バッタの前蹴りと巨人の正拳突き。激突の行方は見るも明らか。

 勢いの増していた蹴り足を砕き、スヴェンは確信した。装甲の強度とパワーはこちらが上。

 だが、すばしっこさは向こうが上だ。


「――——くそっ!」


 拳で打ち落としたグラスホッパーを追撃しようとするも、シャカシャカと素早く後ろへ。振り下ろした拳が地面に突き刺さる。足が一本減ってもこれか。

 悔しがっていると、スクリーンに闇が落ちた。陰る月明かり。なめんな。

 想定済みだ。



――ガシャァンッ!



「今度は直接ぶち当ててやるよっ!」


 両腕で受け止めたグラスホッパーを担ぎ上げ、マーシャルを前進させる。たるは投げるより脳天へ叩き落とせ、というのは昔――ケンカに明け暮れていたころ――に得た教訓。

 どいつからやるか。スヴェンが標的を見定めようとし、重みに耐えるマーシャルがゆっくりと一歩を踏み出した時、一機だけ足りないことに気付いた。

 いったいどこへ――



――ガシャァンッ!



「っ!?」


 縦揺れの搭乗席コックピット内部。制御が効かず、倍になった重さに耐えかねて崩れ落ちるマーシャル。

 まさか、味方の上に落ちてきたのか。


「くそっ! そんなのあり――――っ!?」


 大きな揺れ、音。衝撃。ひっくり返る天地。

 そして、前方へ落下しようとする体へきつく食いこむシートベルト。真っ暗なスクリーン。ギシギシときしむ音。

 押しつぶされた。それも、地面へ突っ伏す格好で。


(やばいっ!)


 と焦るものの、すぐに搭乗席コックピットごと押しつぶされて圧死という事態にはならなそうだった。装甲のおかげか。

 しかし、時間はない。このままでは攻撃され放題フリーパスだ。スヴェンは操縦桿をガチャガチャと動かしてマーシャルの手足をばたつかせたが、上に乗る重量は二体分。いくらパワーがあっても脱出できそうになかった。

 そして、限界も近い。



――活動限界時間、残り二分。



「くそったれっ!」


 汚く吐き捨てながら機体を暴れさせる。だが、やはり無意味。通信もまだつながらない。助けは来ない。

 られる。



——ポタッ…。



 頬を伝う冷や汗が、荒れ果てた地面だけを映すスクリーンへと真っ逆さまに落ちた。その軌跡を追うと、真っ暗な画面の上部に大きな陰影があることに気付く。


(! あれは…!)


 いつくばりながらも上げた顔。マーシャルの目と鼻の先に転がっていたもの。

 ナイトが装備していた巨大な騎槍ランス



――ガシッ!



 必死にマーシャルの手を伸ばし、騎槍ランスを掴む。そしてがむしゃらに振り回した。

 重量のある近接武器を寝た状態、しかも片手で扱うなど通常は不可能。そのパワーに驚くべき場面だったが、スヴェンはそれどころではなかった。


「離れろこの虫野郎っ!」


 ガチャガチャと動かしていた操縦桿から伝わる、確かな手応え。当たった。ギシギシと鳴り続けていた不穏な音が消える。

 すぐに立ち上がったマーシャルが騎槍ランスをその場で振り回すと、距離を取る四機のグラスホッパー。一機だけ無傷だったが、ほかの三機はそれぞれ片足と横っ腹、それに後背部が損傷。

 それを見て、スヴェンは閃いた。


(背中……味方に乗られたやつか)


 息を整えながら思考を整理。


(腹部はたぶん、装甲がかなり厚いんだろうけど…)


 バウマンが忠告した腹部。あれだけ飛び跳ねて隙だらけだというのに破壊不可能な部位。それに比べてほかの部分、特に背中はもろいようだ。

 上空からの踏み潰しはマーシャルには効かない。なのに繰り返し行っていたのは、攻撃と同時に防御であるからかもしれない。


(けど、あんなすばしっこく地をうやつらにどうやって……!)


 続いた沈黙は、思考でなく答え。頭に浮かぶひとつの

 ゆっくりとマーシャルのカメラを、手に持ったままの騎槍ランスへ向ける。


「……いやいや、無理だろそれは」


 スヴェンは己の考えに自嘲じちょうした。いくらなんでも、というか生身でもできっこない。それを、魔杖機兵ロッドギアでなんて。

 己の想像力に半ば呆れながらも、スヴェンは操縦桿を握る手と意思を固め、アクセルペダルへと慎重に足をかけた。


(……けど、まぁ——)


 右足が、今か今かとうずく。

 いちかばちか。


「——やってみせらぁっ!」


 再び四方を囲むグラスホッパー。正面に無傷な機体。

 後ろ足が力をためるように縮み、きしむ音が夜の荒野に響いた時――



――ギシギシッ…!



「行くぞ、マーシャル!」


――スヴェンは思いきり、アクセルを踏みこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る