7 VS.グラスホッパー①

 気絶したケイトを応援に駆けつけた救護班の元へ運び、スヴェンはまた自身が乗っていた青い魔杖機兵ロッドギアへ戻ろうとした。

 それを止めたのは、救護車に同乗していたフィーの声。


「スヴェン、待って!」

「? フィー、どうしてここに…?」


 彼女にはリズの子守りを頼んでいたはず。車から飛び降りた黒ローブ姿の赤毛に、スヴェンは驚いた。


「リズは? もしかして、ジンに任せてきたのか?」


 よりによって、と顔をしかめる。ジンはあまりあの少女のことをよく思っていないのに。


「いや、えーっとリズちゃんは、その……そ、それよりどこに行く気なの!? 教官たちの援護ならブラック小隊が向かうから!」


 ごまかした感がありあり。しかし、そこまで切羽詰まったものではなさそう。

 こちらの状況よりは。


「全機出動か。ひよっこに基地の防衛を任せなきゃいけないほどやばいって?」

「そうよ! だからスヴェンがいてくれないと……ほかのみんなも保護できたから、いっしょに基地へ戻って! 私たち救護班が戻り次第、ブラック小隊が出撃を――」

「間に合うのか?」

「――え?」

「それで、バウマン教官たちは無事で済むのか?」


 そう尋ねると、夜の荒野に静けさが一瞬だけ舞い戻る。そしてすぐに響く、車のエンジン音。「ヴァレンタイン、行くぞ!」と出発を伝える声に、フィーが「あ、は、はいっ!」とどもりながらも大きく返事。

 その隙に、スヴェンは膝をつく青い巨人の体を駆け上がり、ぱっくり開いている胸元へと飛びこんだ。


「! 待ってスヴェン!」


 搭乗席コックピットの革張りへ身を沈め、開閉部ハッチを閉じながらシートベルトをする。体の固定と搭乗席コックピットが闇に包まれたのはほぼ同時。そして正面のスクリーンに映し出されたのは、月明かりの荒野を疾走する車。フィーの姿はない。諦めて車へ乗ったらしい。

 だが、なおもしつこく車の通信機を使ったようで、甲高い声が狭い空間に響いた。


『その機体じゃ戦闘は無理よ!』

「おいおい、じゃあこいつはなんのために作られたってんだ?」

『そういう意味じゃなくて、そもそも操縦システムが違うの!』

「それは……なんとなくわかる」


 操縦桿を握り、スリープモードから再起動。モニターに浮かび上がる文字のひとつにスヴェンは目を引かれた。



――魔素粒子生体駆動エーテリアンドライブシステム、準備完了オールグリーン



 通常の機体に搭載されている魔素粒子循環駆動エーテリングドライブシステムとは、微妙に字面が違う。


「でも現に、ここまで動かせたし」

噴射装置バーニアで滑走しただけでしょ! 戦闘なんかの複雑な行動は無理なの! 少なくとも人間には!』

「? それじゃこれ、どうやって戦場に出るんだ?」

『それはっ……し、知らない…』

「知らないってお前……」

『操縦することは想定してないの! 指一本動かすだけでどれだけの回路に魔力を流して同時に操作しなきゃならないと思ってるの!? そんなの人間わざじゃないから!』

「だったらなんでそんなの作ろうと…?」

浪漫ろまんよ!』


 魔導技師マギナーってバカなのか、とスヴェンは思った。

 しかし、動かせないという点は改善してくれているようだ。



――ズシィンッ!



 青い巨人を操って方向転換したスヴェンへ向けられるのは、やや涙声が交じる叫び。


『だからなんでそんな簡単に動かせるのよーっ!』

「だから、改良したんじゃねぇの?」

魔素粒子生体駆動エーテリアンドライブシステムはその構造自体に操作上の難点があって、それ自体を解消する方法は――――』


 長話の予感。スヴェンは話の途中でアクセルをゆっくり踏んだ。

 ほのかな緑色の火の粉を背中から吐き出し、徐々に進む機体。追いすがるように届く通信。


『あ、待ってってばスヴェン! だからそのF型は――』

『? マーシャル?』


 それは、モニターに羅列られつされた文字の中。



――GTー09。F型試作機ガンバンテイン・マーシャル。



「こいつの名前らしいぞ」


 そしてスヴェンはアクセルを踏みこみ、青いボディにオレンジモヒカンの魔杖機兵ロッドギア――――マーシャルを戦場へと急がせた。

 荒野に描かれた淡い緑光の軌跡はまっすぐ夜を貫き、金切り声の通信に雑音が混じるほど離れた位置へと、あっという間にスヴェンを連れていった。






 ウソをついたわけではないのだろうが、フィーはたぶん間違っている。なぜならマーシャルはとても動かしやすいからだ。

 むしろ、通常の魔杖機兵ロッドギアよりも。


「教官!」

『! リー!?』


 急速に近付くマーシャルから識別信号が出ていなかったため警戒していたのだろう。バウマンの乗ったルークがバケツ頭をこちらへ向け、大型の盾を前にかざしながらこちらへにじり寄っていた。

 急停止してからすかさず入れた通信に驚きを隠せないバウマンがすぐ、聞き慣れた怒鳴り声を放つ。


『貴様、何をやっている!? どういうつもりだ!』


 あれ、とスヴェンは首を傾げた。ジンへの言い方だと、来ることはわかっているふうだったのに。


「えーっと……苦戦してるみたいなんで、加勢に?」

『よりによってなんでそれに乗ってきた!?』

「あ、そっちか」


 つい納得して口に出すと、怒りが最高潮マックスへと達した気配。鉄の仮面を外し、鬼の形相ぎょうそうをしているのが目に浮かぶ。

 スヴェンは慌ててごまかした。


「それよりも教官、敵は? ホワイト小隊は無事ですか?」


 質問に返ってきたのは、怒りをこらえるような歯ぎしりの音だけ。

 答えは、少し離れた闇の向こう側から。



――ガシャァッ、ズシィィィンッ!



 激しい衝突音と大きな揺れ。なんだ、と思う間もなく聞こえた別の声。


『ホワイトリーダー、援護を! !』

『くっ…!』


 悔しげなうめき声とともに、ルークがその場から猛発進。両手に持つ大型の盾を前方へかざす体勢。まるで特攻戦車だ。すぐにその後へ続くも、バケツ頭の戦車に何かが跳ね飛ばされた音は聞こえない。

 代わりに聞こえたのは、鉄のきしむ音と空気音。



――ギシギシッ……バシュッ!



『――――リー、上だっ!』

「上?」


 急停止したルークと、その足元に転がる馬面のナイトをスクリーンに収めていたスヴェンは、言われるがままにカメラを動かした。

 星明かりを陰らせる、少しだけ欠けた月。雲ひとつない澄んだ夜空。

 ならば、その月明かりをさえぎる大きな影は――


「――うぉっ!?」



――ズシィィィンッ!



 間近へ落ちる影を寸前でかわし、すぐさまマーシャルをルークのそばへ。月明かりに照らされて姿を現す大きな影。

 細長い胴体に四つの足。後ろ足は巨大で長く、折りたたむような形にして胴体を大地へ近づけている。地をう四足歩行の獣型けものがた

 しかし、にび色の胴体にそのまま頭がくっついているような姿は、どちらかというと虫――――飛蝗バッタだ。


「教官、あれも獣型けものがたなんですか…?」

『グラスホッパーだ! 来るぞっ!』


 虫型なのでは、という疑問を口にする暇はなかった。



――ギシギシッ……バシュッ!



 後ろの長い足がバネのように伸びるその跳躍を、今度はスクリーンでとらえる。ルークと呼吸を合わせてとっさに左右へ。その場に残ったナイトの馬面が落下したグラスホッパーに踏み潰され、スヴェンはひやっとした。パイロットは。

 辺りに散らばる残骸ざんがいの映像へ目を凝らしていると、バウマンから通信が入る。


『リー、撤退するぞ!』

「でも教官、まだパイロットが…!」

『すでに回収済みだ!』


 地をう鉄の飛蝗バッタ越しにルークと目が合う。バケツ頭がクルリと後ろへ回り、背負った二つの塔をこちらへ向ける直前、ルークの手のひらに人が乗っているのが見えた。なんだ、良かった。


『他の者も回収だ! 余裕があったらお前も拾え!』

「! みんなやられたんですか!?」

『パイロットの救難信号地点を送る! 行くぞ!』


 バウマンはそう言ってルークを走らせたが、スヴェンはデータを受け取りながら別の方法を考えていた。

 ルークは今、手がふさがっている。ならばマーシャルで時間を稼ぐべきでは。どうせ却下されるだろうと思いながらもスヴェンが提案しようとした時、グラスホッパーの顔がこちらへ向いた。

 提案するまでもなく、標的ターゲットはマーシャルのようだ。


『! リー!』

「行ってください、教官! ここは俺が食い止めます!」

『バカか貴様は! 敵の狙いはその新型なんだぞ!』


 やはり、こいつに傷をつけた連中か。再び夜空へ跳躍するグラスホッパーを見ながらスヴェンはそう思った。

 陰る月に、訪れる闇。視界は悪いが隙だらけの腹部。


『よけろリー! そいつの腹は貫けん!』


 そんな情報を頭の中で補足しながらも、スヴェンはその場で迎え撃った。

 左足をブレーキペダルへ。硬い地面をつかまえたのは、足裏の車輪ホイール。スパイク代わりだ。

 そのまま踏ん張り、落石どころか隕石のように降ってくる巨大な影を――



――ガシィンッ!



『なっ…!?』


 掲げた両手と肩で受け止め、鋼鉄の飛蝗バッタを担ぐモヒカン頭。驚愕の声は、立ち止まってこちらを振り返ったバケツ頭のパイロットからだろう。


『バカな……衝撃に耐えた? それに、なんてパワーだ…』


 ジタバタ足を動かすグラスホッパーを持ち上げ、モヒカン頭の視線をバケツ頭へ向ける。


「教官、早く! 説教なら後でいくらでも! それに、こっちが狙いってんなら…!」


 操縦桿を引き、ルークとは反対方向へグラスホッパーを投げつける。

 ズシャァッ、と轟く揺れ。派手に削られる地面。

 オレンジのモヒカンを揺らし、マーシャルは勢いよく左右の拳を突き合わせた。


「返り討ちにしてやるよ、虫野郎っ!」


 スヴェンには自信があった。フィーはやはり間違っている。

 マーシャルこいつほど、自分の思いどおりに動かせる魔杖機兵ロッドギアなどいない。そんな確信を抱かせるほどにその青い操縦桿キーロッドはスヴェンの手によく馴染み、彼に高揚感と万能感をもたらした。こいつとなら、たとえ初めての実戦でもやれる。

 戦意のみなぎる青い巨人を見て、小さな砦のような巨人は一瞬だけためらいを見せた後、クルリと背中を向けた。


『リー、ひとつ言っておく』


 その言葉に注意深く耳を傾ける。たとえ自信があるとはいえ、それでもやはり初の実戦。緊張はごまかせない。

 だからこそ、心得や平常心などを取り戻させてくれるのかと思いきや――


大師たいしだ』

「――は?」

『もう教官ではない、大師たいしだ。何度も言わせるな』


 それだけ言い残し、その場を去ろうとするバウマン。背中の塔ごとルークが遠ざかり、基地ではなく他のパイロットの救難信号地点へ急ぐ。

 スヴェンはただ「……了解」とだけ返し、自分と系統が似ていると評判なバウマンの憮然ぶぜんとした雰囲気を、嫌な気持ちとともに思い浮かべた。

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