10 赤い機体
ネギを背負ったカモ。それが魔賊の男————グラスホッパーのパイロットがモヒカン頭の青い機体を見た時に抱いた、最初の感想だった。
既存の機体と明らかに違う造り。グラスホッパーの追撃から逃れられる性能。そして何より、反撃する気のない運転技術の未熟なパイロット。魔賊の男たちは情報どおりに現れたその機体を追い回した。最初は警戒したが相手は素人。やれる。
そう思ってこんなところまで深追いしたのが運の尽きだったのか、結果は返り討ち。相手のパイロットが別人になっていたのだ。
「くそったれ! あんなムチャクチャな攻撃、まぐれもいいとこだぜ!」
「でも兄貴、いくらまぐれでもあんなことしますかね!? あっちは正規軍っすよ!」
「知るかっ! 頭のねじがぶっ飛んでんだろうよ!」
兄貴と呼ばれた無精ひげの男は小太りの弟分へつばを飛ばした。風の音が強すぎて、相手が聞き取れたのかどうかは自信がない。
荒野の
「けどこれで、あのモヒカン頭に一泡吹かせてやれるぜ!」
「本当にうまくいくんすか!? さっさと
「バッキャロウ! このまま手ぶらで帰れるわけねぇだろうが!」
ボスの命令を無視しての追走。結果、大事な戦力である
「だから俺は反対だったんすよ!」
「おめぇも乗り気だったじゃねぇか! 今さら引き返せやしないんだから覚悟決めやがれ!」
「プギャッ!?」
弟分の頭をグラスホッパーの冷たい
遠くを走る
「今度こそ人質に取って、あのモヒカン頭をいただいてやるぜ!」
「そもそも人質になるんすか!? あれ、帝国の最新兵器とかだったら兵士と交換なんて――」
「うるせぇっ! やってみなきゃわかんねぇだろうが!」
「プギィッ!?」
小太り男の頭を再び押しつけると同時に、無精ひげの男は手に持った
「やっちまえ!」
通信で伝えるや
そして――
――ズシィィィンッ!
「ハッハー! やったぜ!」
前方をふさいだグラスホッパー。揺れる大地に横転する車。無精ひげの男は
乗っていたグラスホッパーが速度を緩め、威圧するようにノシノシと歩く。
(……? なんだ、若造ばっかじゃねぇか)
隠れながら地上の様子を観察すると、車から
「おいおい、ちょろいなこりゃ」
「しかも丸腰っすね、全員」
弟分がそう言って、すぐだった。
――ピシュンッ!
頭上をかすめる細い光線。「プギャッ…!」と潰れた声を出す隣の小太り。押さえつけた頭とともに自身も伏せていた無精ひげの男は、グラスホッパーの背中に隠れながら慎重に地上を見下ろした。
撃ったのはおそらく、運転席から出てきた
男はその
――ピシュンッ!
そこへ、進路をふさいだグラスホッパーがこちらと前後を挟むようにしてにじり寄り、大地を揺らして兵士たちの視線を集める。薄闇の向こうからは恐怖に震える気配。か細い泣き声。
やっぱちょろいな、と思った男はおもむろに立ち上がった。
「お前ら、そいつみたいに哀れな最期を迎えたくなけりゃ大人しくしてろよ! 荒野で狼に食われるのを待ちたいってなら、話は別だけどなぁ!」
ガハハと笑って地上をながめると、袋のネズミがぱらぱらと両手を上げる。降参の意を示す兵士も、泣きながら抱き合う兵士も、全員身なりが良い。
弟分が口笛を吹く。
「ただの兵士じゃなさそうっすね」
「……おいおい、こいつは拾い物か?」
男は舌なめずりをして頭の中のそろばんを弾いた。
戦場を知らずにご立派な軍服を着る若者。おそらく、
これだけいたら、モヒカン頭に加えて、もれなくお釣りがついてくるやも。
「よーし、全員ふん縛っちまえ!
「へい兄貴っ!」
(こりゃ抜け駆けするのもありだな……ちょうどいいじゃねぇか、女がボスってのは気に食わなかったんだ)
魔賊から足を洗うつもりはない。今の一味を抜けて、また新たに自分で旗揚げするのだ。あの機体とこいつらの身代金さえあればそれも可能かもしれない。
無精ひげの男がほくそ笑んだ時、彼の握る
『伏せろっ!』
「? な、なんだ急に?」
『魔力反応だ! 何か来やがる!』
「何かって……まさか、もう帝国のやつらが!?」
早すぎる。そう思い、男が顔をしかめた瞬間だった。
――バシュッ……ドォォォンッ!
爆風に思わず顔を腕で覆い、ガバッとその場に伏せる。
「な、なんっ…!?」
言葉にできないまま状況を確認すると、帝国兵たちを挟みこんでいた対面のグラスホッパーから淡い緑の血が噴き出していた。
しかし、そこで妙なことに気付いた。辺りは一面の荒野で高所を取れる丘や建物など近くにはないし、遠距離射撃に反応できないグラスホッパーではない。では、どこから。
その答えは、空にあった。
陰る明かりにふと見上げれば、雲間に顔をのぞかせる夜の月を何かがさえぎった。
『レーダーがイカれてやがんのか!? 反応は近いのに姿が見えねぇ! 闇にまぎれて襲われたらやべぇぞ!』
慌てた声が頭の中を素通りし、口をあんぐりと開けながら空を見上げる。
月の光をさえぎったのは、船。大きな帆を張る代わりにいくつものプロペラを回す巨大な船だ。進むは大海原でなく、白い雲と星空の大海。
徐々に高度を下げて近付くその船から人影が飛び降り、男はハッとした。
人間ではない。あの大きさは、
「気をつけろ! 上から来やがるぞ!」
そう叫んだ時には、すでに遅かった。
――ズシィィィンッ!
「っ!」
立ち上る砂煙。爆発したかのような揺れ。轟音。薄目を開けてのぞけば、晴れた砂煙の向こうから見たことのある機体がゆっくりと大地を踏みしめて歩いていた。
細身で流線形。既存の機体よりも人間に近い
そして何より、あのモヒカン頭と違って無手ではなかった。
「おい、あの銃…」
『あぁ、なんかやばそうだ。狙撃タイプ……
帝国の
味方はあれに撃たれたのか。無精ひげの男がそう考えた時、パイロットの義憤に満ちた声が聞こえた。
『くそっ、よくも仲間をやりやがったな…!』
「おい、下手に動くなよ。じっとしてろ」
『あぁ? なんだそりゃ、
「慌てんな。下を見ろよ」
男が促した先には、爆風と
「こうなりゃ交渉だ。この場を切り抜けられたらそれでいい」
『随分と弱気じゃねぇか。相手は一機だぜ?』
「あのモヒカン野郎に
そう言うと、パイロットが押し黙る。そりゃそうだ。あれだけの性能差、実力差を見せられた後では。
そして、威圧するようにそばで立ち止まったこの赤い機体も、同種だと肌で感じているのだろう。
(
舌打ちをして、男は杖先の銃口を地上へ向けた。そこでは小太りの弟分が、バラバラになったあわれな羊を一ヶ所へ集めている。こちらの意図が通信越しに伝わっていたらしい。
(お、やるじゃねぇか)
気を良くした男が、相手の出鼻をくじこうとして声を張り上げる。
「おい、聞こえるか!? こいつらを五体満足に返してほしけりゃ大人しく――」
『スヴェン・リー…』
「――あん?」
しかし、出鼻をくじかれたのは男のほうだった。
『スヴェン・リーは、どこだ…?』
外部スピーカーから流れる音声。こちらを向く赤いとんがり頭。男は何も言い返せずにゴクリとつばを飲み、視線を下へ向けた。人を探しているらしいが、この中にいるのか。
(にしても、なんつー声だ…)
無精ひげの男は冷や汗が流れるのを自覚した。
空恐ろしい声。がらんどうで
そんなことを思っていると、人質の若い兵士たちから一斉に声が上がる。
「アルフレッド様!?」
「アルフレッド様だ! アルフレッド様が来てくれたぞ!」
「あぁ、アルフレッド様!」
(な、なんだぁ?)
男は
(まるでどこぞの英雄様でもやってきたみてぇな盛り上がりだな…)
男は苦々しく思いながら、トンガリ頭へ視線を戻した。そして、妙な差異を感じる。その場の空気にだ。
有名なパイロットではない。とてもではないが、待ち望まれた英雄といった声でもない。あれはどちらかといえば――――
そしてまた、おどろおどろしく、誰かの名をつぶやく。
『スヴェン・リーは、どこだ…?』
ゾクリと背筋に走る悪寒。吹き出す冷や汗。
男は察した。こいつに交渉は通じない。時おり戦場で見かける
何かに取り
「――――おい! スヴェン・リーってのはどいつだ! 探せ!」
「へ、へいっ!」
指示を飛ばすとすぐさま、牧羊犬がごとく吠える弟分。しかし、集めた羊の中に該当する人物はいなかった。
男は動揺した。嫌な予感がぬぐえなかった。
そして、哀れな羊が鳴き声を上げる。
「アルフレッド様、助けてください!」
『スヴェン・リーは、どこだ…?』
「ア、アルフレッド様…?」
「あのサルは、ここには――」
『スヴェン・リーは、どこだ…?』
まるでそれしか言葉を知らぬようで、いつしか次第に『スヴェン・リー…』と名前だけをつぶやくようになった声。何度も、何度も。
その
「やつは……ここには、いません」
――揺れる機体から振り落とされぬように身を伏せ、しっかりと機体にしがみついた。
――バシュゥンッ!
まばゆい閃光。後ろへ跳ぶ機体の背中で、体が宙に浮く。なんとか吹き飛ばされずに済んだ男はゆっくりと目を開いた。
荒野は静かになった。大地を削り、己に助けを乞うていた者たちを
男は身の毛のよだつままに叫んだ。
「逃げろっ!」
それに反応し、機体が動く。上に乗っている自分のことなど忘れたかのように雑な動きで後ろを向き、すぐに走り出すグラスホッパー。兵士たちとともに一瞬で消え去った弟分のことなど完全に忘れている自分を棚に上げ、男は声を上げた。
「おい、もう少し考えて走りやがれ! 俺が落ちたらどうする気だ!」
『お、お前が急に叫ぶからだっ! つーかなんなんだあいつ、頭イカれてんじゃねぇか!?』
無精ひげの男は何も言い返さず、振り落とされぬよう必死にしがみついた。
チラリと振り返る。すると赤い機体は微動だにしておらず、そのまま夜の
助かった。男がそう息をついた瞬間だった。
『残念――――でも、ダメじゃないか。私の――――アルフ――』
途切れ途切れの通信。入り乱れる雑音から、
見上げれば、先ほどの巨大な船が丸い船底でこちらを押し潰さんばかりに高度を落としていた。男はあんぐりと口を開けて、その姿を見上げた。
そして、やけに明瞭な、鈴の音を鳴らしたような澄んだ声。。
『掃除ぐらい、きちんとしなさい?』
この場にそぐわぬ物言い。まるで、小さな子どもをたしなめているような。男はそれにむしろ、
そこには、死があった。
――キュイィィィ――――ッ!
夜の
恐怖で身動きの取れなくなった男は絶叫した。
「ふざけんなよぉぉぉっ! スヴェン・リィィィ————ッ!」
放たれた光に消し飛ばされながらも、男は最後の瞬間までその名を呪い続けた。
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