5 VS.アルフレッド・ストラノフ②
――ガシィンッ!
と鉄拳を突き合わせたところで、気合に水を差す通信が。
『スヴェン聞こえる!? 応答して!』
フィーだ。まだ何か文句があるのだろうか。
「フィー、取りこみ中だ。お説教なら後で――」
『それどころじゃないんだってば!』
「――こっちもだよっ!」
アルフレッドのガンバンテインが剣を薙ぎ払う。寸胴のボディ狙い。なんとかよけて、振り切ったところをカウンター。
の、つもりだったが。
『人がいたのっ!』
ガクッと機体ごと肩を落とし、あえなく失敗。
「いや、そりゃいるだろ。どんだけのやつがこの場にいると思ってんだ?」
仕切り直しとばかりに機体を後ろへ下げ、仲間の顔をいくつか思い浮かべる。
訓練兵だけでおよそ三十人。三十機による大がかりな模擬戦だ。そのうえ監督官やら救護班なども含めれば五十人ほどはいるはず。
『違うの! そうじゃないんだってば!』
慌てた様子のフィーと違い、慎重に間合いを詰めてくるアルフレッド。スクリーンに映る剣が陽光を反射する。まぶしい。
それでも決して、目はそらさない。
「悪いけど、おしゃべりしてる余裕はなさそうだ」
『こっちもだ』
「? ジン?」
「いったい何が――」
『ハァァァッ!』
「――チッ!」
――ガキィンッ!
そして、追撃。
「アルフ、ちょっと待て――」
『愛称で呼ぶなと言っている!』
怒りで鈍る剣閃――――と思いきや、むしろ増した冴え。
上下左右の連続斬りをナックルガードでさばきつつも、後ろへとさらに追いやられる。
『分が悪そうだな』
「お前らが来てからな!」
『
「負傷者なら救護班を呼べ!」
『呼ぶ前に逃げられた』
「そのバカに試験は終わったって伝えろ!」
スヴェンは必死に操縦桿を動かしながら叫んだ。先ほどと打って変わって隙が見当たらない。アルフにもこの通信は聞こえているはずなのに、集中が乱れる様子はなさそうだ。
こちらの
『訓練兵じゃない、親子だ。たぶんだけどな。娘は意識がなさそうで、父親のほうはかなり負傷していた』
「……は?」
呆然としながら、器用に手だけ動かす。
「民間人? ちょっと待て、ここは立ち入り禁止区域だぞ?」
『だからこんなに焦ってるんでしょ! さっさとケンカをやめろ――――っ!』
フィーの大声に耳をふさぎ、操縦桿から手を放す。
その隙を、知ったことかとばかりにアルフは見逃してくれなかった。
――バキャァッ!
「! しまっ…!」
半分だけ黒く染まるスクリーン。頭部損傷。片目を潰されたか。
『もらったぁぁぁっ!』
大振りする巨人の剣士を狭まった視界にとらえ、スヴェンはとっさにアクセルを踏み抜いた。
――キィィィ――――ガシャッ!
『ぐっ……放せっ!』
「誰が放すか!」
激しくぶつかった寸胴のボディにがっちり腕を回し、ペダルをべた踏み。剣の柄で殴られて
――ドガァンッ! ガラガラガラ……。
崩れる二階の廊下。押し潰される地階部分。
馬乗りになって動きを押さえていると、再びフィーの大声。
『ちょっとスヴェン、今の揺れは!? そっちに民間人が行ったかもってちゃんとわかってる!?』
「俺に言うな! そもそもなんでそんな非力そうな相手を取り逃がしたんだ!?」
『二人がケンカ始めたちゃったからでしょ!?』
『悪い、
ジンの苦々しげな声が響く。本当に悔やんでいるようだ。しかし、聞けば責任はこちらにだいぶある。それでもまさか、こんな立ち入り禁止区域の古城の地下に民間人がいるなんて誰も思わないだろう。
そしてふと、スヴェンは気付いた。
「地下にいたのか?」
『あぁ。旗を取って地上に出た後、フィーが血の跡に気付いた』
点々と、手傷を負ったまま。応急処置をする暇もなかったというのか。
まるで、何かから隠れているようだ。
「……なんで逃げた? 本当に民間人なのか? そもそもなんでこっちに向かって…?」
『さぁな。確かなのは、男のほうが死にかけってことぐらいで――』
――バキャッ!
「ぐっ…!?」
『スヴェン!? 大丈夫!?』
胸部への蹴り。直に揺らされた
口に広がる鉄の味ごとスヴェンが床へ吐き出すと、解放された巨人の剣士がゆっくりと起き上がる。
『決闘の最中にペラペラおしゃべりとは……ずいぶん余裕だな、スヴェン・リー』
「お前も聞こえてただろ、いったん剣を引け! 勝負はお預け――」
『断るっ!』
ブンッ、と剣を横に薙ぎ払う巨人の剣士。立ち上る闘気は執念か、それとも――
『ここで、貴様を倒す…!』
――執着か。
『貴様に負けたまま、おめおめと帰るわけにはいかん! この機会しかないのだ、二年間の
訂正すべきことが一つ。二年間と言ったが、最初はアルフが上だった。パイロット歴のアドバンテージ分だけスヴェンは遅れを取っていたのだ。だから正確には一年半かそこら。
なんて細かいことはどうでもよく、スヴェンは
「いい加減にしろこの被害妄想野郎っ!」
剣の間合いに入っていることも忘れて、巨大な足を大きく踏み出させる。
『被害妄想、だと…!?』
「そうだ、何が
『あ、意外と気にしてたんだね』
『クールぶってたけど毎回青筋立ててたからな、あいつ』
外野の声は無視して、大きな指を突きつける。
「そもそも俺はお前に勝ったなんて思ってないし、そんなのどうでもいいだろ! どうせ味方なんだから! それなのにお前が毎回突っかかってくるから――」
『待て』
ピタ、と勢いのついた口が止まる。驚きではあったが、恐怖ではなかった。
目の前の巨人の剣士が、その剣を握り落としそうなほど呆然としているように見えたのだ。
『……どうでもいいと、言ったか?』
「それがどうした? あぁ、どうでもいいね」
そう言った瞬間、遠くから『あちゃー…』と聞こえた気がした。
『じゃあ貴様は、何を……ずっと私よりも上にいて、誇りもせず何を考えていた?』
「な、なんだよ急に…」
『答えろ』
いつもの命令口調だったが、どこか覇気がない。彼らしくない。
調子が狂うも、思ったままを口にする。
「正直、お前が上でいいんじゃないかと思ってたよ、家柄的に。俺はどうせ
『……それでも私は、貴様に負けたのだ』
「紙の上でだけだろ? バカバカしい、そんなもん他人が勝手に決めたことだ。自分が負けてないと思えばそれで――」
『スヴェン、そこまで』
言い切る前にさえぎられ、スヴェンは目を白黒させた。聞いたこともないような相棒の声。
それは、あわれみだった。
『そのぐらいにしといてやれ』
「……フィー、俺がいじめてるみたいに聞こえたか?」
『え、私? うーん、ジンが言うならスヴェンが悪いんじゃない?』
「あ、そう…」
支援なし。期待した自分がバカだった。
なんとはなしに気まずい空気が流れ、片手で頭をかきむしる。もう片方の手は操縦桿を掴んだまま――――ピクリと反応。
――ズギャッ!
「っ!?」
深くえぐられる脇腹。
しかし今の突きは、一瞬でもよけるのが遅れていたら――
「――どういうつもりだ、アルフ!」
突きを放った剣を戻し、ゆらりと構える巨人の剣士。それに対し、無手のガンバンテインも距離を取って構える。
『答える必要はない』
「何――――っ!」
言葉どおりの問答無用。一点のみを狙う乱れ突きに、防御と後退で精いっぱい。スヴェンは
すべて正確に、こちらの胸部を――――
「お前、本気でっ…!」
奥歯をかんで言葉をのみこむ。口にしても無駄だろう。どうやら、本気の本気だ。
焦る状況で響いたのは、こちらを心配するフィーの声。
『スヴェン、どうしたの!? 大丈夫!?』
「すまんフィー、マジで余裕ないから黙っててくれ! お前の声ちょっと気が散る!」
『言い方ひどくない!?』
『逃げろスヴェン』
懸命に操縦するスヴェンの耳に、ジンの平坦な声がするりと入りこむ。
『ケンカでも決闘でもない。アルフレッドはもう、殺し合いを望んでる』
「そんなの、いつものことだろっ…!」
『今のそいつは
すべてお見通しかのようなセリフ。だが、納得せざるを得ない。
突きの勢いに押されながらも剣を大きく弾くと、いつの間にか建物を支える柱に背中をぶつけていた。
『今からルートを教える。とにかく例の民間人と
「……了解」
崩れた体勢をゆらりと直す、不気味な巨人の剣士。追い詰められたのは広場の隅コーナー
逃げろと言われても、果たしてここから脱出できるのか。
『さすがにその中庭へは近付いてないと思う。見取り図的にあそこから出るルートは――』
説明を聞き流しながら、不気味に近付いてくるガンバンテインの隙をうかがう。とりあえずはこの
そしてスヴェンは一瞬だけ建物側をちらりと見た。壊して逃げ出せないかと考えたからだ。しかしさすがに壁とは違い、奥行きのある建物だと生き埋めに――――
『――――だからたぶん、俺たちの集合場所方面には出られないはずだ。そっちへ逃げたらアルフレッドを取り押さえるのにも誰か加勢してくれるだろうし、とにかく全速力で……? おいスヴェン、聞いてんのか?』
「――――いた」
『は?』
「見つけた。父親のほうだ」
『……えぇぇぇっ!?』
フィーの叫びにかかる
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