4 VS.アルフレッド・ストラノフ①

 ジンとは最初から気が合った。いっしょの部隊に配属されて話を聞くと、どうにも生い立ちが似ていたのだ。

 お互い「札付きの悪」とでも呼ぶべき問題児。行く当てのなかった戦災孤児。年若く入隊する者はだいたいそうだというのは周知の事実だったが、スヴェンはそんなジンに共感を抱き、すぐに気を許した。

 一匹狼気質のスヴェンと比べて、ジンは世渡り上手だった。生意気でやる気のなさそうな自分と違い、茶目っ気のあるその顔立ちも一役買っていたのだろう。事あるごとに他人と衝突――東方系人種イースタニアンはどこにいても厄介者あつかいだ――していたスヴェンもジンが隣で取りなしてくれるようになってからは、周囲ともうまくやれた。一年間従軍した歩兵部隊で、そして推薦されて異動したこの魔杖機兵ロッドギアパイロット訓練部隊の二年間で。きっと同い年の年少組トリオとして仲良くなったフィーも、ジンがいなければ二年たっても他人のままだったと思う。

 スヴェンはジンに感謝していた。口にはしないが、親友だと思っていた。けれどそれは、何も彼が自分にいろいろなものを与えてくれたからというわけではなく、出会った瞬間からそう感じていたのかもしれない。

 逆に、出会った瞬間から気が合わないと感じるやつもいる。敵だとはっきり認識できる人間。

 それが、皇帝に次ぐ権力をもった四大名家のひとつ、ストラノフ家の跡継ぎ候補であるアルフレッド・ストラノフだった。




 先ほど通った吹き抜けの中庭。ぐるりと四方を囲む三階建ての通路の欄干らんかんから身を乗り出す観衆はおらず、さみしげな石畳の広場でポツンと待ち構える一体の魔杖機兵ロッドギア――――地面に鋼鉄の剣を刺した、ガンバンテイン。

 両手を柄の上に置いてたたずむ機体と対峙するように、スヴェンは盾と魔素粒子銃エーテライフルを装備するガンバンテインで広場へ足を踏み入れた。



――ズシィンッ!



「どういうつもりだ、アルフ」

『東方のサルごときが私を愛称で呼ぶな』

「質問に答えろよ、


 ことさらに呼べば、ギリ、と歯ぎしりの音。こっちだって仲良くしたいわけではない。嫌がらせだ。

 アルフレッドの乗ったガンバンテインが、石畳に突き刺していた剣を引き抜く。


『先ほども言ったはずだ、決着をつけようと。お前もそれを了承したからここに来たのではないか?』

「俺が聞いてんのは、なんで試験を放棄したかってことだ」

『答えは同じだ。決闘に邪魔が入っては困る。それに、貴様があんな烏合うごうの衆ごときに手傷を負うはずがない』

「魔導師になるのは諦めたってか?」

『我らロード階級の家柄の者は、最初からマスター階級だ。幼きころからの訓練の総仕上げと軍の生活を知るため、慣例的にこういった部隊へ最初は配属されるが、資格はすでにもっているのだよ』


 え、とスヴェンは呆けた。知らなかった。そして、少しモヤモヤ。こっちは必死に目指しているというのに。

 そんな内心を見抜いたのか、目の前のガンバンテインがスクリーン越しに剣を突きつけた。


『貴様ら下民とは生まれも育ちも、負うべき責務も違うのだ。ましてや東方のサルなどとはな』

「――――だからって、お前の元についた連中の気持ちはどうなる…! お前の取り巻きはともかく、この日のために頑張ってきたやつらだっていたんだ! それをお前が、メチャクチャにしていいわけねぇだろ!」


 本当はもっと口汚くののしってやりたかったが、スヴェンはこらえた。いきなり現れてケンカを売り、場所だけ指定してさっさと消えたアルフレッド。それを追ってきたのはこれを言うためでもあったのだから。


『悪いがそれはやつらの責任だ。個人の能力のなさを私のせいにされても困る』

「減らず口たたいてんじゃねぇよ!」

『貴様もな。ご託はもういい、さっさと始めよう』


 灰色の巨人が剣を両手に持つ。

 正眼の構え。


『今日で汚名をそそぐ。ストラノフ家の者が東方のサルより下だなどと、うわさですらあってはならぬのだ!』


 そう言って、アルフレッドはガンバンテインの持つ剣を、吹き抜けの空から唯一の観客としてのぞく陽光にキラリと反射させた。

 スヴェンは優秀だった。思慮や冷静さに欠けるが、戦闘時における勘と判断力は人並外れているとの評価。それが類まれな操縦技術に生かされ、指揮能力においても見事に発揮。ゆえに成績はいつも一番。

 そして、アルフレッドはいつも二番手。戦闘訓練ではスヴェンに引けを取らないが、どうしても指揮能力に欠ける。むしろそれ以前、人心掌握に難あり。

 それらが、ジンが教官から聞きだした評価コメント。「間を取りもつ俺に感謝しろよ」と余計なことも付け足されたが、まったくそのとおりだったので何も言えなかった。

 つまり、二番とはいっても実力は伯仲はくちゅう。戦闘訓練もお互い殺し合うまでやりそうなのでいつも止められるが、数少ない勝負において決着がついたことはない。ジンという橋渡し役――ついでに頭脳労働担当――あってこそのわずかな差だということは、相手もわかっているだろう。

 それでも自分より下であることが許せないのは、彼の家柄も関係していた。


「確かに。よりによって東方系人種イースタニアンの俺なんかに負けたとあっちゃ、東方大聖公とうほうたいせいこうの跡継ぎレースに不利だよな。それとも脱落決定か?」

『……っ!』


 身を震わすほどの怒りが通信越しに伝わる。挑発の内容は、実はジンが言っていたことそっくりそのまま。

 東方大聖公とうほうたいせいこう。二つしかないロード階級の上位にあたる四大聖したいせいの一角。東部地方の領主である導聖卿を束ねる実質的な東の王にして、東方連合との最前線にあたる。最も強さを求められるであろうその家柄、ストラノフ家の跡継ぎとしては、仇敵きゅうてきの血筋に負けるなどあってはならない、というわけだ。

 しかし、こちらにも意地がある。出会って早々にサル呼ばわりされた恨みも。そして事あるごとに突っかかってきては、サルサルサルサル言われ続けたうっぷんも。

 骨を鳴らすようにしてスヴェンは首を回した。


「最後にお前を泣かすのも悪くない。来いよ、おぼっちゃん。後で家に泣きついたりするなよ?」

『――――ぬかせ、サルッ!』



――ガガガガ――――ッ!



 足裏の車輪ホイールで削る石畳。小石を撒き散らしながら突進してくる巨人の剣士。

 スヴェンは銃で迎え撃った。


「誰がサルだっ!」



――バシュッ!



 フィーのガンバンテインが持っていた魔素粒子銃エーテライフル。旗の回収へ向かう二人と別れる際に「やめときなって言ってるじゃんバカ――――ッ!」と叫ばれたが、スヴェンは聞こえなかったことにしてちゃっかり拝借はいしゃくしていた。ついでに「ボコボコにしちまえよー」とはやし立てたジンの機体からは盾を。完全装備でやる気満々。

 だが、


『無駄だっ!』



――ズバッ!



「げっ!」


 振り切られた銀閃に、四散する淡い緑光。

 純物質剣エーテライサー。盾やナックルガードと違い、光弾ビームを切り裂いて消失させる純物質金属アンチエテリウム製の剣。面ではなく線で収束した魔力を分解させるので、対霊圧式武装――実弾兵器マシンガンなどの魔導式武装は魔素粒子エーテルを機械的仕組みにだけ導入するのに対し、こちらは弾丸にも魔素粒子エーテルが利用されている――においては攻防一体の最強武器だ。盾などは受け続けるといつか壊れてしまう。

 だが、弾丸を剣で斬るなど実際は不可能。ましてや、生身でなく機体で。歴戦の勇者でもアシスト機能付きでやっと数名程度が使いこなせる代物。

 それをこいつは、訓練当初から使いこなせるのをすっかり忘れていた。


「くそったれ! お前と違ってこっちはパイロット歴二年なんだぞ!」


 言うやいなや、バシュッと二発目。あっさりと切り捨てられる。三発目は――――間に合わない。

 振りかぶられた剣へ盾をかざす。



――バキィッ!



『そうだ! 私は、血のにじむような努力をしてきた! 貴様と違ってな!』

「くっ…!」


 剣と盾のせめぎ合い。拮抗状態。分が悪いのはこちらだ。



――ピシッ。



 スクリーンに映った盾の亀裂は、おそらく蓄積されたダメージもあったのだろう。焦って至近距離から銃を撃つ。

 が、ハズレ。


「おわっ!?」


 素早く横に回られ、壊れかけの盾とともに機体が前へつんのめる。まずい、横ががら空き――


『くらえっ!』


――スヴェンはとっさに盾を放り投げ、そのまま機体を前へ転がした。でんぐり返しだ。


『なっ…!?』


 という驚きの声とともに響いたのは、鋼鉄の剣が地面を割る音と、機体が背中から投げ出される音。搭乗席コックピットの天地が逆さまになる中で、スヴェンはブレーキとアクセルを同時に踏み抜いていた。



――キィィィ――――ッ!



 倒れたと同時に火を噴く噴射装置バーニア。反動そのまま、全開フルブレーキで止めた足元を支点に勢いよく立ち上がる機体。そしてバッとアクセルから足を離す。

 ぐるりと一回転したスヴェンは操縦桿を引き、勢いあまって再び前へつんのめるガンバンテインの短い足を限界まで広げて踏ん張らせた。

 そしてすぐさま銃口を向け――――やっぱりやめた。


『このサル――――っ!?』


 斬りかかってくる剣士へを投げつける。無論、直撃はせず。グシャッとあわれ鉄くずに。

 斬り捨てながらも一瞬だけひるんだアルフの機体から距離を取り、スヴェンはナックルガードを素早く自身の機体へ装備させた。


「やっぱこっちのほうが、性に合うな」



――ガシィンッ!



 左右の鉄拳を突き合わせ、いざ再戦。

 と思いきや、その意気をくじく、おどろおどろしい声。


『貴様は、メチャクチャだ…』

「? アルフ?」

『機体で、前転だと…? そんなメチャクチャな操縦、あってたまるか…!』


 愛称呼びの拒絶反応なし。剣をだらりと下げ、機体の顔が床を向く。

 幽鬼のようなその声と雰囲気にややのまれながらも、スヴェンは肩をすくめた。


「そんなこと言われてもな。教官もしぶしぶだけど、許してくれてるし」

『私は認めん、絶対に! そんなサルの曲芸!』

「だから誰がサルだ――――っと!」


 不意の上段斬りを裏拳バックナックルで弾く。そのまま、すきだらけの脇腹へ一撃。



――バキッ!



『グッ…!』

「……あれ?」


 会心の当たり。にもかかわらず、スヴェンはマヌケな声を上げた。絶対よけると思ったのに。


『認めない……認めてしまったら、私の今までの努力は…!』


 アルフの機体がふらつき、膝をつく。どうも様子がおかしい、などと心配する気持ちは欠片かけらもない。

 ボコボコにする好機チャンス


「よくわかんねぇけど、お前に選ばせてやるよ」

『何――――ぐっ!?』


 突進して入れた蹴りに、再び吹き飛ぶ巨人の剣士。派手な音を立てて今度は地面へダウン。

 スヴェンはそのまま言葉で追い打ちをかけた。


「俺が天才か、お前に才能がないか。どっちだったら納得してくれますか、?」


 鉄の拳を解き、天へと伸ばした指をそろえてクイクイッと挑発。

 すると、面白いほどの反応が。


『――――殺す』


 ぞくりと背筋の凍る声。ゆらりと立ち上がる巨人の剣士。挑発が過ぎたか。

 スヴェンは冷や汗を垂らしたが、彼の口元は無意識に不敵な弧を描いた。


「ハッ、そうこなくっちゃな」


 そして再び拳を握り、左右の鉄拳を勢いよく突き合わせた。

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