6 VS.アルフレッド・ストラノフ③

 白い上着に、大量の真っ赤な染み。生きているのが不思議なほど男は重傷のようだった。そして、娘もかたわらに。長い金髪は男とそろいの髪色だが、くすんだ金色とキラキラ輝く黄金こがね色とでよく見ればかなり違う。

 病人が着るような薄緑のバスローブはところどころが赤く染まっているものの、すべて返り血らしい。真っ白な肌だったが血色はよく、まだ幼い顔立ちはスヤスヤと安らかな寝息をたてているようで――――いや、本当に寝ているらしい。

 スヴェンの絶体絶命な状況などつゆ知らず。



――ヒュッ。



 一瞬の油断。目の前のガンバンテインが放ったのは、迷いなき刺突。よけられないし弾くのも危ない。背後にいる親子が死ぬかも――――受けるしかない。

 刹那せつなに覚悟を決めたスヴェンだったが、体はその前に動いていた。



――プシュッ。



 空気が抜けたような開閉部ハッチの起動音は、突きを放たれる直前に。

 持ち上がる胸部のふた。スクリーンの映像に代わって前方から差しこむ、外の景色。銀色の光景。

 まっすぐ伸びてくる巨大な鋼鉄の剣先へ、スヴェンは

 無意識にシートベルトを一瞬で外し、頭を伏せて足元の小さな空間スペースへと潜りこむ。



――ズガギャギャァッ!



 轟音。火花。風圧だけで頭のてっ辺がぞりっとハゲた気もしたが、頭の上で組んだ手からはふさふさとした感触。あぁ良かった。

 などとは一息つかず、搭乗席コックピットを貫く鉄板のような剣に頭をぶつけぬよう注意しながら、操縦桿へと手を伸ばす。


『――んで、無人――!? どこ――――』


 壊れた無線から途切れ途切れで聞こえたアルフの声を最後に、鍵杖キーロッドを引き抜く。エンジンとともに全機能停止。ブゥン、と明かりが落ちる室内。パチパチと残るわずかな火花。そして、

 上から押しつぶさんばかりだった剣のひらが、ゆっくりと搭乗席コックピットから引き抜かれる――――今だ。



――ダッ!



 と駆けだすは剣の橋。カンカンカンッと硬い長靴ブーツの底で鉄板を鳴らし、幅は広いが不安定な剣のひらを一気に渡りきる。

 こちらを向く頭部にかまわず取りついた肩で探るのは、外付けの緊急用開閉装置。開閉部ハッチの外部操作盤だ。


(暗証番号は…!)


 胸のくぼみにあったボタンへ触れ、幸いにも部隊共通の番号を入力。死にいく4219戦場――


「! チッ…!」



――ダガンッ!



 虫を叩くように伸びた手を丸い頭の後ろへ回ってかわし、視界カメラから消えたこちらを探しているうちに続きを入力。


「――いざ行こ1315うっ!」



――ピピピピ、プシュッ。



 動きの止まる巨人。開かれる胸。せり上がるふたに掴まりながら飛び下りる。

 着地と同時に、まずはあいさつ。


「よぉ、久しぶり。少し見ない間に、ずいぶんマヌケなつらになったな」


 これでもかと目を見開き、口をあんぐりと開けたまま見上げてくる銀髪の美青年へ、スヴェンは鍵杖キーロッドの杖先を向けながら言った。

 そしてアルフレッドが、宙に向けて漏らすようにつぶやく。


「貴様は、バカなのか…?」

「誰がバカだおい」

「あり得ない……胸部への攻撃に、搭乗席コックピットをさらすなど…」


 こちらの声は聞こえていないらしい。長い銀髪に手を差しこみ、頭を抱えるアルフレッド。

 スヴェンは聞こえるようにはっきりと、そしてわずかな努力をもって言葉を紡いだ。


「ケイサンドオリダ」


 もちろんウソだ。今になって内心、ドキドキバクバク。吹き出す冷や汗で背中がビッショリ。八割方、肉片をばらまく結果になっていた気がしないでもない。

 そんなことを考えているとはおくびにも出さず――と思ってはいるが顔にも冷や汗がだらだら流れて丸わかりだった――スヴェンはワナワナと震えて心ここにあらずな様子のアルフレッドへ、捨て台詞ゼリフを吐いた。


「試合に負けて、勝負に勝ったってところか。二年間楽しかったぜ、


 クルリと背を向けて立ち去る

 そして、案の定――


「――スヴェン・リィィィッ!」



――ピシュンッ!



 操縦桿を引き抜いたアルフレッドの手へ、振り向きざまに魔力の弾丸を当てる。杖先から放った細い一筋の光線は威力を絞っていたので「ぐあっ…!」とうめかせる程度。貫くことはなかった。

 弾いた手から鍵杖キーロッドが地上へ落ちる。



――カランカランッ……。



「それで? まだやるか?」


 ずいっと搭乗席コックピットに踏み入り、スヴェンは銃口代わりの杖先をアルフの額へ突きつけた。顔色が真っ青。男にしておくのがもったいないほどの美しさが猛烈にゆがみ、髪色に似た灰の瞳が揺れる。焦点が合っていない。


「貴様は、邪魔だ…」


 震える声。ジンのセリフが頭の中で再生される。

 そのぐらいにしといてやれよ、か。


「貴様は、私の人生みちに、邪魔なのだ…!」


 だが、ここまで言われる筋合いはない。きれいに別れる気の失せたスヴェンは銀髪の美青年へ言い返した。


「野良犬にでもかまれたと思ってさっさと忘れろよ。俺も、たかが道端の石ころを蹴飛ばしただけで自慢なんて、恥ずかしくて誰にもしやしないさ」


 杖先を上げ、今度こそ本当に背中を向ける。アルフレッドがどう思おうと、この先もう互いの道が交わることはないだろう。それほどの身分差。一時でも交わったのが奇跡なのだ。

 だからスヴェンはもう振り返らなかった。これっきり。これでもう、わずらわせられることも、彼のかんに触ることもない。

 お別れだ。


「じゃあな、アルフレッド・ストラノフ」


 最後にそう言い残し、動かなくなった機体のボディを伝ってスヴェンは身軽に飛び降りた。「サルめっ!」という怒号はもう追ってこない。せいせいしていいはずなのに、どうもスッキリしない。

 振り返れば泣いているつらでも拝めるかと思ったが、やめておいた。


(いくらなんでも悪趣味か)


 この時の決断を、スヴェンは後に悔やんだ。アルフレッドが背後でどんな表情をしていたのか、見なかったことを。

 だがそれはまだ未来の話で、今はただ後ろ髪を引かれるのに耐えながら落とした鍵杖キーロッドを回収し、スヴェンはその場を立ち去った。




 連絡を入れた救護班よりも先にたどり着いたジンとフィー。耳をつんざく爆音を最後に通信の途絶えていたスヴェンへ、フィーが泣きながらお説教を開始したのは割愛かつあい

 三人はそろって正体不明の親子を観察した。親子といっても見た目の話で、四十は超えている男と十代半ばほどの少女は近くで見ればあまり似ていない。

 薄汚れた男のほうは虫の息。意識がなく、もう手遅れのようだった。やけに小ぎれいな娘のほうも意識はないが、こちらは眠っているだけ。近くであれだけの戦闘が行われて起きる様子がないところを見るに、薬か何かで眠っているのかもしれないという話になった。病人のような服装だし納得だ。

 そして、血まみれの男から視線をそらしていたフィー――二人と違って戦場に出たことのない彼女は人の死に慣れていなかった――がチラリと男の顔を見て、何かに気付いた。


「あれ? この人、もしかして……」

「? 知ってるのか?」

「う、うん……たぶん…」


 フィーが控え目にうなずく。血と泥で汚れているうえ、怖くてしっかりと見定めることができないのだろう。それでも意を決した様子で彼女は男のそばにしゃがみこみ、フワリとしたその赤毛を耳にかけて男の人相をジッと観察した。そして今度は、大きくうなずく。


「やっぱり、エイル・ガードナー……この人、エイル・ガードナー博士だよ!」

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