7 エイル・ガードナーと少女①

 エイル・ガードナーは有名な魔導技師マギナーらしい。

 初代皇帝にして始まりの魔導技師マギナー、ガーディ。その血と力を受け継ぐ皇帝家とは別に、その知識を受け継いだガードナー家。導聖卿に叙されてはいるが土地を治めているわけではなく、魔導技師マギナーたちの指導者的な立場にある家柄。

 エイル・ガードナーはその一族の中でも史上最高の天才と呼ばれており、ここ十年で飛躍的に魔導技術マギオロジーを進歩させた、魔導技師マギナーの卵たちの憧れだとかなんとか。

 そんなエイルのそばで膝をつき、スヴェンは隣で同じように膝をつくジンへ言った。


「よく知ってんな、お前」

「いやなんで知らねぇんだよ。今日の筆記試験にも出てただろうが」

「……どこの解答だ?」

「答えじゃなくて問題文!」


 スヴェンの不安げな質問に答えたのは、少し離れて娘のほうを見ていたフィーだった。ひとまず安心。「お前、本当にちゃんと解いたの?」と尋ねてくるジンに無言で返し、エイルを観察。

 白い上着はよく見れば、魔導技師マギナーが着る白いローブ。赤く染まっていて気付かなかった。それにフードが取れていて、ところどころに穴も。おそらく小型の魔素粒子銃エーテライフルによって撃たれたのだろう。肩などを貫かれているが、致命傷はない。

 ただし、出血が多い。


「そんなお偉いさんが、どうして…」


 脈を確認しながら言う。微弱ながらにまだある。だが、このまま眠りにつく可能性のほうが高い。してやれることは何もなさそうだ。


「どうしてだと思う?」


 ジンが手当ではなく、エイルの体を物色しながら尋ねた。

 答えるより先にその行為をとがめる。


「おいジン、やめとけって」

「盗人あつかいするなっての。確認だよ」

「いや、なんの確認だよ」

「……どうしてよりも、誰に撃たれたんだと思う?」


 重ねられた問いに、スヴェンは頭をひねった。


「誰って、魔素粒子銃エーテライフルを持ってるやつだろ? 帝国軍じゃないだろうし、こんなところに連合軍がいるわけないから……じゃないか?」


 魔賊とは、国内で違法に魔導技術マギオロジーをあつかう賊の呼称だ。亡国の復興を目指す者や、ちんけな盗人まで様々。それら犯罪者をまとめてそう呼んでいた。ちなみに、人々へ危害を及ぼす彼らの存在は東方連合も認めていない。

 きっと強盗か、人物像をかんがみるに反逆を企てるテロリストの魔賊にでも襲われたのだろう。娘を守ろうとした線もある。


「普通は、そう考えるよな…」

「なんだそりゃ。違うって言いたげだな」

「……だって、逃げたんだぜ?」


 ジンはどこか自信なさげのように見えた。というより、しり込みしているようだった。結論を下すのを。


「おい、何が言いてぇんだよ」

「むしろ言いたくない」

「……まさか、味方に撃たれたってのか?」


 スヴェンは推し量るように尋ねた。

 黒いローブは、帝国軍の魔導師の証。それを見て逃げ出したということは――――つまり、そういうことなのでは。

 ゴクリと生つばを飲みこむスヴェンに「まぁそう急ぐなって」とジンがなだめる。


「単純に、錯乱してて見間違えたって可能性も……お?」


 ガサゴソと探っていた手がようやく何か見つけたらしい。ジンがそれを、手に持って取り出す。


「こいつは……」

鍵杖キーロッド?」


 金属製の短杖。自分が持っているものと形状はほぼ同じ。しかし青い。青の鍵杖キーロッドだ。


「へぇ、しゃれてんな。カラーリングなんて初めて見た。それともこれ、材質そのものが青く……って、どうかしたのか?」


 しげしげ眺めていると、杖を持ったジンの様子がおかしいことに気付く。

 いつもの余裕顔とはかけ離れた硬い表情を作り、ジンは短く刈りこんだ金髪をガシガシとかいた。


「これは、やっぱり見たらやばいやつだったか…? いや、でも確認は必要だったしな……」


 うーん、とブツブツ独り言をこぼす頭脳労働担当。こんな場面は邪魔しないにかぎる。

 そしてジンがれ物をあつかうように青の鍵杖キーロッドを床へ置いた時、こちらを呼ぶ甲高い声が響いた。


「二人とも、ちょっと来て!」

「? フィー、どうした?」

「いいからちょっと!」


 何事だ、と腰を浮かしたのは自分だけ。


「スヴェン、あっちは頼む。俺はもうちょっとこっち探ってみるわ」

「わかった。金目の物があっても盗むなよ?」

「金額によるな」


 互いに冗談を交わし、スヴェンはジンの肩をポンと叩いてフィーのほうへ歩み寄った。

 起きてすぐ血まみれの父親を見るのはショックが大きいだろうと、少し離して寝かせた娘。その娘の頭を膝に乗せ、返り血で汚れた薄緑のバスローブの上から自分の着る黒ローブをかけていたフィーが、顔だけをこちらへ向ける。慌てていたわりに冷静そうだ。

 しかし、いつも晴れやかなはずのその表情は口と眉をの字に曲げ、どこか曇っていた。


「どうした、変な顔して」

「いや、それが……」


 押し黙る、黒い肌着姿のフィー。そのそばへ首を傾げながら膝をつく。


(? 娘が起きたってわけじゃないみたいだな)


 見下ろせば、相変わらずスヤスヤと寝息を立てる少女。呼吸をしていなかったら等身大の人形だと勘違いしてもおかしくない。

 フィーが思いきった様子で口を開く。


「ねぇ、この子どう思う?」

「どうって?」

「この顔」


 床へと長い金髪を広げる少女の顔を、フィーが両手でそっと包む。促されるようにスヴェンは観察した。

 細い眉に長いまつ毛、そして薄い唇にほっそりとしたあご、真っ白な肌。やはり、見れば見るほど、人形のように目鼻立ちが整った少女だ。まさに造形美。まるで、本当に誰かが作り上げたかのような完璧さ。

 だが、バスローブからはみ出る手首は心もとないほど細い。ぞくに言う、薄幸はっこうの美少女か。


「フィーと比べたらなおさらだな…」

「今の発言、詳しく聞かせてもらえるかしら?」


 訓練を受けて一番後悔していることは足が太くなったことらしい赤毛の乙女が、少し日に焼けた顔に笑顔を乗せて尋ねた。まずい。


「すまん、失言だった。別に悪い意味じゃない」

「じゃあどういう意味かしら…!?」


 フィーはフィーで肉感的――肌着姿で凹凸おうとつの目立つ彼女の体からフイッと視線を外した――で大変すばらしい、とフォローしかけた口をグッと閉じる。おそらくこれはビンタだろう。


「……顔の話、だったよな?」

「こら、逃げ――――どこの話してたわけ!?」


 顔を真っ赤にしても身動きできないフィーの状況に感謝しつつ、距離を取ってから言う。


「まぁ、美少女ってやつか? 年齢は……ちょっとわかりづらいな」


 あどけなさがあって体も成長しきっていないように見えるが、どうも眠りにつく姿が堂に入っているというか、どこか神秘的で判断しづらい。十代半ばと思ったがそれより下か、もしくは上だと言われても納得してしまう。

 などとスヴェンが考えていると、


「…………へー」


 ものすごくいろいろ詰めただった。


「なんだよ」

「スヴェン、こういう子がタイプなんだ。へー」

「は? なんでそうなる。お前が顔について聞いたから――」

「ロリコン? へー、ロリコンなんだ。へー」

「人の話を聞け…!」


 ジト目で言ってくるフィーへ握った拳を震わせるも、彼女は怯える様子など微塵みじんも見せずに平然と言った。


「私が聞いたのは感想じゃありません」

「先にそう言え。って、じゃあなんだ?」

「気付かない?」


 ジト目のままで尋ねるフィー。気付く、とは。スヴェンはもう一度よく観察してみた。

 人形のように整った顔立ち。きれいで真っ白なその肌には、傷ひとつなく――


「――傷が、ない…?」

「少し汚れてたから拭いてあげたの。そしたらすぐ、ツルツルのピカピカになっちゃって……変だよね?」


 娘の服にかかっていた返り血。たぶん父親のものだとは思うが、かなり熾烈しれつな状況だったに違いない。確かに、かすり傷ひとつ付いていないのは変な気もする。


「ほかの場所は?」

「全然。うらやましいぐらいにきれいだった」


 本当にうらやましそうにフィーが少女の頬をさする。

 スヴェンはふと思いつき、少女の足元へ移動した。


「? 何して……え、ちょっと!?」


 フィーがかけていた黒ローブをめくる。そこにあるのは、ほっそりとした白い足。そしてスヴェンは、バスローブのスカート部分をのぞきこまないように注意しながら少女の足の裏を見た。

 少女は裸足はだしだ。少なくとも、魔杖機兵ロッドギアの中で見た時から。


「スヴェンのロリコン! 急に何して――」

「お前らから逃げ出した時、こいつは自分で走ってたのか?」

「――? ううん、父親に抱えられてたけど……それよりめくるな!」


 バサッと黒ローブが少女の足元を覆い、スヴェンは指をあごに当てて考えこんだ。


「? どうかした?」

「……ないんだ」

「何が?」

「足の裏にも、傷ひとつ」

「え?」


 ずっと父親に抱えられていた可能性だってある。それに、靴を履いていただけかも。

 けれど、どうも引っかかる。


「……服の下は、調べたか?」

「ジーン! ここに変態がいるー!」

「おい、こっちは真面目にだな…!」


 スヴェンがむきになって言い返そうとするその前に、ジンがこちらを振り返った。


「おー、良かったなフィー」

「……え、なんで?」


 キョトンとするフィーと、そのまま会話をするジン。エイルのほうは見ていない。

 だから、気付いたのはスヴェンだけだった。


「だってお前、色仕掛けって効くのかなとか悩んで――」

「余計なこと言うなぁぁぁっ!」


 その叫び声と同時に、エイルの手がピクリ。薄く開いた目と目が合う。意識を取り戻したのか。


「おい、ジン――」

「違うから! と、友達っ! 友達の話だからねスヴェン!」

「なんて使い古された言い訳を……ほかになかったか?」

「うるさいバカッ!」

「いやお前ら、それよりも……っ!?」


 そして、スヴェンは目を疑った。取り繕うのに必死な様子のフィーも、呆れて肩をすくめるジンも、気付かなかった。

 エイルがそばに置いてあった青い鍵杖キーロッドを震える手で持ち、その杖先を――――銃口を、フィーへ向けたことに。

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