ヴァルハラ・ガーデン・ブレイブス ~高座の少女と神々の将棋盤~
星城 雪明
第1部 復讐するもの(前編)
プロローグ
0 歌が聞こえる少女
少女は眠っていた。
――神は昔を
眠るといつも、歌が聞こえた。
――帰りし二人に語りし時を、まだかまだかと待ちわびて…。
果てしないほど遠い過去に聞いたような。つい最近、耳にしたような。
――変わりし駒はかつての友。
夢の中の少女にはわからなかった。けれどそれが、どんな歌なのかは知っていた。
――
その歌は、とても――――
「――――リズ、リズ」
パチリ、と目を開ける。
「起きた? おはよう、リズ」
少女は眠い目をこすりながら、その不思議な
「起こしちゃってごめんなさいね。でも、これからお出かけ――」
「なぁ、早くしてくれないかい?」
少女の長い
その存在を見出すや
「黙って。リズが怯える」
「……わかっているよ。けど、慣れてもらわないと」
腰にまでかかる髪をすきながら、優しくなでてくれる細い手。
真っ黒は安全。真っ黒は優しい。
「あなた、どの口でそんなことを…!」
黄色はダメ。茶色も。黒は、真っ黒に似ているから注意。
「だ、だから、わかってるって言ったじゃないか…! だけどこれから、僕たちはいっしょに――」
そして、赤は怖い。
――ビーッ! ビーッ!
「っ!? け、警報!? バカな、こんなに早く…!」
「もうばれたなんて……まさか、あなた…」
「違うっ! 僕は裏切ってなんかいない!」
真っ白な部屋のチョンとした黒い口から、点滅する赤い光が差しこむ。ケンカする二人のことなど目に入らず、少女はそれを見てペロッと舌を出しながら小首を傾げた。他者には理解できないが、少女にはどうやらそう見えたらしい。その赤色は怖くないようだった。
もっと間近で見たいと思ってモゾモゾしていると、少女は真っ黒に横抱きで持ち上げられた。
「とにかく、急いで脱出します。リズ、ちょっとうるさいかもしれないけど我慢してね?」
いつもキリッとしている真っ黒は、自分を見るときだけ優しげにほほ笑んでくれる。それが少女にはとてもうれしくて、素直にコクリとうなずきながら柔らかい胸に身を預けた。さらにその首へ、ギュッ。
「……いい子ね、リズ」
ほめられるとうれしい。少女はあまりのうれしさに、細い首筋へ鼻を擦りつけた。クスリと小さく笑い、真っ黒が早足で歩き出す。
お出かけ。どこへ行くのだろう。もしかしたら、真っ黒が言っていた場所へ連れていってくれるのかも。小さくか細いその身が揺らされるのと同じぐらい、少女の心はウキウキと弾んでいた。
そこには青があるらしい。いろんな青。緑もあって、茶色も怖くなくて、真っ黒がいっぱい。そんな
優しい真っ黒の胸に抱かれ、頭の中で描く色とりどり。それが一瞬で塗り潰されたのは、黄色の横を通り過ぎようとした瞬間。
ここにはいない、誰かへ向けたつぶやき。
「……まさか、最初から僕を疑っていたのか――」
それは、ギラギラした銀色。
「――アナスタシア…」
とても怖くて、とても痛くて――――とても、おぞましいもの。
少女は恐怖にその身を震わせた。
「? リズ、どうしたの? 大丈夫、大丈夫よ」
「おい、また僕のせいかい? これじゃ先が思いやられるな…」
「身から出た
「いちいちおっかない目でにらまないでくれ。これじゃ協力なんてできっこない。それも、寝かせたまま運んだほうが良かったんじゃ――――ヒッ…!?」
真っ黒が怒った。黄色はとても怯えたが、少女はちっとも怖くなかった。
少女はいまだ、その身に刻まれた記憶に怯えていた。
「……いざというときに逃げやすいと思ったのですが、あなたが同行する以上、そうだったかもしれませんね。ここまで怯えるとは思いませんでした」
「い、言っておくけど、僕だって命懸けなんだぞ! 捕まったらいくら僕でも、きっと……」
「今さらそんな泣き言を。あなたが選んだのでしょう?」
フン、と鼻で笑ってから、真っ黒は
「リズ、私のリズ。大丈夫だから安心して」
抱き寄せられるか細い体。触れるか触れないかの、くすぐったい頬ずり。
「私がずっとそばにいるわ。私が、あなたを絶対に守る。だから怖いことは全部忘れて、もう一度ゆっくりおやすみ」
恐怖を覆い隠し、意識を
そして赤子のように胸の中で揺らされた少女は、真っ黒の服をギュッと握りしめながらその
「いい子ね。大丈夫よ、リズ。次に目を覚ましたら、そこは――」
ビービーうるさい警報が遠のき、真っ黒の優しい声音が
「――きっとあなたが、安心して笑える場所だから」
やがて、それも遠のく。
次第に、真っ黒をギュッと掴んでいた手からも力が抜けていき――――
――――少女はまた、眠りについた。
――神は昔を
するとやはり、歌が聞こえた。
――帰りし二人に語りし時を、まだかまだかと待ちわびて…。
続きからではなく最初から。壊れたような繰り返し。
――変わりし駒はかつての友。
少女はあまり興味がなかった。けれど、その歌に込められた想いだけは知っていた。
――
その歌は、とても――
――
――とても悲しい、歌だった。
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