第1話 終わりと始まり
1 最終試験開始
この世界には、かつて魔法使いたちがいた。
彼らはその深い知識で人々を救い、そして杖に刻んだ
しかし、決して日の目を見ることはない。彼らはつねに日陰者であり、異端者だった。宮廷魔術師のような華やかな職に就ける魔法使いなどほんのひと握り。仲間と思っていた者たちにもまた、戦いを終えれば恐れの目を向けられる。時には首に縄をかけられ、その背に刃を突き立てられることすらあった。
そんな歴史、繰り返される悲劇に終止符を打ったのは、とある一人の魔法使い。
ガーディ。自らを
そして彼が作り出した、魔法使いたちの新たなる杖――――
それにより、誰もなし得なかった魔物の根絶を果たしたのが、今から五百年も昔のこと。
そして、五百年後の現在。
世界を二分する一大国家となった、魔法を捨てた魔法使いである『魔導師』たちの国。名を、ギムリア魔導帝国。
初代皇帝ガーディ・サジタリアス・ゴダ・ギムリアが始めた世界統一の道のりは、魔物を滅ぼし、エルフやドワーフなどの他種族を根絶やしにし、数々の国家をその圧倒的な技術力でひれ伏させながら結実しようとしていた。何代にも渡る執念、理想の果てに。
しかし、そこに立ちはだかったのは極東の小国。ヤマトと呼ばれる島国の陰陽師たちだった。
大陸からの侵攻を防ぐ役割をもったヤマトの防衛組織、陰陽府。彼らは帝国からの侵攻も防いでみせた。そしていつしか東方世界は彼らを中核に据え、ヤマトが率いる東方連合の軍隊を組織した。
帝国軍と連合軍。魔導師と陰陽師。西と東。
両者の戦いは、海を渡った巨大国家の魔導師が小さな国の陰陽師に撃退されてから、かれこれ百年を迎えようとしていた。
その西側の帝国軍に所属する十九歳の青年スヴェン・リーは、暗く狭い部屋の中で今か今かとその時を待っていた。
目にかからない程度の闇に溶けるような漆黒の髪。黒いローブの内に隠された黄色い肌。平たくあっさりとした顔立ちに、つむった目を開けば現れる細い切れ長の眼差し。どれも
帝国にいながら東方の血が見受けられる彼のような人間は、多くはないが珍しくもない。帝国は一度、ヤマトに敗れるまでは東方世界をほぼ手中に収めていたからだ。スヴェンのような青年はその
東方の血を受け継ぎながら、帝国人として生まれ育った者たち。
その一人であるスヴェンは大きく深呼吸をして、足先にある左右のペダルを踏んだ。
(良し、オッケーだな)
ともすれば
彼が今いるのは、
(緊張すんな、いつもどおりやればいいだけさ)
スヴェンは今、試験に臨もうとしていた。魔導師になるための最終試験。
少し気がかりだったのは自分が
(……ま、そんなの今さらか。それに、だ)
鉛筆に代わって――筆記試験はもう終わっていた――持ち替えた杖を手の中で転がす。木の温かみはなく、冷たい金属の感触。闇の中で鈍く輝く短い杖。
「……文句なしで、勝ちゃいいんだろ」
暗闇の中で弧を描く不敵な口元。
それに応じるように、教官のせき払いが通信越しに聞こえた。やっとか。
『準備はいいかお前たち! これより最終試験を始める! 各自、
スヴェンは腹の底まで響くようなそのうるさい声に顔をしかめながらも指示に従った。
両手で握る
そのまま横に回して、ガチャリ――
――ブゥンッ!
「エンジン正常起動確認。出撃
『よし、エンストを起こすバカなひよっ子はいなかったようだな! それではさっさと
だからやってんだろ、と内心で舌を出しながらスヴェンは黙々と作業を進めた。
明るくなった室内。前方にはくすんだ灰色の壁、そして手の届く盤面にはいくつものボタンやスイッチレバー、温度計や時計のようないくつかの計器。その中央には四角いモニター。
下に向いていたスイッチレバー群をカチカチカチッと流れるように上向かせ、ボタンを押す。すると、正面百八十度の壁がパッと消えた。
「視界確保。カメラアイ、スクリーンともに異常なし」
『お前ら! ひよっ子の分際で口頭確認を
「……モニター起動。
内心で出していた舌を引っこめ、バツの悪さに視線を外へそらす。消えた壁に映し出されたのは、理路整然と格納庫内に並ぶ何体もの巨人たち。
二階建ての建物程度、およそ六メートル。生気のない緑一色の目に、巨大な足と寸胴な体、そして小さな丸い頭。鈍く輝く金属の箱がつなぎ合わさったような印象の巨大な人形――――武骨な、鋼鉄の巨人。それらすべてにスヴェンと同じ立場の者たちが乗っていた。そして同じ作業をしているはず。
自分以外の人間も口頭確認を
「新しいあだ名でも増やしてやるかな」
『聞こえたぞスヴェン・リー! 無駄口をたたいてないでさっさとやれ! 貴様が攻め手側の指揮官だ!』
「了解」
突然伝えられるも、しれっとした返事。予想はしていた。成績は自分が一番なのだから。
(それで、二番は――――)
手を止めずに考えていると、教官の低く重い声が続いた。
『アルフレッド・ストラノフ! お前が守備側を指揮しろ!』
げ、と寸でのところで口にしそうになったが、なんとかこらえる。ただし手は止まった。最悪だ。
スヴェンは肩に重みを感じたが、ややあって考え直すことにした。開き直りとも言う。
(まぁ味方になっても、後ろから撃たれそうだしな…)
ため息をついて天を仰ぐ。固い革張りのクッションに頭をつけて見えたのは
だから、最後の仕上げだ。
「
操縦桿となった
吸われる魔力。だが奪われるのではなく、糸巻のように引っ張られる感覚。
そしてモニターに映る緑のバーの空白が埋まるとそれがパッと消え、代わりに文字が表示された。
――同調完了。ようこそ、スヴェン・リー三等導士。
自分の首を回さずに左右を見る。スクリーンの映像だけが横へ移動し、首を回していた両隣の丸頭と目が合った。作業工程速度がほぼ同じだったらしい。
スヴェンは回線を開いた。
「やるな。ジン、フィー」
『はっ、いつまでも上から目線でいられると思うなよ』
『ちょっと二人とも! 回線はまだ開いちゃ――』
『ヘンドリックス! それにヴァレンタイン! 貴様ら何をやっている!』
『あ、いや、味方に決まったんでいいかなーと。ちなみにフィーはどっちだった?』
『私も攻め手側だったけど教官なんで私までー!?』
尾を引く泣き声を聞きながらモニターを見ると、仮の任務概要が表示されていた。
敵拠点の制圧。ホワイト小隊の指揮官。
スヴェンは回線を切る前に捨てゼリフを吐いた。
「足、引っ張るなよ」
『言ってくれるじゃん』
『何それ!? もっとほかに言い方――』
ブツンッと食い気味に切るも、お
『リー、貴様は減点だ!』
「……了解」
しまったと思うも素直に受け入れ、スヴェンは操縦桿を握った。
手のひらから伝わる何か――――または、手のひらから伸びる神経。つながる回路に流し込むのは魔力だ。
「
その言葉に反応したのは、モニターの文字。
――
『よぅし、よく聞けこの出来損ないども! これでお前らの運命が決まる!』
――内部
『生身のまま野ざらしで死ぬか……それとも、そのご立派な
――
『少しでも長生きしたい
――
夢も希望もない言い草に苦笑しながら操縦桿を引く。
ズシンッと揺れる座席。歩き出す巨人。細かく足を刻んで振り向く先は、左右に巨人の並んだ光へと続く道。
『さぁ行け! 試験開始だ!』
「……訓練用
――キィィィ――――ッ!
「ガンバンテイン、搭乗者スヴェン・リー。出ます!」
そしてスヴェンはブレーキを放し、アクセルを踏み抜いた。巨人が作る花道を滑走し、彼の乗る巨人は光の先へ。
自らの運命を決める最終試験が今、始まろうとしていた。
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