第1部 復讐するもの(後編)
第5話 雨のシズク
1 起動
それが
すぐに修正を試みるも打つ手なし。検索の結果、どうやらこの失敗は想定の範囲内だということを理解。計画どおりではなく、
かといって、それが焦ることはなかった。そもそも焦るという機能が欠落していた。そして何より、何を失敗したのかもいまいちわかっていなかった。これも失敗の影響か、それともこのこと自体が失敗を指しているのか。自らの
とりあえず、それは動くことにした。いや、動いたと言ったほうが正しいかもしれない。
なぜならそれは意思の発露ではなく、ただの命令処理行動に過ぎなかったのだから。
人間に見つかってはならない。それがかろうじて残っていた
だからそれはやがて、動かなくなった。隠れている状態で
だからそれはじっと、暗闇の中で息を潜めた。それが唯一の
自己修復機能は作動しなかった。だからそれは、初めて自分の意思で解決方法を模索することにした。それはそれにとって、大きな進歩だった。
しかし、内部保存データに該当する項目はなし。それは焦った。
どうすれば、このモヤモヤは晴れるのだろう。
モヤモヤの正体がわかったころには、さらに二十二時間十一分二十五秒が経過していた。
不安。人間が抱く感情、恐れ。それがモヤモヤの正体だった。
わかったところで、それはうろたえた。モヤモヤがさらにひどくなってしまったからだ。まるで内部に侵入したウイルスがその領域を徐々に広げていくようだった。
それは必死に検索した。その不安を消すにはどうしたらいいのか。どうすれば逃れられるのか。
暗闇の中で大きくなっていく不安と、ただただ必死に向き合った。
解を得たのは、
不安とは、人間が抱く普遍的なもの。一時的に取り除くことはできても
それは困った。とても困った。どうすればいいのかわからなくなって、そして動揺のあまり、
その時に気付いた。自分は、人間ではない。なのになぜ不安など抱くのか。
そしてさらに気付いた。自分って、なんだ。
四日がたつころには、それは思考していた。
モヤモヤの正体である不安、さらにその先。自分は何を不安に思っているのか。それがわかれば自然と、自分というものの答えもわかる気がした。
それは考えた。考えて考えて、体を揺らしながら考え続けた。複雑な思考を実行できない自分に対してもどかしさまで覚えてしまうほど考え、そして知らず知らず、いら立ちさえ学習してしまうほどに考え抜いた。そのたびに体の揺れはひどくなった。
途中、物音に気付いた人間から見つかりそうになって、慌てて逃げ出したりもした。
五日目。それは絶望していた。さまざまな感情を学習する中で、その絶望とやらがそれにとって何よりもきつかった。悲しくて、つらくて、体を動かすことすらやめてしまった。
自分は、失敗したのだ。失敗して
それはすでに自分を得ていたが、そのことをひどく後悔した。なぜなら自分には、もれなく孤独がついてきたからだ。さびしい、さびしい、さびしい。こんなとき、人間ならば泣くのだろうか。涙を流す機能のない自分は、やはり人間ではないのだろうか。
そこでそれはふと、できたてホヤホヤの我に返った。自分は、人間ではないからさびしいのだろうか。どうも違う気がする。
さびしい理由。検索。
どうやらさびしいのは、ダレカがいないためらしい。ダレカ――――違う、誰かだ。
それにはよくわからなかった。誰か。つまり、自分以外。しかも限られているようだ。
タイセツな――――大切、な。
それは、自分のような失敗作ではないという意味だろうか。
六日目になってすぐ、それは答えを見つけた。彼だ。彼だ。彼だ。
たまたま通りがかった、初めて見る人間。見た瞬間にビビッときた。彼だ。彼がいれば自分は、本当に自分になれる。
ダレカは彼で、彼がタイセツなのだ。
失敗してしまったそれにかろうじて残されていた、ただひとつの
それは今、はっきりと強く自分を自覚した。
彼がいれば。彼がいれば。彼がいれば。
それは動き出した。不安、目的、自分、孤独、さびしさ。すべての解となる彼の居場所を探り、ほかの人間に会わぬよう注意を払いながら闇の中を転がった。
新たに学んだ感情は、歓喜だった。
そして彼と出会い、お気に入りの名前を与えられたのが、
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