5 ほめて

――総員、戦闘準備。繰り返す。総員、戦闘準備――――。



 スピーカーから流れる放送に従い、バタバタと人が行き交う格納庫内で、スヴェンたちは機体へ乗りこむ寸前の教官を見つけた。

 白髪混じりの頭髪を後ろへなでつけるブレン・バウマン大師たいしは教官であり、この基地の魔杖機兵ロッドギア部隊の隊長。見慣れた黒ローブを着る——自分たちのようにシンプルではなく、階級を示す意匠が施されている——大きな岩のような背中へ思わず駆け寄る。

 そして知らされた事実に、スヴェンは動揺した。


「『獣型けものがた』が、この近くに…!?」

「まだ特定はできていないが、名のある魔賊かもしれん」


 バウマンは厳しい顔を崩さずにそう告げた。

 魔導技術マギオロジーを違法に扱う賊――――魔賊たちの最高戦力とも呼べる獣型けものがた。それは、獣の姿を模した魔杖機兵ロッドギアだった。

 帝国のやり方を不服として野に出た魔導技師マギナーたちが、反帝国派の支援の元で開発している魔杖機兵ロッドギア。量産は今のところ阻止しているが、一機ごとの性能は帝国の魔杖機兵ロッドギアを上回るとも言われている。

 国内で獣型けものがたに出くわすことは、時に東方連合との最前線へ送られたほうがましだと思えるほどの不運さだった。それがまさか、特に重要な拠点でもないこんな荒野の基地で。

 しかし、不運はそれだけでない。

 フィーが泣きそうな顔でバウマンに詰め寄る。


「それで、サラたちは!? みんなは無事なんですか!?」

「わからん。獣型に遭遇そうぐうとの一報を入れてから、連絡は途絶えている」

「そ、そんな…」


 基地への連絡は哨戒しょうかい中の部隊からでなく、不合格者たちを乗せた車――――ミゲルやチャック、サラやケイトを乗せた車から。おそらく偶発的なものだったのだろう。夜間で視界も悪く、近付くまで見えなかったのかもしれない。この基地を狙う魔賊の機体が。

 いや、もっと正確に言えば、おそらくは。


「教官……狙いはもしかして、あの新型――」

「リー、お前に言われずとも十分わかっている。それにもう教官ではない、これからは大師たいしと呼べ」

「……失礼しました、バウマン大師たいし


 訓練中は口うるさいのに平時は冷静沈着。スヴェンはそんなバウマンが少し苦手だった。

 頭を下げ、こんな状況でもぐっすり眠るリズの寝息に聞き入っていると、ジンが尋ねる。


「バウマン大師たいし。俺たちにも出撃命令は下りますか?」

「いや、おそらく待機だろう」


 その言葉にフィーが血相を変えた。


「どうしてですか!? 私も、サラたちを助けに――」

「お前たちはもう私の指揮下にない。すでに今日から本部付けの、正式なパイロットだ。そしてこの基地の防衛任務に就いていない以上は――――待て」


 詰め寄る彼女へ手をかざし、バウマンが鍵杖キーロッドに向かって「――――よし、ホワイト小隊出撃」と号令をかける。

 そして彼は背中を向け、バサッとローブをひるがえした。


「悪いが時間がない。大人しく留守番していろ、ひよっ子ども」


 足に引っ掛けた昇降式ワイヤー。機体の胸元へと上がっていく岩のような男。もうこちらを振り返りはしない。

 などと思って見送っていたら、途中でワイヤーの巻き付けが止まった。宙ぶらりんのまま見下ろしてくるバウマン。

 ギロリとした視線は、スヴェンへ。それからジンへ。


「……ヘンドリックス、命令違反は連帯責任だ。きもに銘じておけ」

大師たいし、言う相手を間違えてませんか?」

「人の話を聞かんやつには何を言っても無駄だ」


 間髪入れず、肩にポンッ。


「だとよ」

「……俺? ちょっと教官、別に俺はそんな――」

大師たいしだ」


 なかなかにしつこいバウマンが今度こそ上がっていき、白いバケツ頭の巨人へと乗りこむ。スヴェンたちは慌てて機体から離れた。

 そして格納庫の隅まで避難すると、白いガンバンテインに続いて同色のナイト、ビショップ、そして最後にバウマンの乗ったルークが背中の噴射装置バーニアから淡い緑光を吹かし、滑走していった。魔杖機兵ロッドギアの四機小隊。もう一方のブラック小隊は防衛兼後詰めか。


「さて、それじゃどうする?」


 頭の後ろで手を組みながらのジンのひと言に『え?』と声が重なる。

 先に聞き返したのはフィーだ。


「どうするって……待機してろって教官、じゃなくて大師たいしが…」

「指揮下にないって言ってただろ? 命令にはならねぇよ」

屁理屈へりくつじゃん」

「まぁな。けど、大師たいしも半ば諦めてたんじゃね?」

「諦めるって……」


 沈黙の後で、フィーがこちらへ視線を向ける。ジンも同様。ぐっすりおねんね状態のリズを見ていないことは明白。


「だから、俺が何したってんだ」

「胸に手を当ててみろよ。で、どうすんだ? 言っとくけど、このまま指をくわえて見てるのに俺は賛成だからな」

「だったらそうするさ。教官たちに任せるべきだ」

大師たいしな」


 しれっと訂正されて息が詰まる。同時に「えっ…?」という声。

 視線を向けると、フィーが慌てて首を振った。


「そ、そうだよね! うん、仕方ないよね! 私たちにできることなんて、何もないし…」


 言葉尻が切なげに消え、首を曲げて落ちた赤毛が空元気な笑顔を隠す。サラたちが心配なのだろう。

 スヴェンは響き続けるサイレンの音を見つめるようにして顔を上げた。


(フィーは戦場の経験がないからなぁ…)


 昨日まで隣にいた人間がいなくなるなど日常茶飯事、と言えるほどスヴェンも戦場を経験してはいない。だが、一年の従軍経験で少しばかり耐性はある。

 だから、サラたちが死んでも納得できるのかと問われれば、それはいな

 博識なミゲルのうんちくが聞けなくなるのも、場を明るくするチャックのやかましい声が聞けなくなるのも嫌だ。サラが死ぬのも、それに悲しむフィーを見るのも、絶対に嫌だ。

 そして、もう一人。


(ケイトは……)


 別れ際。小さくなる背中を見送っていた時、彼女は一度だけ振り返った。また文句でも言われるのかと身構えたが、彼女はこちらの様子を見て再び背中を向けた。後悔が生まれ、心に引っかかりを覚えた。

 なぜなら彼女は、何か言いたげな顔をしていたからだ。

 それを一生聞けないままなのは、やっぱり――


(――嫌だな)


 まとまった考えとともに視線を下ろせばそこには、お見通しとばかりに笑う顔。そして、不思議そうにしながらも陰る顔。さらにその後ろ、せわしなく働く整備士たち。

 その中の一人に目がとまり、ピンと閃いたスヴェンは二人を置き去りにして歩き出した。


「? おい、どうした?」

「スヴェン?」


 ツカツカ歩く先は「頑張れよ」と声をかけてくれた顔見知りの中年整備士。帰ったと思ったがまだ作業用のつなぎを着ている。急な出撃で残業になったのだろう、たぶん。

 スヴェンは黒いガンバンテインの整備をしているその背中へ声をかけた。


「よう、忙しそうだな」

「? なんだ、リーか。当たり前だろうが、戦闘が始まったんだぞ。お前は何をのんびりしてやがる」

「ひよっ子の出る幕じゃないとさ。おかげで暇なんだ」

「そうか、俺は忙しいんだ。子守りならよそでやれ」


 気が立っているようだ。忙しい中で声をかけてきたのが、寝ている少女をおんぶする男。無理もないかもしれない。

 スヴェンは手早く用件だけ済ませることにした。


「ひとつ、任務を言い渡されてな。あの青い新型の見張りさ」

「あぁ? なんでお前が」

「暇だからだろ。整備士は緊急事態スクランブルにかかりきりだしな。それに、俺があれを見つけたってのも理由のひとつか」

「あれ、お前が見つけたもんだったのか?」

「そういうこと。あんたが責任者なんだろ? その青い鍵杖キーロッドも俺が預かっといてやるよ。仕事の邪魔になるといけないだろうし」


 スヴェンは彼の腰にある鍵杖キーロッドを指差しながら告げた。

 青の鍵杖キーロッド。エイル・ガードナーが所持していた、おそらくあのモヒカン頭の起動鍵キー


「けどお前、これはさすがに……保管所に持っていく最中で――」

「班長! 装備はこのままでいいんすか!?」

「手ぇ止めてる場合かよ!」

「うるせぇ! ったく……いいか、絶対なくすなよ!」

「工具と混じって後で探すハメになるよりましだろ?」


 ほかの整備士の野次に対応しながら「後で取りに行くからな!」と念を押す整備士へ肩をすくめ、スヴェンは二人の元へと戻った。背中のリズを担ぎ直し、抱えていた細い足から片方だけ手を離す。

 掴んだ戦利品を目の前にかざすと、今度は二人とも同じ顔。開いた口がふさがらないようだ。


「こいつで助けに行こう」

「いやお前、それはさすがに……」


 言葉を失うジン。たまにしか見れない相棒のその顔が痛快なのは秘密だ。

 フィーが戸惑いながら言う。


「ていうかスヴェン……私、開閉部ハッチが開かないって言ったよね…?」

「? こじ開ければ?」


 あっけらかんと返す。搭乗席コックピットの風当たりはよくなってしまいそうだが、まぁなんとかなるだろう。絶句するフィーを見ながらスヴェンはそう思った。


「いやだから、私はそれができないって話を…」

「訓練用のガンバンテインでも使えばなんとかなるだろ、ひっぺがすぐらい」

「いやいや、そんなことしたらここがパニック……というか、そもそも壊しちゃまずいって話で…」

「関係ねぇよ、そんなの」


 後でどんな処分を受けようが、どうだっていい。


「サラを助ける。ミゲルも、チャックも……それにケイトも、みんなも。全員助ける」


 スヴェンはそう言って、フィーをまっすぐ見た。


「俺がきっとなんとかする。だから、そんな似合わないつらしてんなよ」

「————っ!?」


 丸くなる瞳。そして、口をモゴモゴ。けれど言葉は続かず、フィーは伏せた顔を赤毛で隠してしまった。サラたちへの心配は消えていないだろうが、たぶん、悲しい顔はしていなかったと思う。良かった。

 良くないのは、隣でクツクツと笑いをこらえきれていない少年のような顔をした男。


「何がおかしい」

「いや、かなわねぇなぁと思って」

「皮肉かよ」

紙一重かみひとえだな」


 ますます顔をしかめたスヴェンに対し、ジンは大きく息を吐いて表情を改めた。


「俺たちが行っても邪魔なだけかもしれないぞ。それでも行くのか?」

「もう決めた」

魔杖機兵ロッドギアの実戦は俺たちも初めてだ。それに、大師たいしの小隊だけで決着けりはついてるかもしれない」

「だから、指をくわえて見てろって?」

「お前だってそうするって言っただろ?」

「やっぱり、性に合わねぇ」

「言うと思ったよ」


 ジンは少し笑っていた。先ほどのような小馬鹿にする笑みではなく、どこかうれしそうにも見えた。しかしすぐにその表情を消し、浮かべる真剣味。

 そして、彼は首を振った。


「だけど、はダメだ」


 その言葉の意味はもちろん、言わずもがなだろう。

 ジンが続ける。


「このタイミングだ。九割方、あのF型に傷をつけたのと同じやつだろう。わざわざ持っていくなんざ、カモがネギ背負ってるようなもんだぞ」

「けど、俺の機体は修理中なんだよなー…」


 アルフレッドとの決闘により搭乗席コックピットが大破。教官に手ひどく怒られたのは記憶に新しい。

 せき払いをして調子を取り戻したフィーが言う。


「だからってあのF型に乗れるわけないでしょ? 開閉部ハッチを壊すなんて論外!」

「……やっぱダメか」

「というか無理なの! 諦めて返してきなよ!」

「お前、実は乗ってみたかったとか言うんじゃないだろうな?」

「まぁ、ちょっと。それにこいつ強いんだろ? 魔賊なんて簡単に蹴散らせそうなのに、眠らせておくなんてもったいなくねぇか?」

「もったいなくなくなんかない!」

「それ意味わかんねぇなもう」


 呆れるジンと憤るフィー。「とにかく乗れないものは乗れないの!」とまくし立てられ、スヴェンが諦めてほかの方法をジンに尋ねようとすると――


「――乗りたい?」

「っ!?」


 突然、耳元で声がした。


「リズ、起きたのか? ビックリさせんなよ」


 背後から身を乗り出し、顔の真横からジーッと穴が開くほど見つめてくる翡翠ひすいの瞳。

 ほかの手段を話し合い始めていた二人には聞こえず、少女がスヴェンにだけ問う。


「乗りたい?」

「いや、乗ってるのはお前だろ?」


 おんぶのことを言っているのかと思い、膝の裏に差しこんだ手を持ち上げてやると、ブンブン首を振られた。乱れた金髪に顔を打たれる。

 文句を言う間もなくリズの指が差したのは、青い鍵杖キーロッド


「それ、乗りたい?」


 あの青いF型――――モヒカン頭のことを言っているのだろうか。


「そりゃ、乗れるならな。ていうかお前やっぱりしゃべれる————お、おい!? 暴れんな!」


 モゾモゾと動くリズに合わせてかがもうとするが、慌てたように急ぐ少女のほうが早かった。



――ピョン!



「うおっ…! おい待て、リズ!」


 背中から飛び降りて一目散に駆け出す少女。後を追うも、荷車カートが目の前を横切って道をふさいだ。


「あぶねぇぞ! こんなところで鬼ごっこしてんじゃねぇ!」


 小さく頭を下げてすぐに視線を戻したが、少女の姿はもうない。

 スヴェンは床のコンクリートを見つめた。


「まさか、かれた…!?」

「んなわけねぇだろ」


 とジンからのツッコミ。確かにこれでは、ペラペラの紙のようになってしまったリズを探しているようだった。一瞬そんな想像をしてしまったのは否定しない。何せあの軽さだ。

 すぐに頭を切り替えて周囲を見渡すも、先に見つけたのはフィーだった。


「リズちゃん!? え、うそ!?」


 顔面蒼白。視線は上。つられて見上げるとリズがいた。なんと、青い機体の肩の上に。

 少し目を離しただけで、二階建ての屋根より高い場所へ登ってしまったらしい。いったいどうやって。


「ワイヤーか…? いや、でも、使われた形跡は――」

「今はそれどころじゃないでしょ! リズちゃーん! 危ないから降りておいでー!」


 巨人の肩に座って足をぶらぶらさせるリズへ、フィーが叫ぶ。

 確かに、それどころではない。


「リズ! すぐにそこから……あ、いや、やっぱり動くな!」


 ジリジリと近寄る。いつでも受けとめられるように。するとなぜか、リズが巨人の胸へ手をかざした。

 その次の瞬間、視界へ飛びこんできたのは落ちてくる少女ではなく――



――プシューッ。



――空気の抜ける音とともに上へ開く、開閉部ハッチの屋根だった。


「……は?」

「……え?」



――ガチャンッ!



 限界まで開ききった音。青い巨人の胸元がぱっくり。

 スヴェンはフィーへ尋ねた。


「外部操作盤は、あそこに?」

「ううん、そもそも付いてない……たぶん、付ける前だったんだと思う…」

「じゃあなんで開いたんだ?」

「だから、開くわけないのよ…」

「けど……開いたぞ?」

「知らないわよそんなことっ!」


 癇癪かんしゃくを起こすフィーの気持ちもよくわかる。

 まるで今のは、フィーが手をかざしただけで開いたように――


「決まりだな」

「――ジン?」


 苦々しい声が思考をさえぎり、顔をしかめたジンがリズのほうを見ながらつぶやく。


「フリズスキャールブ……リズ…」

「? やっぱり、あの機体が…?」

「違う。愛称なんだ、きっと。フスキャールブだから、リズ」


 スヴェンは目を見開いた。そして自然と、視線を上へ向ける。


「あいつが、博士の言ってた……フリズスキャールブだ」


 巨人の肩に座る黄金こがね色の髪の少女がぶらぶら足を揺らすと、ぶかぶかの長靴ブーツが床へ落ちた。それには目もくれず、ジーッとこちらを見つめ続ける伏し目がちな翡翠ひすいの瞳。

 まるでほめてほしそうな目の輝きだと、真っ白になる頭の片隅でスヴェンは思った。

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