4 格納庫の隅で

 では、フリズスキャールブとは何か。ジンの答えは「忘れろ」だった。「かかわるな」の一点張り。納得できるはずがない。

 そんな追及をかわしてジンが出した話題は、アルフレッド・ストラノフのことについて。


「それにしてもアルフレッドのやつ、どこ行っちまったんだろうな」


 その名前にスヴェンはピクリと反応した。しかし、決行したのは聞こえないふり。人気ひとけのない格納庫の隅で腰を下ろしたまま、スヴェンは隣で毛布を敷いてぐっすり眠るリズへ視線を泳がせた。小さな体に掛けている黒のローブは自分のものだ。


「捜索はしたらしいけど、見つからなかったってな。簡単に死ぬようなやつじゃないけど……今ごろどうしてるんだか」


 黒の肌着シャツとカーキ色の軍用ズボン姿になっていたスヴェンは、壁に背を預けて立つジンのほうを見ないように長靴ブーツのひもを結び始めた。わざわざ一度、解いてから。


「おかげで試験も不合格。家に顔向けできないぞ、あいつ。どうしてこうなったか何か心当たりはありませんかねぇ、アルフレッドを最後に見たスヴェンさん?」

「……俺のせいじゃねぇよ」

「おや? 別に何も言っておりませんが」

「やめろそれ。俺はケンカを買っただけだ」


 不機嫌に眉根を寄せながら、スヴェンはそう吐き捨てた。

 前日から行方知れずのアルフレッド。どうやら決闘が終わってそのままどこかへ消えたらしい。確かに心がチクリと痛んだが、責められる筋合いはない。


「どうだか。お前、絶対に余計なこと言ってそうだし」


 なんて理不尽な。

 しかしスヴェンは、怒るよりも口を尖らせた。


「やけにあいつの肩もつよな、お前」

「まぁな」

「否定しろよ」


 舌打ちで会話は終了。これ以上は今さらだ。

 さりげなくだが、ジンはいつもアルフレッドの肩をもっていた。それに気付いているのは自分だけだろう。ほかの者ではわからないほどのさじ加減だったから。

 それが最近、いささか顕著だ。先日の決闘中しかり。そして今も。


「え、すねてんの? 気持ちわりぃ」


 ちょうどいい位置にあった太ももサンドバックへ肘打ちをくらわす。「いてっ!」と足を押さえ、余裕ぶった立ち姿を崩すジン。ざまあみろ。

 そしてスヴェンが「けっ…」と吐き捨てるだけだったのは、図星なところもあったからだ。


「ったく、愛情表現が度を越えてんだよなー…」

「おい、誰のこと言ってんだ?」

「お前」


 もう一発と思って繰り出すも、ヒラリと回避。スヴェンが悔しさをギリリとかみ締めれば、ジンが再び壁に寄りかかりながら言った。


「そんなに怒るなよ、相棒。死ぬときはいっしょだって誓い合った仲だろ?」

「記憶にないから独りでけ」


 気だるげに背中を壁へ押し付けると、寝返りをうつリズが目に入った。ずれたローブをいそいそと直す。

 そうしているうちに、壁に寄りかかっていたジンがすぐ隣へ腰を落ち着けた。


「じゃあ今誓う。この先何があっても、俺はお前の味方だ。ずっとな」

「な、なんだよ急に…」


 むずがゆい。そしてあからさまに照れ隠しの反応をしてしまった自分に吐き気が。

 だがジンは、真剣な口調で続けた。


「だからスヴェン、そいつに情を移すなよ」

「……は?」


 こちらではなくボーッと前を見たままの話題転換に、スヴェンはついていけなかった。


「いくらなついてても、すぐにお別れだ。俺たちには関係ない。なんなら今日中に教官と掛け合って、どこか別の部屋へ隔離してもらう」

「お、おい待てよ。それはさすがに……こいつだって、きっと心細いだけなんだ。そんな監禁みたいなまね…」


 言い淀みながら顔を左右へ。まったく起きない金髪の少女と、遠い目をする砂色の髪の相棒。何か考えこんでいるようだ。にしても、急すぎる。


「せめて親か、誰か保護者が迎えに来るまでは、そばにいてやっても――」

「いると思うか?」


 なぜか、ドキリとした。


「いないと思ってんだろ? お前はきっと、そいつと自分を重ねて同情してるんだ」

「っ!」

「そら、図星だ。俺はそれをやめろって言ってんだよ」


 横目をチラリと向けたジンへ、スヴェンは何も言い返せなかった。

 決してそんなつもりはない。しかし、動いてくれない口の重さに確信が揺らぐ。もしかしたらそうだったのかも。

 けど、だからなんだ。


「お前、急におかしいぞ。アルフレッドの肩はもつくせに、なんでこいつには……昨日からそんなふうに思ってたのか?」

「いや、そうしたほうがいいと思ったのはさっきだ」

「なんだそれ、こいつが何かしたか?」

「お前こそ、そいつがかわかってんのか?」

「? 博士の親戚か、保護した子か何かじゃないのか?」

で気付けよ」

「名前?」

「それに、たぶん博士は……いや、よそう。全部、俺の推測だ。聞かなかったことにしてくれ」


 大きなため息をついて頭を抱えるジンへ、スヴェンは目を白黒させた。そう言われても、こっちはその推測すら聞かされていない。

 納得できずに「おい、ジン」と肩を掴めば、いつの間にか足元へ人影が伸びていた。

 肩に触れる赤毛を揺らして、小首を傾げる黒ローブ姿の女性。フィーだ。もう見学は終わったらしい。


「何? ケンカしてるの?」

「いや、ケンカっていうほどじゃ…」

「意外と早かったな。F型あっちはもう満足したのか?」


 ジンはいつもどおりの顔に戻っていた。話はここまで、ということらしい。

 エイル・ガードナーの最期の言葉を、ジンからの忠告でフィーには教えていなかった。


「あ、うん。というか、ほぼわかんなかった。教えてもらったのは外装部分だけ」

「? 秘密ってことか?」


 首を傾げたスヴェンへすぐには答えず、フィーがリズのそばへしゃがみこむ。


開閉部ハッチが開かないの。無理やりこじ開けるのもまずいだろうって」


 おそらく、エイル・ガードナー博士の遺作となるであろう最新鋭の機体。少なくともこの基地の人間は誰も知らなかったので、極秘に開発されていたようだ。下手に手を出したらまずいという判断もうなずける。


「けど、それじゃ何もわからずじまいってことか。残念だったな」

「まぁそうなんだけど。でも、外装だけでもすごかったから意外と満足? ナイトぐらい軽量化されてるのに、深い傷も回路まで達しないルーク並みの重装甲なんて……どれだけのパワーで動くのか考えたらもうっ…!」


 フィーが寝ているリズの頬を興奮気味になでる。ここぞとばかりに。いったい何に興奮しているんだか。

 そんなフィーに、おや、とジンが反応。


「深い傷って……戦闘の跡でもあったのか?」

「うん。たぶん、魔賊にやられたみたい」

「軽いなお前」


 あっけらかんとしたフィーに驚く。そこが一番重要なのでは。


「爪跡があったの。魔賊の獣型けものがたにやられたんだと思う。工場が襲われたか、輸送中を狙われたんだろうってみんな納得してた」


 ほかに理由が思い当たらない。きっと皆、今のフィーと同じ顔をしているのだろう。

 チラリと横目でジンの様子をうかがえば、こちらも納得顔。ただどこか思案げだ。


「そうか、で襲われて……だったら安全か…?」

「おいジン、いい加減に教えろよ…」


 スヴェンはフィーに聞こえないよう——どちらにせよ、リズをでるのに夢中で聞こえなかったかも——声を落とした。


「何がなんだ? 魔賊にやられたって、いったいどうなってる? 味方に襲われたんじゃなかったのかよ」

「スヴェン、もう一度だけ念を押すぞ」


 答える代わりにジンは顔を寄せ、指を突きつけながらヒソヒソとしゃべった。


「絶対にかかわるなよ。俺たちの手に負える問題じゃない。さっさと忘れろ」

「けど、ガードナー博士は俺に…」

んだよ。博士のだ」

「? それ、どういう――」

「なんの話?」


 ギョッ、と二人で正面を向けば、いつの間にやらジト目で見つめるフィーの顔が。


「二人でコソコソ……アーヤーシィー…」


 スヴェンが目を泳がせている間に、ジンが平然と立ち上がる。


「別に、大したことじゃないさ。それよりさっさと行こうぜ」

「どこに? というか、こんなところで何してるの? 先に帰っちゃったのかと思ってた」


 自分が引っ張ってきておいてなんという言い草。


「お前を待ってたんだろうが」

「なんで?」

「こいつをどこに寝かせる気だ」


 いくら抜け出てしまうとはいえ、最初から男の部屋に寝かせるのは気が引ける。部屋の同居人はジンだけだとしてもだ。


「あーそっか、忘れてた。うん、そうだね。今夜は逃げ出さないよう、ちゃんといっしょに寝なきゃね……」


 ゴクリ、と聞こえた気がした。よだれは気のせいだと思いたい。


「意外とこっちで寝かせたほうが安全な気がしてきたな…」

「こんなかわいい子、ロリコンといっしょには寝かせられませーん」

「誰がロリコンだ…!」

「じゃあ変態? いきなり女の子の足の裏を見るとか、どこをどう間違えたらそういう趣味になるのやら」

「初めて知ったぞそんな性癖せいへき。お前の友達やめるわ、俺」


 スヴェンはローブにくるまる少女を器用に背負いながら、起こさないよう静かに言い返した。


「あれはだから、本当に傷がないのか確かめただけだろうが…!」

「だからって足の裏まで見なくても、ねぇジン……あれ、ジン?」


 戸惑うフィーの視線の先で、目を丸くするジン。固まっている。

 驚いたというより、不意に後ろから刺されたような顔だった。


「ジン、どうした?」

「……傷が、ないのか?」

「え? いや、まぁそうだな…」


 スヴェンは宙でぶらぶらしているリズの足元へ視線を落とした。合うサイズがなかったので、ぶかぶかの長靴ブーツを履いている。昨日はずっと裸足はだしだったが、それでも今朝、たまたま目に入った時はやはり無傷だった。合否の発表があってそれどころではなかったのもあり、皮が分厚いのかと納得していたのだが。


「あ、そうだ。フィーはこいつを着替えさせたよな。その時はどうだった?」

「それはもう雪の妖精のように白くてきれいな体で、怯えてる姿もなんかこう背徳感があって……今想像したでしょ、この変態」

「言っとくけど、さっきからお前のほうがよっぽど変態だからな?」

「同性だからセーフなの!」

「んなわけあるか! 限度があるだろ限度が!」


 などと白熱するくだらない口論にも乗らず、ジンが目を点にしたまま宙を見る。ちょっと気味が悪い。

 同じように思ったらしいフィーが背後へ回り「ねぇ、どうしたのあれ? まさか本当に想像とかしてないよね?」とあらぬ疑いをスヴェンへ耳打ちすると、ジンがポツリと言った。


「フィー、今なんて言った?」

「うぇっ!? ご、ごめんジン! そうだよね、ジンはロリコンじゃないよね!」

「誰かはロリコンみたいな言い方やめろおい」

………」


 ブツブツと、こちらのやり取りが聞こえていない様子でジンがつぶやく。


「――――エイル・ガードナーの目覚ましい成果は、ここ十年……そして、F型、フェアリータイプ……机上の空論といっしょにいた、傷のない少女…。じゃあ、もしかして……」


 邪魔してはいけないという思いと、さすがに心配になってきた気持ちがせめぎ合う。顔色が真っ青だ。

 そうして声をかけるのをためらっているうちに、出番はなくなった。



――ビーッ! ビーッ!



 けたましく鳴る警報。格納庫内に響き渡った音にハッと驚き、顔を見合わせる三人。

 耳元で聞こえるスヤスヤとした寝息が、ひどく場違いだった。

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