3 ――オタクと読む

 日の入りが迫る刻限、格納庫内部。仕事終わりの整備士たちにあいさつしながら広い正面通路を歩く。左右を挟む巨人は訓練用のガンバンテインではなく、この基地へ配備された正式な機体。

 最初にこちらを出迎えたのは、白と黒のガンバンテインだった。


「――――魔杖機兵ロッドギアは、かつて魔法使いたちが使っていたと原理は同じなの」


 幅広の剣と大きな四角い盾。それらを両側のハンガーに立てかけ、色違いの丸頭が静かに頭上でにらみ合う。

 その視線をくぐる小人の足音は三人分。その他一名は背中で魔導技師オタクの長い話が子守り歌になったらしい。


「杖に刻んだ神秘文字ルーンに魔力を流し、魔法を発動させること。鍵杖キーロッドから文字列回路ルーンサーキットへ魔力を送り、機体を動かして対象を破壊すること。どちらも魔力、そして神秘文字ルーンを通して外界に影響を及ぼす点ではいっしょだった。だから初代皇帝にして始まりの魔導技師マギナーガーディはそれを魔杖機兵ロッドギアと名付け、まだ懐疑的だった当時の魔法使いたちに彼らの使う古代言語で『魔法の杖ガンバンテイン』と教え、授けた」


 そんな魔法の杖ガンバンテインに見下ろされながら間を通り抜けると、次に左右で出迎えたのは馬面の巨人。こちらも白と黒だが、四角い箱が連なっている寸胴なガンバンテインよりも細く、かなり軽量化されている機体。隣には巨大な騎槍ランス

 馬の頭部を模した細身のガンバンテイン――――通称『ナイト』だ。


「それから五百年。彼の生み出した魔導技術マギオロジーは後世でどんどん発展して、世界に浸透した。戦場だけでなく生活の場にも。信じられる? 昔ってね、太陽が落ちたら明かりがないからどこの家も寝てたんだよ? だいたいの人が馬に乗れるし、それに地方の村なんかで生まれたら一生そこで暮らすのが当たり前だったんだって。車どころか今の帝国じゃもう空飛ぶ船だって開発中なのにね……って、あれ? なんの話だっけ?」

「こっちが聞きてぇ」

「あ、そうそう! それでね、魔素粒子結晶エーテルクリスタルの発見でそういった乗り物や暮らしの中にある魔導技術マギオロジーも、自分の魔力を使わずにハンドルやボタンひとつなんかで使えるように――――」


 スヴェンは頭を抱えたくなった。

 隣でジンはあくび。格納庫へ入る際にカメラを取り上げられたので暇らしい。リズは耳元ですやすや。

 まくしたてるフィーの魔導技師オタク談義を背景音楽バックミュージックにして、羽根のように軽い背中のリズの体勢を直す。膝の裏へ差しこんだ手を浮かすと、位置は安定するものの気持ちが不安に。こいつ、軽すぎる。食事はほぼ手をつけないし、大丈夫なのだろうか。

 などと考えていたら「よう、おめでとう」とすれ違いざまに声をかけられた。顔見知りの中年整備士だ。試験の結果を知らずとも、こんなところでのんきに散歩しているのだから言わずもがなだろう。

 スヴェンは背中の少女を起こさないよう、当然だと言わんばかりに小さく首をひねった。「生意気だな相変わらず」と笑う中年整備士。

 去り際に「頑張れよ」と軽い声援を受けて「あぁ」と返したころには、馬面のナイトも背後へ。次は帽子頭だ。


「――――でも、昔から変わってないものがあるの。それが魔杖機兵ロッドギアよ」


 帽子頭のガンバンテイン。通称『ビショップ』が、つばの脇と後ろを畳んで先を尖らせた三角帽子を被り、隣に細長い銃を立てかけてこちらを出迎える。白と黒の巨人の狩人だ。帽子は本物ではなかったが、まるでそのように見える。

 輪郭シルエット自体はガンバンテインよりやや細身なだけ、ナイトよりは印象。


「精密な操作が必要とされる魔杖機兵ロッドギアは、今もなお操縦者の魔力を使って機体を動かしてる。文字列回路ルーンサーキットという神経で命令を送り、純物質装甲アンチエーテルフレームという皮膚に覆われ、鋼鉄の肉や骨へ心臓部のエンジンから血の代わりに魔素粒子エーテルを流し、人間のような動きを可能にしている。私たちはさしずめ脳ね。もちろん霊的人工知能SAIの補助もあるけど」


 前を歩くフィーがつらつらとしゃべっているうちに、ビショップの前を通りすぎる。そしてまた、左右で出迎える巨人。目の部分にのぞき穴のスリットが開いた、白と黒のバケツ頭。

 通常のガンバンテインより一回り大きなサイズで、背中に二つの塔のような大砲を背負うガンバンテイン――――通称『ルーク』だ。

 短く刈りこんだ砂色の髪をガシガシとかきながら、ジンが久しぶりに口を挟んだ。


「それで結局、F型魔杖機兵ロッドギアってなんなんだ? せっかく座学から解放されたってのに、なんでこんな長い講釈を俺たちは聞かされてるわけ?」

「お、そうだそれだ」


 当初の目的を思い出し、同意の声を上げる。

 歩みを止めないフィーが赤毛を揺らしながら続けた。


「ガンバンテインが作られてもう五百年……それから大量に生産され、ナイト、ビショップ、ルーク、そしてまだ量産には至ってないけどクイーンと、後継機は続々と作られていったわ。ガンバンテインも改良を繰り返して今の性能に達してる。でも、本質的には何も変わってないの。これだけの時間がたって、魔導技術マギオロジーもどんどん発展していったのに。なぜならガーディの作った魔法の杖ガンバンテインは五百年前の時点ですでに、はるか千年は先を行く超技術だったから。そんなものを当時どうやって作ったのかは、いまだ謎。ガーディを超える者は現れないだろうと言われた……」


 ピタッ、と止まるフィー。口上も同時に。腹でも下したか。

 スヴェンが声をかけようとすると、彼女はガバッと振り返り、ルークの隣にいた青い巨人を手で大きく示した。


「けど、ついに私たちはガーディを超えたの! これはガーディの意志を継いだ幾、いくせん魔導技師マギナーたちの汗と涙の成果、結晶よ!」


 スヴェンはひとつ、物申したかった。目が合ったジンも同じ考えらしい。

 うなずき合ってから口火を切る。


って、そこにお前を含めていいのか?」

「フィーはまだ卵じゃね?」


 とたんに、耳がパタリ。都合のいい耳だ。


「と・に・か・く! これがフェアリータイプ――――おとぎ話の妖精フェアリーの名を冠した、F型魔杖機兵ロッドギアよ!」


 勝手に盛り上がるフィーについしらけた目を向けるが、ジンは興味をもったようだった。


「なるほど、FAIRYフェアリーのFか。つっても、違いがわかんねぇな。見た目は確かにスリムになってるけど…」


 首をひねって横を見上げる砂色の頭。スヴェンも胡乱うろんげな目で続いた。

 リズが逃げこんだ先にいた、青い魔杖機兵ロッドギア。こちらはエイル・ガードナーの死のように秘密裏とはいかず、基地へ運び入れる際、多くの目にさらされていた。

 青く輝く装甲。ナイトほど細身に見えるが、姿かたちは流線形。まるで本当に人間が全身鎧を着ているよう。そして、背の高さは隣のルークとほぼいっしょ。

 ただしそれは、頭部の鶏冠とさかに付いた羽根飾りのせいだった。まるで古代の兵士が兜に付ける、立派なオレンジのモヒカン。機体で再現するのは苦労しただろうに、無駄な努力を。


「というかあれ、どうやって作ったんだ…?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 目を輝かせてしゃべり出したフィーは、モヒカンの構造についての説明はしてくれなかった。


「まず最初に、妖精っていうのはね、私たちやこの自然にあふれている魔力といっしょの存在なの! つまり彼らは魔素粒子エーテルで構成されてるのよ!」

「妖精って時点でうさんくさくね?」

「過去には実在したの! 研究資料もちゃんと残ってるんだから!」


 突きつけられた指の勢いに押され、ジンが身を引く。彼はうなずかなかったが、フィーはドヤ顔で続けた。


「魔力はそもそも、魔素粒子エーテルが『霊極性』っていう霊的な磁力によって動いている状態のことを指すの。つまり、一粒一粒の水が魔素粒子エーテルで、水の流れる川が魔力ね」

「水と、川?」


 頭の中で川魚がピチピチと跳ねる。いや、これではないな絶対。


「そう、魔力って流動体なのよ本来。人がもつ魔力もその人自身の霊極性によって、常に周囲を漂っているわ。東方では『』って呼ばれてたりするけど、それは生命だけじゃなくてこの世界の物質、自然のすべてに備わってるの。けれど、妖精の場合は違う……だって彼らは、存在そのものが魔力なんだから!」


 フィーはこちらへ背を向け、青い巨人を見上げた。


「そこで魔導技師マギナーたちは考えたの。ならば、魔素粒子エーテルの流動制御を司る魔素粒子循環駆動エーテリングドライブシステムで、同じことができるんじゃないかって。つまり血肉――――魔素粒子エーテルを血としてだけでなく、肉そのものにできるのではないかと!」


 グッ、と拳を突き上げるフィー。テンションがおかしい。

 そしてスヴェンがジンと顔を見合わせて少し安心――ついていけないのは自分だけではないらしい――していると、突然のクイズ。


「はいスヴェン君! 魔杖機兵ロッドギアは具体的にどこが動いているでしょーか!?」

「え? お、俺?」

「五、四、三――」

「カウントダウンはやめろおい」


 どうしても焦ってしまう。スヴェンは一呼吸おいて解答した。


「だから、その……関節部分?」

「まぁだいたい正解ね。おまけしといてあげる」


 ホッと胸をなでおろしながらもイラっとする。なんで教師気取りなんだこいつは。


魔素粒子エーテルの流動エネルギーや霊極性の力を利用した、霊圧式アクチュエータ。主に関節部分に集中したその機構で動いてるわ。だけど、このF型はそれだけじゃ――」

「あ、肉?」


 ポンッ、と拳を手のひらへ打つジン。


「つまり、筋肉か? え、じゃああれは本当に鎧で、中身は空洞?」

「フフフ、さすがジン。頭の回転が速いわね。でも惜しい、骨格フレームはあるはずよ」

「あぁそうか、じゃないと動け……でも待て、それはもうアクチュエータとか機械の分類じゃなくて、魔法の領域なんじゃ…?」

魔素粒子エーテルを閉じこめるために皮膚は純物質装甲アンチエーテルフレームだし、機構自体は回路で形成するから魔法じゃないわ。本当に肉体を作るわけじゃなくて、あくまで機能的な模倣もほうだから。もっとも、かぎりなく近いけどね」


 二人の会話を聞きながら、スヴェンはおもむろに背中のリズを背負い直した。どうやら置いてけぼりらしい。


「待てよ、それだと今の何倍の回路が必要なんだ? 百とか千倍どころじゃ…?」

「どれぐらい必要なのかはわかりませーん」

「おい、なんだそれ」

「机上の空論ってやつ? 途方もなさすぎて設計図すら作られたことがないの。外観以外は」

「は? じゃあこいつは?」

「だからすごいんじゃない!」


 そしてフィーは、はしゃぎながらモヒカン頭へと駆け出した。


魔導技師マギナーの夢に、触り放題だー!」


 その場にぽつんと取り残される二名。スヤスヤと寝息をたてるその他一名。

 ジンが遠くを見つめて言う。


「まぁ、俺が触り放題って言ったから仕方ないんだけどな…」

「さっきも言ったけど、親睦はどこ行った?」


 己の欲望のまま。親睦とは真逆だ。スヴェンはため息をついて、フィーが仕事中の整備士へと話しかける姿を見守った。

 そしてとたんに、顔つきを変える。


「とりあえず、俺にもわかったことがある」

「お、なんだ?」


 本当はわかっていないくせに、と言いたげなからかいを含む声音。

 それに硬い声を返す。


「あいつが重度の魔導技師オタクってことと、そして、あの機体が……」


 エイル・ガードナーの最期さいごの言葉――――


「あれが、例の『フリズスキャールブ』ってことだな」


 机上の空論。フィーでさえ実在することを知らなかった、特別な魔杖機兵ロッドギア

 エイル・ガードナーは、きっとあれを――


「違う」

「――え?」


 虚を突かれ、スヴェンは呆けた。あまりにもあっさりとした否定。

 そう断じた、いたずらっ子の笑みが似合う相棒の顔は――


「あれはたぶん、違うと思う」


――これまでに見たことがないほど、曇っていた。

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