3 ――オタクと読む
日の入りが迫る刻限、格納庫内部。仕事終わりの整備士たちにあいさつしながら広い正面通路を歩く。左右を挟む巨人は訓練用のガンバンテインではなく、この基地へ配備された正式な機体。
最初にこちらを出迎えたのは、白と黒のガンバンテインだった。
「――――
幅広の剣と大きな四角い盾。それらを両側のハンガーに立てかけ、色違いの丸頭が静かに頭上でにらみ合う。
その視線をくぐる小人の足音は三人分。その他一名は背中でおねんね。
「杖に刻んだ
そんな
馬の頭部を模した細身のガンバンテイン――――通称『ナイト』だ。
「それから五百年。彼の生み出した
「こっちが聞きてぇ」
「あ、そうそう! それでね、
スヴェンは頭を抱えたくなった。
隣でジンはあくび。格納庫へ入る際にカメラを取り上げられたので暇らしい。リズは耳元ですやすや。
まくしたてるフィーの
などと考えていたら「よう、おめでとうリー導師」とすれ違いざまに声をかけられた。顔見知りの中年整備士だ。試験の結果を知らずとも、こんなところでのんきに散歩しているのだから言わずもがなだろう。
スヴェンは背中の少女を起こさないよう、当然だと言わんばかりに小さく首をひねった。「生意気だな相変わらず」と笑う中年整備士。
去り際に「頑張れよ」と軽い声援を受けて「あぁ」と返したころには、馬面のナイトも背後へ。次は帽子頭だ。
「――――でも、昔から変わってないものがあるの。それが
帽子頭のガンバンテイン。通称『ビショップ』が、つばの脇と後ろを畳んで先を尖らせた三角帽子を被り、隣に細長い銃を立てかけてこちらを出迎える。白と黒の巨人の狩人だ。帽子は本物ではなかったが、まるでそのように見える。
「精密な操作が必要とされる
前を歩くフィーがつらつらとしゃべっているうちに、ビショップの前を通りすぎる。そしてまた、左右で出迎える巨人。目の部分にのぞき穴のスリットが開いた、白と黒のバケツ頭。
通常のガンバンテインより一回り大きなサイズで、背中に二つの塔のような大砲を背負うガンバンテイン――――通称『ルーク』だ。
短く刈りこんだ砂色の髪をガシガシとかきながら、ジンが久しぶりに口を挟んだ。
「それで結局、F型
「お、そうだそれだ」
当初の目的を思い出し、同意の声を上げる。
歩みを止めないフィーが赤毛を揺らしながら続けた。
「ガンバンテインが作られてもう五百年……それから大量に生産され、ナイト、ビショップ、ルーク、そしてまだ量産には至ってないけどクイーンと、後継機は続々と作られていったわ。ガンバンテインも改良を繰り返して今の性能に達してる。でも、本質的には何も変わってないの。これだけの時間がたって、
ピタッ、と止まるフィー。口上も同時に。腹でも下したか。
スヴェンが声をかけようとすると、彼女はガバッと振り返り、ルークの隣にいた青い巨人を手で大きく示した。
「けど、ついに私たちはガーディを超えたの! これはガーディの意志を継いだ幾、
スヴェンはひとつ、物申したかった。目が合ったジンも同じ考えらしい。
うなずき合ってから口火を切る。
「私たちって、そこにお前を含めていいのか?」
「フィーはまだ卵じゃね?」
とたんに、耳がパタリ。都合のいい耳だ。
「と・に・か・く! これがフェアリータイプ――――おとぎ話の
勝手に盛り上がるフィーについしらけた目を向けるが、ジンは興味をもったようだった。
「なるほど、
首をひねって横を見上げる砂色の頭。スヴェンも
リズが逃げこんだ先にいた、青い
青く輝く装甲。ナイトほど細身に見えるが、姿かたちは流線形。まるで本当に人間が全身鎧を着ているよう。そして、背の高さは隣のルークとほぼいっしょ。
ただしそれは、頭部の
「というかあれ、どうやって作ったんだ…?」
「よくぞ聞いてくれました!」
目を輝かせてしゃべり出したフィーは、モヒカンの構造についての説明はしてくれなかった。
「まず最初に、妖精っていうのはね、私たちやこの自然にあふれている魔力といっしょの存在なの! つまり彼らは
「妖精って時点でうさんくさくね?」
「過去には実在したの! 研究資料もちゃんと残ってるんだから!」
突きつけられた指の勢いに押され、ジンが身を引く。彼はうなずかなかったが、フィーはドヤ顔で続けた。
「魔力はそもそも、
「水と、川?」
頭の中で川魚がピチピチと跳ねる。いや、これではないな絶対。
「そう、魔力って流動体なのよ本来。人がもつ魔力もその人自身の霊極性によって、常に周囲を漂っているわ。東方では『
フィーはこちらへ背を向け、青い巨人を見上げた。
「そこで
グッ、と拳を突き上げるフィー。テンションがおかしい。
そしてスヴェンがジンと顔を見合わせて少し安心――ついていけないのは自分だけではないらしい――していると、突然のクイズ。
「はいスヴェン君!
「え? お、俺?」
「五、四、三――」
「カウントダウンはやめろおい」
どうしても焦ってしまう。スヴェンは一呼吸おいて解答した。
「だから、その……関節部分?」
「まぁだいたい正解ね。おまけしといてあげる」
ホッと胸をなでおろしながらもイラっとする。なんで教師気取りなんだこいつは。
「
「あ、肉?」
ポンッ、と拳を手のひらへ打つジン。
「つまり、筋肉か? え、じゃああれは本当に鎧で、中身は空洞?」
「フフフ、さすがジン。頭の回転が速いわね。でも惜しい、
「あぁそうか、じゃないと動け……でも待て、それはもうアクチュエータとか機械の分類じゃなくて、魔法の領域なんじゃ…?」
「
二人の会話を聞きながら、スヴェンはおもむろに背中のリズを背負い直した。どうやら置いてけぼりらしい。
「待てよ、それだと今の何倍の回路が必要なんだ? 百とか千倍どころじゃ…?」
「どれぐらい必要なのかはわかりませーん」
「おい、なんだそれ」
「机上の空論ってやつ? 途方もなさすぎて設計図すら作られたことがないの。外観以外は」
「は? じゃあこいつは?」
「だからすごいんじゃない!」
そしてフィーは、はしゃぎながらモヒカン頭へと駆け出した。
「
その場にぽつんと取り残される二名。スヤスヤと寝息をたてるその他一名。
ジンが遠くを見つめて言う。
「まぁ、俺が触り放題って言ったから仕方ないんだけどな…」
「さっきも言ったけど、親睦はどこ行った?」
己の欲望のまま。親睦とは真逆だ。スヴェンはため息をついて、フィーが仕事中の整備士へと話しかける姿を見守った。
そしてとたんに、顔つきを変える。
「とりあえず、俺にもわかったことがある」
「お、なんだ?」
本当はわかっていないくせに、と言いたげなからかいを含む声音。
それに硬い声を返す。
「あいつが重度の
エイル・ガードナーの
「あれが、例の『フリズスキャールブ』ってことだな」
机上の空論。フィーでさえ実在することを知らなかった、特別な
エイル・ガードナーは、きっとあれを――
「違う」
「――え?」
虚を突かれ、スヴェンは呆けた。あまりにもあっさりとした否定。
そう断じた、いたずらっ子の笑みが似合う相棒の顔は――
「あれはたぶん、違うと思う」
――これまでに見たことがないほど、曇っていた。
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