2 魔導技師と書いて――
チャックの「え、俺たちもう用済み!?」という叫び声とともに、実験は終了した。
四人とリズの顔合わせを撮影するだけの実験。カメラの存在を知らないらしいリズだったが、それでも相対する人間に怯えて、終始スヴェンの後ろへ隠れていた。実験できたのかはジンにしかわからない。そもそもなんの実験だったのか。
すごすごと帰る四人がこれから乗るのは、遠くの駐屯基地へ向かう車。それの出発まで見送ろうかと四人の後に続けば、
『いや、ここでいいよ』
『来るんじゃねぇよ泣いちゃうだろうが!』
『フィーも遠慮しといてねー』
『来たらぶっ飛ばすから』
再会の約束――ケイトは果たし合いの予約――だけ交わして四人の背中を見送っていると、少し離れて同じように見送っていたジンが言う。
「まぁ、あいつらなら大丈夫だろ。悪運強そうだし」
「ジンに言われたくないと思うよ。でも、そうだね。きっと大丈夫。ミゲルとチャックは内地の治安部隊に帰るんだろうし、サラは民間の見習い
フィーの言葉にスヴェンは驚いた。
「そうか。サラはともかく、あの二人も内地だったのか。ならわりと安心だな」
「……お前、知らなかったの?」
「スヴェンって冷たいよね」
「え。いや、だって、あいつらも特に言わなかったし……」
しどろもどろに返せば「ふーん…」と含みをもたせてフィーが顔を背ける。ふわりと揺れる、肩までの赤毛。「あーあ」とこぼすジン。なぜ。
スヴェンは話題を変えようと残る一人の名を口にした。
「ケイトは? あいつも内地――」
「あいつは前線だよ、元から。俺らと同じ」
「――そうか……」
東方戦線。最近は大きな戦闘は行われていないが、連合軍との全面衝突はいつ起きても不思議ではない。そのときにはまた多くの兵が死に、それまでの小競り合いでどれだけ数が減るのか。
願わくば、ケイトがそこに含まれないことを。スヴェンは遠い目をして、嫌いではない彼女の小さくなる背中を見つめた。
すると、
――クイッ。
「? リズ、どうした?」
ローブの袖を引っ張ったリズへ文句も言わず、スヴェンは慣れた調子で視線を落とした。
もうかれこれ丸一日以上、そんな状態が続いていたからだった。
エイル・ガードナーの遺体の回収は秘密裏に行われた。ジンが気を利かせて上官にしか連絡を入れなかったのだ。だから、かの有名
そもそも、彼女の正体を実は誰もわかっていない。エイル・ガードナーに娘はいなかったからだ。リズもエイルの所在にすらまったく興味がない様子で、自分の名前を口にして以来ずっとしゃべらなくなった。これは困ったと頭を悩ませる教官たち。
結論として、とりあえず保護。エイル・ガードナーの関係者へ死亡の連絡とともに問い合わせ、それでもわからなければ施設へ。スヴェンやジンなどもかつていた戦災孤児が多くいる孤児院行き。
それまで少女の子守りを、しがみついてそばを離れないスヴェンと発見者二人に任せるのは至極当然らしい。もちろん反対したが聞き入れてもらえず、おかげでいろいろと苦労した。どこにでもついて来るのだ、これが。
そんな精神的に疲れ、気乗りしないスヴェンとは対照的に、フィーは最初からノリノリだった。
「リズちゃんどうしたの? お腹すいた? そんな冷たいお兄ちゃんなんかより、優しいお姉ちゃんが聞いてあげるよ?」
若干のとげ。チクリと胸に刺さってうめくと、
――カクンッ…。
「……眠たいのか?」
再び引っ張られた袖といっしょにリズの頭が落ちる。のぞき込めばそこには、トロンとした目。
「いつも眠そうだからわかりづらいな、お前」
「鏡見てくれば?」
ごもっとも。スヴェンは顔を背けた。
冷たいセリフを吐いたフィーがしゃがみこみ、同じ人間が出したとは思えぬ声色で眠りかけのリズへ語りかける。
「じゃあリズちゃん、今日こそはお姉ちゃんといっしょに寝よっか? ほーら、こっちおいでー……」
そろーっと腕を伸ばすフィー。瞳が妖しく輝き、手をわきわき。鼻息も少し荒い。まさに不審者。
――パチッ。
そんな人物を軽い起き抜けで目の前にしたら、それはもちろん――
――ピュッ!
と逃げ出すは自明の理。
「ってこら! だからっていちいち潜りこむな!」
「また、逃げられた…」
体をひねるスヴェンの前で、フィーがどんよりとした空気を背負う。今のは
おかげで昨夜は、サラとフィーの部屋で寝かしつけるといういたたまれない
そして発信機でもあるのかと思ったが、どうやら匂いをたどってきたらしい。動物か。
「おい、腰にしがみつくな! お前はなんでそんな…!」
裾をめくった侵入者が後ろからひしっとしがみつく。腰にベルトを巻いているので二人羽織にはならないが、後ろのスカート部分を頭から被られた格好。妙に恥ずかしい。
「俺なんかにまとわりつかなくても、フィーは大丈夫だっつってんだろ!」
「いや、フィーはダメだな」
リズを追い出したところで、ピタ、と手が止まる。その隣で、サッと青ざめるフィー。ショックだったらしい。
ジンは撮影したポラロイドカメラから出てきた数枚の写真を見つめていた。
「たぶんそいつ、髪色で判断してる」
「……髪?」
スヴェンは目だけで上を向き、前髪を引っ張った。視界に現れる真っ黒な髪の毛。東方系特有のものだ。
「あとは、瞳の色もかな。チャックには戸惑ってるだけだったのに、目を見たら急に怯え出した」
複数の写真を見比べながらジンが言う。
坊主頭のチャック。瞳の色は青。四人それぞれ、違う髪色と瞳。それに対する反応を撮影。
なるほど、そういう実験だったのか。
「ガードナー博士の件もこれでわかった。そいつも博士もたぶん、スヴェンの黒髪に反応してる」
「赤毛はダメってこと!?」
「というか、黒髪以外はダメみたいだな。子どもに好かれそうなサラより、あのケイトのほうが拒絶反応は少なかった」
柔らかな女性像を体現する茶髪のサラよりも、とげとげしい黒髪美人のケイトを選ぶ子ども。理由はなんだろうか。
「母親が黒髪……だったりするのか?」
「その可能性もあるけど、それだとケイトよりお前に
「おいコラ、どういう意味だ」
「そもそも結局、全員に怯えてた。単純に髪色や瞳だけじゃないとするなら……」
こちらを無視してあごに手をやるジン。スヴェンは眠たげな細い目をつり上げ、向けるだけで人を殺せそうな視線――つまりこういうところだろう――を彼に送った。ぶん殴れなかったのはリズに袖を掴まれていたからだ。
そして、ジンが何か閃く。
「東方系…?」
「あ?」
思わず低い声が出るも、ジンは夢中で気付かなかったようだ。
「そうか、東方系……
首を傾げたフィーがリズを見る。
「じゃあ、親が
残念そうなため息が尾を引いたのは、リズにまたもや逃げられたからだった。だが、ローブに隠れようとせず、背中へ回っただけのリズは、スヴェンのわきの間からジーッと相手を観察。警戒心が少し薄れているらしい。
「まぁ、東方の血は混じってなさそうだよな」
「だとすると、友達とか……お世話されてた、とか?」
「あり得るな。
奴隷のような肉体労働や小間使い、ありとあらゆる雑用係。職に就けるだけでもありがたく、女性ならばメイドとして雇ってもらえれば
だから死んだ。父も、母も――
「……スヴェン、あの…」
――ふと、気まずげな声に気付く。
「リズちゃん怖がっちゃうよ、それ…」
自らの眉間を指差すフィー。その姿を見てハッとし、ハの字になっていた自分の
そして、怯えさせてしまったかもしれないリズを見下ろそうとして――
――キュッ。
冷たい小さな手が、拳を解いた手に絡まった。
「リズ…?」
か弱い力。まっすぐ見上げてくる、伏し目がちな
スヴェンは思わず目をそらし、小さな手を振り払った。その手を追いかけようとしたリズはすぐに諦め、代わりにローブの端をつまんだ。相変わらずぼんやりとしていて、何を考えているのかわからない。
そしてジンは、何やら考え中。
「ウソだろ、まさか…」
小さな声を拾うがスヴェンは反応しなかった。モヤモヤしたまま静かに目を伏せる。
重苦しい空気。その唯一の犠牲者だった赤毛の彼女が、思いきり手を叩いた。
――パンッ!
「親睦会!」
『……は?』
重なる音に合わせ、小首を傾げたリズの長い髪が揺れる。
フィーはかまわずに続けた。
「親睦会しよう! そしたら、リズちゃんとも仲良くなれるかもしれないし!」
「……どうなんだ、ジン」
「無理じゃね?」
「ええいうるさいっ! やるったらやるの! ほら、移動移動!」
背中を向けて歩き出すフィー。どうやら拒否権はないようだ。
「どこに行くんだ? 食堂か?」
「もちろん!」
「人の多い場所はやめとけ。そいつにゃかなりストレスだ」
ジンのひと言に、ピタ、と行進が止まる。そこまで考えが及んでいなかったらしい。自分もだったが。
「……じゃあ、何する?」
ジンが呆れて肩をすくめた。
「おい言い出しっぺ。まぁ、どこか野外で食うならありなんじゃね?」
「じゃあどこか、見晴らしのいい……」
そしてフィーが目をとめたのは、背景となっていた巨大な扉。
「……見学」
「は?」
と聞き返し、スヴェンは思った。
「F型
「それはフィーがしたいことじゃね?」
「親睦どこ行った」
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