9 VS.ブラック小隊withバウマン
スヴェンはむしゃくしゃしていた。
だからつい、加減を忘れてしまったのだ。
――ドガァッ!
ハッとして、目の前のスクリーンを注視する。後方へ吹き飛ぶのは巨大な剣と盾を持った丸頭の巨人。基地に配備されている黒のガンバンテインだ。
――ズシィンッ!
晴天の荒野。乾いた地面を震わす轟音。左足でブレーキを踏み、両足の間に刺さった操縦桿から片手だけ離す。
すぐに回線を開こうとするも、
『足を止めるな、リー!』
狭い空間で重く響いたバウマンの言葉に体が自然と反応し、右足がアクセルを踏むとスクリーンの景色が後ろへ流れていく。すぐに片手で操縦桿を動かし、アクセルからブレーキへ。
「――――このっ…!」
急加速のまま振り返り、
中央にとらえるのは、背負った二つの搭を見せつける小さな
同時に飛んでくる、パイロットからの通信。
『模擬戦とはいえこちらは完全武装だ。実戦と変わらん』
突然の模擬戦。フェンスの修理があるため、遠く離れた敷地外に
太陽が空へ顔を出してしばらく、自分が操縦して行ったマーシャルの運搬含め、必要な物――やはりと言うべきか、ここにはレインとリズも含まれていた――を積み終えた後、書類のやり取りをしていた最中にいきなり決めたらしい。
先のグラスホッパー戦でやられたホワイト小隊は修理中のため、相手は基地に残っていたブラック小隊が相手。加えて、ブレン・バウマン隊長の白いルーク。実弾、および
それに比べ、マーシャルは無手。
『油断しているとケガだけでは済まんぞ』
「わかってますよ、教官」
『
呆れをおまけで付けた、お決まりの訂正。しつこい。どっちでもいいだろうが。
胸のあたりでざわつくいら立ちにスヴェンが歯ぎしりしていると――
『わかったなどと、軽々しく言うな』
――ガガガガ――――ッ!
「っ!?」
撃たれている。どこから――――背後。
マーシャルを振り向かせると、そこには銃弾の雨。
それをくぐり抜けて見えたのは、上半身だけむくりと起き上がったガンバンテインが剣を捨て、片手で小銃を乱射する姿。
「————ざけんなっ! さっきの蹴りで
『自分で後ろへ跳んだだけだ。衝撃に備えて、パイロットは無事。戦闘が継続可能なことは狙いの正確さでわかるはずだ』
そう言いながら、後ろでルークの動く気配。射線上から逃れたらしい。よけて同士討ちを狙うのがベストだったか。
悔やんでいる間にも状況は進み、寝転がって拾を乱射していた丸頭のそばへ馬面が近付く。細身で身軽そうな機体に、巨大な
『本気でやれとの命令だ。悪く思うな』
警戒するも、ルークからの
『F型とやらでも、背中のバックパックさえやってしまえば……!?』
――バシュゥンッ!
交代する援護射撃。味方を起こす邪魔はさせまいと遠くから放たれた一筋の光線は、従来の
帽子頭の
それが、視界の右端から。
『……無傷? バカな、いくら通常弾とはいえ――』
それを、
――バァンッ!
『――なっ…!?』
言葉を失う声。空に消える光。
はじき飛ばした腕の装甲の被害を確認。
――
ということは、先ほど撃たれたバックパックのエネルギータンクからも
『なんて硬さ……それに、速い…!』
それは、操縦桿から各部へ命令が下りる伝達速度。霊圧式アクチュエータによる物理エネルギーへの変換効率、つまりは瞬発力。それによる、光のような速さの弾丸をはじき飛ばすことが、たとえ視認してからでも可能である超反応。
まるで生身のように、マーシャルは動いてくれた。
『ガンバンテインでは引き出せなかった
バウマンの
「足を止るなっつってたけど、口は止めたほうがいいんじゃないすか?」
『……何?』
「のんびりしてんなってことですよっ!」
――キィィィ――――ッ!
ベタ踏するアクセル。吹き飛ぶ景色。
再び放たれた光の矢を後に、背中の
こちらに気付いた二体が態勢を整える前に
――ドカァンッ!
ビリヤードのボールのようにぶつかり合う巨体。勢いを失うマーシャルと吹き飛ぶガンバンテイン。不意打ちに近い。やったか。
その確認をする前に、
『! いかん、距離を取れっ!』
近接戦闘。武装のないマーシャルの唯一の活路。
そして、最大の利点。
――バキッ!
スクリーンに迫る尖った槍先をマーシャルの
加えて、関節可動域の広さと自由度。片足立ちでも巨体のバランスを保つ
――あばよ、
――
(ただ、昔に……元に戻っただけだ…!)
ズシンッ、と足元にナイトを
しかし、そんな時間は与えてもらえない。
――バシュゥンッ!
「――――ざってぇんだよっ!」
光の弾丸を再び腕ではじき、射線から狙撃地点を割り出そうとスクリーンを見る。索敵範囲外だろうからレーダーは使えない。この目だけが頼り。
荒れ地の広がる景観に潜める場所は少なかったが、スヴェンはすぐに見つけた。
「そこかっ!」
頂上が平らな土色の柱。人間サイズだと登るのは危ない断崖絶壁だが、ビショップにとっては銃の台座にちょうどいい。
血が上った頭に冷静さはなく、本能で操縦桿を動かす。そしてマーシャルが拾ったのは足下の大きな岩。
――キラッ。
光る銃口。位置はドンピシャ。黒いビショップがその帽子頭を出し、台座へ銃を置いた瞬間にはすでに次の行動へスヴェンは移っていた。
操縦桿を前へ。マーシャルが
左へ後ろへと動かす。片足立ちで体をひねり、
そして浮かせた足を踏み出すと同時に、足裏の
――ビシュンッ!
まるで自分が投げたかのような感覚で、マーシャルが
――グシャッ!
そして見事、
「ハッ、
後ろ足で地面を蹴り、背中の
『……
その場で何もできなかったバウマンが呆然と言う。ルークは背中にある二丁の大砲、そしてその巨体と分厚い装甲を生かした突進攻撃しかない。近接武器のサブウェポンは持っていないようだし、友軍機が二体そばに転がっていれば突進できず、手の打ちようがないのは自明の理。ざまぁみろ。
スヴェンは歪めた口から皮肉を言おうとしたが、うまく呼吸ができなかった。
「そんなの……ハァッ、ハァ…。いつもの……こと…」
先ほどよりも大きく肩が上下し、空気を求め続ける肺が言葉を邪魔する。なんで、こんな急に。いつから。スヴェンは意識が
どうして――――いつも、こんな目に。
――ズシン…。
『? リー?』
仰向けに倒れるガンバンテイン。目がかすみ、
顔の
『おい、何をする気だ? そいつはもう戦闘不能だ』
こちらを見て何か言っている。あごの骨を折ってやったからうまく命乞いもできないらしい。傑作だ。
けど、まだだ。
『! やめろリー!』
「うるせぇっ!」
馬乗りになり、血で染まった拳を振り上げ、顔面へ叩きつける。何度も何度も。
もう二度と歯向かえないように。恐怖で
自分が、傷つけられる前に。
あぁ、そうだいっそ――
『もういい、模擬戦は終わりだ! やめろっ!』
――グッ。
――息の根を、止めてやろうか。
『スヴェン!』
ピタ、と手が止まる。自分の名。
いつぶりだろう、自分の名を呼ばれるのは。
そして、
――パチ、パチ、パチ……。
小さく続く拍手が、催眠術をゆっくりと解くように、スヴェンを現実へと引き戻した。
『お疲れさま、スヴェン・リー導師。そこまででいいよ』
誰だ――――いや、知っている。
人の心にスッと入りこむ、風に揺れる鈴の音のような声。
「アナ、スタシア…?」
『おや、いきなり呼び捨てかい?』
「っ! す、すみません、ストラノフ
慌てて敬礼しようとして、スヴェンはめまいがした。体が重い。まるで
凝り固まるほど強く握っていた操縦桿。それを不思議に思いながら左右へ視線を向けようとすると、飛びこんでくるスクリーンの光景。
「……これ――」
マーシャルの手が、ボコボコに潰れた顔をした機体の首を絞めていた。
「――俺が、やった…?」
サッ、と血の気が引く。肌が
震える両手を操縦桿から離そうとしたところでマーシャルの肩に軽い衝撃があり、遅れてバウマンの声が通信越しに聞こえた。
『大丈夫か、リー』
「……教官」
スクリーンに映るバケツ頭。マーシャルの肩に手を置いたルークを見ながら、スヴェンは弱々しい声で間違っている呼称をつぶやいた。
訂正する声は、返ってこなかった。
『ゆっくりでいい。そいつを動かせるか?』
「は、はい、なんとか…」
『良し。じゃあ、まずはその手を解くぞ。慌てなくていい、パイロットは無事だ。お前は
ゆっくり言い聞かせる声の調子。おかげで少し落ち着き、スヴェンは言われるがままに操縦し続けた。
その間ずっと、夢の狭間で見た過去の光景が何度もフラッシュバックし、手には生首の感触がよみがえっていた。
怪我人の確認や機体の回収作業のやり取りを通信越しにボーっと聞いていると、アナスタシアがこちらへ個別回線をつないだ。
すると、なんの前置きもなしにこう言う。
『ナターシャでいいよ、スヴェン』
「は?」
『私の愛称さ。階級もいらない』
「……急になんですか?」
新人が、直属の上司へ呼び捨て。そんな先ほどの失態に対する皮肉だろうか。しかし、どうもそんな様子ではない。
スヴェンは首を傾げながらも正直に答えた。
「呼ばれるのはいいですが、呼ぶのはちょっと…」
『実は家族にも呼ばせていないんだ。だから、君が初めてさ。フフ、
人の話を無視して、まるで少女のようにはしゃぐアナスタシア。別人のようで、それは別人ではない。
きっと、彼女は興奮しているのだ。
『投げた岩が銃に当たったのは運が良かっただけだろうけど……フ、フフフ、あそこまで素晴らしいデータが取れるなんて、予想だにしなかったよ…』
耳にこびりつく、甘ったるい声。
『君だけには許すよ、スヴェン。私を愛称で呼ぶことを。君が、私の初めての男さ』
背筋が凍りつき、しゃべれなくなってしまったスヴェンは思い出していた。
『君はトクベツ、だからね…』
あの夜の、狂気的な瞳を。
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