9 VS.ブラック小隊withバウマン

 スヴェンはむしゃくしゃしていた。

 だからつい、加減を忘れてしまったのだ。



――ドガァッ!



 ハッとして、目の前のスクリーンを注視する。後方へ吹き飛ぶのは巨大な剣と盾を持った丸頭の巨人。基地に配備されている黒のガンバンテインだ。



――ズシィンッ!



 晴天の荒野。乾いた地面を震わす轟音。左足でブレーキを踏み、両足の間に刺さった操縦桿から片手だけ離す。

 すぐに回線を開こうとするも、怒号どごうが頭を揺らした。


『足を止めるな、リー!』


 狭い空間で重く響いたバウマンの言葉に体が自然と反応し、右足がアクセルを踏むとスクリーンの景色が後ろへ流れていく。すぐに片手で操縦桿を動かし、アクセルからブレーキへ。


「――――このっ…!」


 急加速のまま振り返り、全力フルブレーキング。オレンジのモヒカンを揺らす青い魔杖機兵ロッドギア――――マーシャル。その搭乗席コックピットで、振り回された体へ食いこむベルトが緩まっても、スヴェンは痛みを抱えたような顔のままスクリーンをにらんだ。

 中央にとらえるのは、背負った二つの搭を見せつける小さなとりでのような魔杖機兵ロッドギア――――ルーク。マーシャルに巨体の突進をかわされた後ろ姿の白いルークが、そのバケツ頭をゆっくりとこちらへ向ける。

 同時に飛んでくる、パイロットからの通信。


『模擬戦とはいえこちらは完全武装だ。実戦と変わらん』


 突然の模擬戦。フェンスの修理があるため、遠く離れた敷地外に魔杖機兵ロッドギアを動かしての対複数想定戦闘シミュレーション。アナスタシア・ストラノフの「今すぐマーシャルのデータを取りたい」という一声で決まった傍迷惑はためいわくな予定外行動だ。

 太陽が空へ顔を出してしばらく、自分が操縦して行ったマーシャルの運搬含め、必要な物――やはりと言うべきか、ここにはレインとリズも含まれていた――を積み終えた後、書類のやり取りをしていた最中にいきなり決めたらしい。

 先のグラスホッパー戦でやられたホワイト小隊は修理中のため、相手は基地に残っていたブラック小隊が相手。加えて、ブレン・バウマン隊長の白いルーク。実弾、および魔素粒子銃エーテライフルなどの霊圧式武装の使用許可済み。

 それに比べ、マーシャルは無手。


『油断しているとケガだけでは済まんぞ』

「わかってますよ、教官」

大師たいしだ。お前はまったく……』


 呆れをおまけで付けた、お決まりの訂正。しつこい。どっちでもいいだろうが。

 胸のあたりでざわつくいら立ちにスヴェンが歯ぎしりしていると――


『わかったなどと、軽々しく言うな』



――ガガガガ――――ッ!



「っ!?」


 撃たれている。どこから――――背後。

 マーシャルを振り向かせると、そこには銃弾の雨。視界カメラの防御優先。スクリーンが一瞬で、かばった腕の装甲の色に染まる。

 それをくぐり抜けて見えたのは、上半身だけむくりと起き上がったガンバンテインが剣を捨て、片手で小銃を乱射する姿。魔導式短機関銃MSMG、サブウェポンか。


「————ざけんなっ! さっきの蹴りで退場リングアウトだろうが!」

『自分で後ろへ跳んだだけだ。衝撃に備えて、パイロットは無事。戦闘が継続可能なことは狙いの正確さでわかるはずだ』


 そう言いながら、後ろでルークの動く気配。射線上から逃れたらしい。よけて同士討ちを狙うのがベストだったか。

 悔やんでいる間にも状況は進み、寝転がって拾を乱射していた丸頭のそばへ馬面が近付く。細身で身軽そうな機体に、巨大な騎槍ランスを携えた魔杖機兵ロッドギア――――黒のナイト。助け起こす気のようだ。


『本気でやれとの命令だ。悪く思うな』


 警戒するも、ルークからの背後強襲バックアタックはなし。ナイトがガンバンテインの隣にたどり着き、銃弾の雨が止む。


『F型とやらでも、背中のバックパックさえやってしまえば……!?』



――バシュゥンッ!



 交代する援護射撃。味方を起こす邪魔はさせまいと遠くから放たれた一筋の光線は、従来の魔素粒子銃エーテライフルの弾丸よりも太く長い。

 帽子頭の魔杖機兵ロッドギア、ビショップ専用の狙撃型魔素粒子銃スナイパーエーテライフルの弾丸。

 それが、視界の右端から。


『……無傷? バカな、いくら通常弾とはいえ――』


 それを、機体マーシャルの右腕で――



――バァンッ!



『――なっ…!?』


 言葉を失う声。空に消える光。

 はじき飛ばした腕の装甲の被害を確認。



――純物質装甲アンチエーテルフレーム損傷なし。漏洩ろうえい率ゼロパーセント。



 ということは、先ほど撃たれたバックパックのエネルギータンクからも魔素粒子エーテルのもれはなし。


『なんて硬さ……それに、…!』


 驚愕きょうがくするバウマン。単純な移動速度のことではないだろう。

 それは、操縦桿から各部へ命令が下りる伝達速度。霊圧式アクチュエータによる物理エネルギーへの変換効率、つまりは瞬発力。それによる、光のような速さの弾丸をはじき飛ばすことが、たとえ視認してからでも可能である超反応。

 まるで生身のように、マーシャルは動いてくれた。


『ガンバンテインでは引き出せなかった潜在能力ポテンシャル……お前の反射速度について来れる機体、というわけか…』


 バウマンの饒舌じょうぜつさに気を良くし、一泡吹かせたと思ったスヴェンは自然と邪悪な笑みを浮かべた。


「足を止るなっつってたけど、口は止めたほうがいいんじゃないすか?」

『……何?』

「のんびりしてんなってことですよっ!」



――キィィィ――――ッ!



 ベタ踏するアクセル。吹き飛ぶ景色。

 再び放たれた光の矢を後に、背中の噴射装置バーニアで光のわだちを描きながら、マーシャルは起き上がったガンバンテインとの距離を一瞬で詰めた。

 こちらに気付いた二体が態勢を整える前に肩から突っこむショルダータックル



――ドカァンッ!



 ビリヤードのボールのようにぶつかり合う巨体。勢いを失うマーシャルと吹き飛ぶガンバンテイン。不意打ちに近い。やったか。

 その確認をする前に、騎槍ランスを構えたナイトへ視界カメラを向ける。


『! いかん、距離を取れっ!』


 近接戦闘。武装のないマーシャルの唯一の活路。

 そして、最大の利点。



――バキッ!



 スクリーンに迫る尖った槍先をマーシャルのほおへかすらせ、そのまま馬面めがけて上段蹴り《ハイキック》。後の先カウンターだ。手足のリーチが長く、寸胴な図体ではできない芸当。

 加えて、関節可動域の広さと自由度。片足立ちでも巨体のバランスを保つ霊的人工知能SAIの姿勢制御機能の高さ。マーシャルこいつがあれば誰にも負けない。一人でも戦える――



――あばよ、帝国人くそやろう



――孤独ひとりで、いい。


(ただ、昔に……元に戻っただけだ…!)


 ズシンッ、と足元にナイトをひざまずかせ――頭部に配置された霊的人工知能SAI故障ショートさせ――スヴェンは肩で息をした。ギュッと目をつむり、頭を強く振る。雑念を捨てようとして。

 しかし、そんな時間は与えてもらえない。



――バシュゥンッ!



「――――ざってぇんだよっ!」


 光の弾丸を再び腕ではじき、射線から狙撃地点を割り出そうとスクリーンを見る。索敵範囲外だろうからレーダーは使えない。この目だけが頼り。

 荒れ地の広がる景観に潜める場所は少なかったが、スヴェンはすぐに見つけた。


「そこかっ!」


 頂上が平らな土色の柱。人間サイズだと登るのは危ない断崖絶壁だが、ビショップにとっては銃の台座にちょうどいい。

 血が上った頭に冷静さはなく、本能で操縦桿を動かす。そしてマーシャルが拾ったのは足下の大きな岩。魔杖機兵ロッドギアの手のひらサイズの丸い石。



――キラッ。



 光る銃口。位置はドンピシャ。黒いビショップがその帽子頭を出し、台座へ銃を置いた瞬間にはすでに次の行動へスヴェンは移っていた。

 操縦桿を前へ。マーシャルが腕を振り上げるワインドアップ

 左へ後ろへと動かす。片足立ちで体をひねり、ボールを胸元へ。

 そして浮かせた足を踏み出すと同時に、足裏の車輪ホイール全力固定フルブレーキ。魔力をどのように流しているのか、操縦桿をどう動かしているのか、スヴェンがもはや失念しながらアクセルを踏めば――



――ビシュンッ!



 まるで自分が投げたかのような感覚で、マーシャルがボール投擲とうてき。弾速にも負けない直球ストレート



――グシャッ!



 そして見事、狙撃銃どまんなかを撃ち抜いた。


「ハッ、大当たりストライクだ…!」


 後ろ足で地面を蹴り、背中の噴射装置バーニアまで使っての全力投球フルピッチはマーシャルを前方へつんのめらせたが、それでもきっちり両足を開いて着地。自身の体ではなく機体でガッツポーズをとったスヴェンは、もはやマーシャルと真の意味で一体化していた。


『……魔杖機兵ロッドギアで、投擲とうてき…? バカな、ムチャクチャすぎる…』


 その場で何もできなかったバウマンが呆然と言う。ルークは背中にある二丁の大砲、そしてその巨体と分厚い装甲を生かした突進攻撃しかない。近接武器のサブウェポンは持っていないようだし、友軍機が二体そばに転がっていれば突進できず、手の打ちようがないのは自明の理。ざまぁみろ。

 スヴェンは歪めた口から皮肉を言おうとしたが、うまく呼吸ができなかった。


「そんなの……ハァッ、ハァ…。いつもの……こと…」


 先ほどよりも大きく肩が上下し、空気を求め続ける肺が言葉を邪魔する。なんで、こんな急に。いつから。スヴェンは意識が朦朧もうろうとしていた。

 どうして――――、こんな目に。



――ズシン…。



『? リー?』


 仰向けに倒れるガンバンテイン。目がかすみ、夢現ゆめうつつのスヴェンにはそれが別のものに見えた。

 顔のれ上がった帝国人。いつもいつも、こいつらが悪い。


『おい、何をする気だ? そいつはもう戦闘不能だ』


 こちらを見て何か言っている。あごの骨を折ってやったからうまく命乞いもできないらしい。傑作だ。

 けど、まだだ。


『! やめろリー!』

「うるせぇっ!」


 馬乗りになり、血で染まった拳を振り上げ、顔面へ叩きつける。何度も何度も。

 もう二度と歯向かえないように。恐怖で侮蔑ぶべつを塗り潰すまで。傷つけてくるその口を、手を、心を――――すべてへし折る。

 自分が、傷つけられる前に。

 あぁ、そうだいっそ――


『もういい、模擬戦は終わりだ! やめろっ!』



――グッ。



――息の根を、止めてやろうか。


!』


 ピタ、と手が止まる。自分の名。

 東方系人種イースタニアン、東方系のガキ、サル、ボス、アニキ――――バケモノ。どれでもない。

 いつぶりだろう、自分の名を呼ばれるのは。

 そして、



――パチ、パチ、パチ……。



 小さく続く拍手が、催眠術をゆっくりと解くように、スヴェンを現実へと引き戻した。


『お疲れさま、スヴェン・リー導師。そこまででいいよ』


 誰だ――――いや、知っている。

 人の心にスッと入りこむ、風に揺れる鈴の音のような声。


「アナ、スタシア…?」

『おや、いきなり呼び捨てかい?』

「っ! す、すみません、ストラノフ大師正たいしせい!」


 慌てて敬礼しようとして、スヴェンはめまいがした。体が重い。まるでなまりでも詰めこまれたようだ。それに、手が動かない。

 凝り固まるほど強く握っていた操縦桿。それを不思議に思いながら左右へ視線を向けようとすると、飛びこんでくるスクリーンの光景。


「……これ――」


 マーシャルの手が、ボコボコに潰れた顔をした機体の首を絞めていた。


「――俺が、やった…?」


 サッ、と血の気が引く。肌があわ立つ。冷や汗、ひどい寒気。

 震える両手を操縦桿から離そうとしたところでマーシャルの肩に軽い衝撃があり、遅れてバウマンの声が通信越しに聞こえた。


『大丈夫か、リー』

「……教官」


 スクリーンに映るバケツ頭。マーシャルの肩に手を置いたルークを見ながら、スヴェンは弱々しい声で間違っている呼称をつぶやいた。

 訂正する声は、返ってこなかった。


『ゆっくりでいい。そいつを動かせるか?』

「は、はい、なんとか…」

『良し。じゃあ、まずはその手を解くぞ。慌てなくていい、パイロットは無事だ。お前は搭乗席コックピットを攻撃したわけじゃない。だから、大丈夫だ』


 ゆっくり言い聞かせる声の調子。おかげで少し落ち着き、スヴェンは言われるがままに操縦し続けた。

 その間ずっと、夢の狭間で見た過去の光景が何度もフラッシュバックし、手には生首の感触がよみがえっていた。






 怪我人の確認や機体の回収作業のやり取りを通信越しにボーっと聞いていると、アナスタシアがこちらへ個別回線をつないだ。

 すると、なんの前置きもなしにこう言う。


『ナターシャでいいよ、

「は?」

『私の愛称さ。階級もいらない』

「……急になんですか?」


 新人が、直属の上司へ呼び捨て。そんな先ほどの失態に対する皮肉だろうか。しかし、どうもそんな様子ではない。

 スヴェンは首を傾げながらも正直に答えた。


「呼ばれるのはいいですが、呼ぶのはちょっと…」

『実は家族にも呼ばせていないんだ。だから、君が初めてさ。フフ、年甲斐としがいもなくドキドキしてしまうね』


 人の話を無視して、まるで少女のようにはしゃぐアナスタシア。別人のようで、それは別人ではない。

 きっと、彼女は興奮しているのだ。


『投げた岩が銃に当たったのは運が良かっただけだろうけど……フ、フフフ、あそこまで素晴らしいデータが取れるなんて、予想だにしなかったよ…』


 陶酔とうすいする響き。

 耳にこびりつく、甘ったるい声。


『君だけには許すよ、スヴェン。私を愛称で呼ぶことを。君が、私のさ』


 背筋が凍りつき、しゃべれなくなってしまったスヴェンは思い出していた。


『君は、だからね…』


 あの夜の、狂気的な瞳を。

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