第4話 愛、すれば

1 ブレン・バウマン

「妻は死んでいる。娘も」


 悪い冗談だと思った。


「笑えませんよ、教官」

大師たいしだ。私も、十五年たった今でも笑えん。そして一生そんな日は来ない」


 いつもどおりの訂正。けれど、いつもよりその言葉が遠い。


「だって、みんなそんなこと、ひと言も……ジンだって」

「こんな男に、若くて美人な妻がいることが面白かったのだろう? そしてさらに調べれば、相手は東方系人種イースタニアン。大きな秘密を知った気になる」


 巨大な足マーシャルの影から聞こえたのは、やや自嘲じちょうめいた響き。


「木を隠すには森。情報戦のいろはだ。フレドリックスも頭は切れるが、まだまだひよっこのようだな。といっても、うわさを流したのは私ではないし、歳が離れて見えたのは私が歳を取っただけで……」


 そして彼は、巨大な足の柱からはみ出していた肩を落とし、空に向かってつぶやいた。


「彼女が永遠に、歳を取らなくなっただけだ…」


 スヴェンは呆然と立ち尽くした。そして、大きな存在として自分を導いてくれた人のかすむ背中を見つめた。

 無意識に口をついて出たのは慰めでなく、質問だった。


「どうして死んだんですか?」


 知りたいという欲求ではない。確認だ。

 父と母。帝国に、世間に殺されたも同然の二人。そしてきっと、彼の妻と娘も。

 それを聞いてもなお、ジンは東方系人種じぶんたちへの差別が必要なのだと言えるだろうか。


「俺には、教えてくれてもいいはずでしょ?」


 怒りのにじむ声に、空を見つめるバウマン。

 そのまま、ポツリと。


「殺された」


 あぁ、やっぱり。グッと手のひらに爪を食いこませて、スヴェンは納得した。

 そして――


「彼女と同じ、東方系人種イースタニアンに」

「っ…!?」


――後ろから、頭を鈍器で殴られた気がした。


「……な、なんで…?」

「珍しい話でもない。一つの共同体コミュニティがあれば、そこに強者と弱者が生まれるのは必然だ。お前はきっと、枠からはみ出た強者だったからあまり知らないのだろうな」


 口がうまく動かせないスヴェンとは対照的に、バウマンは淡々と話を進めた。


「だから、そうだな……たぶんお前は――」


 そして、彼は語る。


「――知っておくべきなのかも、しれないな…」


 十五年もの間ずっと、胸に秘めていた物語を。

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