2 VS.訓練部隊

 砂塵さじん舞う荒野。石造りの古城、廃虚はいきょの砦。

 それが、最終試験の舞台だった。



――パララララ――――ッ!



 飛び交う銃声。舞い散る砂埃すなぼこりと削られる石の壁。スヴェンの乗る武骨な巨人――――ガンバンテインはその石壁に身を隠していた。

 銃声が鳴りやむと同時にアクセルを踏む。背中から噴射されるジェット気流と地面を削る車輪ホイールの音にまぎれて聞こえたのは、親友でもあるジン・ヘンドリックスの声だ。


『おい、突っこみすぎだ! リーダーだろお前!』

「だから死ぬ気で援護しろ! リーダーを見殺しにしたら減点だぞ!」

『その前にリーダーとして減点でしょ!?』


 フィー・ヴァレンタインの女性らしい甲高い声が届いた時には、すでに敵地のど真ん中。

 ブレーキをかけて止まると、高い城壁が囲む広い空間に出た。つわものたちが夢の跡。かつては大勢の兵士の訓練場だったのかもしれない。いきなり躍り出た敵に、高所の狙撃手たちは怯んだ様子。

 遅れて、いくつもの光る銃口。似たような形の中で探す異物――――あそこか。


「フィー! 十時の方向! 高台だ!」

『了解!』


 広場に降り注ぐ銃弾の雨の中を滑走していると、一筋の光が空間を横切った。



――バシュッ!



 魔素粒子銃エーテライフル。標準的な武器だが、訓練用魔杖機兵ロッドギアの装備としては最上級だ。

 それを持った敵へ放つ、こちらの光の弾丸は――



――シュゥン…。



――ハズレ。高台の向こう側、青空へとさみしく消えていった。


『なーにやってんだよ、フィー』

「お前に持たすんじゃなかった…」

『うるさいな! こっちだって頑張ってる――――スヴェン!』


 名を呼ばれ、同時にアクセルを踏む。そしてガンバンテインが先ほどまでいた地面には、拳大の穴を穿うがつ光線。敵の魔素粒子銃エーテライフルは健在だ。

 当たるまいと加速。でこぼこの地面を滑走しながら広場を回っていると、別の方向からも同じ光線。

 とっさによけるも、右肩の装甲が深く削られて搭乗席コックピットが揺れた。


「くっ…!」

『あいつら二丁も用意してやがったのか!』

『スヴェン、大丈夫!?』

「問題ない!」


 とは言うものの、スヴェンのガンバンテインからは緑の血しぶきが上がっていた。宙を彩る淡い鮮血。それは、魔杖機兵ロッドギアの内部をめぐる魔力エネルギーだった。

 魔力の構成粒子、魔素粒子エーテルを透過させない純物質金属アンチエテリウム。それを素材とした純物質装甲アンチエーテルフレームが削られたことで内部に閉じこめている魔力が漏れ、いわば出血状態。ただの金属の装甲ならば物理エネルギーをもった魔力弾で肩を貫かれていただろうが、幸いまだ動く。

 とりあえずだ。スヴェンは降り注ぐ弾丸の嵐の中を滑走し続けながら、モニターに備えられているキーボードへと手を伸ばした。



――ピピピピッ!



 平たい盤面に踊る指先。光と音の協奏曲。

 奏でた内容は、損傷部位への魔素粒子エーテル供給遮断。



――遮断完了。右腕ライトアーム稼働率八十パーセント。エネルギー漏洩ろうえい五パーセント。



 モニターの文字を読み取り、計器で魔素粒子エーテル残量を確認。被害は軽微だ。


「俺が実弾を引き受ける! 二人は光弾ビームをなんとかしてくれ!」


 スヴェンの指示に二人が『もうやってるっての!』と声を重ねる。いつの間にやら、弾丸の嵐にまぎれる閃光はこちらでなく壁へと狙いを定めていた。ガタガタ揺れるスクリーンに映るのはガリガリと削られる石壁。無数の穴が開き、もはや盾のていをなしていない。

 そこから現れる、縦長の大きな四角い盾を構えた巨人。ジンの乗ったガンバンテインが盾に身を隠しながら片手で持つ銃を上へ向けて連射していた。


『高所も取られてるし、武装もあっちが上だ! いったん撤退するぞスヴェン!』


 魔導式短機関銃MSMGの実弾が、一筋の光であっさりと消し飛ぶ。射線上にあったジンの機体はかざした盾で五体無事。純物質金属アンチエテリウム製の盾は、攻め手側に配られた魔素粒子銃エーテライフルの対抗手段だった。


「そんな暇ねぇ! 本隊が敵を引きつけてる間に、俺たち別働隊で決着けりをつける!」

『そうは言っても、これ……私たちが引きつけ役になってない!?』


 まだ形を保つ壁から丸い頭を出し、魔導式機関銃MSMGよりも銃身の長い銃を片手で撃つ巨人。フィーのガンバンテインだ。


『おいおい、作戦が読まれてたか?』

「それにしたって…!」


 景色を横へ流すスクリーンが、パッと空を映す。そのまま右へ左へ。

 高台や城壁の上には、魔素粒子銃エーテライフルを持つ狙撃手を含めて十体ほど。


「数が多すぎだろ! 正面の守り、どんだけ手薄にする気なんだこいつら!」

『私たちに怒らないでよ! それよりスヴェン、なんとかして! 全然当たらないっ!』

『それは腕前の問題じゃね?』

「やっぱりお前に持たすんじゃなかった…」

『じゃんけんの結果にぐちぐち言うな!』


 だったら自分でなんとかしてくれ。スヴェンはスクリーンにガンバンテインの手を映しながらなげいた。

 二人の機体と違って無手。打撃力の増すナックルガードをはめてはいるが、何分あちらは壁の上で届くわけ――


「――いや、届かないんなら……」


 落とせばいい。


『え、なんて!?』


 耳ざとく聞きつけたフィーへ、ニヤリと返す。


「ご希望どおり、なんとかするっつったんだよ!」


 スヴェンは急ブレーキをかけた。揺れる反動にベルトが食いこむ。

 そして機体を襲う、銃弾の雨。


『おい、まとになってるぞ!』

「実弾は無視だ! 二人は光弾ビーム牽制けんせい!」

『だからやってるってば!』


 頭上で交錯する光の線。互いに直撃はないらしい。ジンのほうは防戦一方で分が悪そうだ。


(時間はないな。それじゃ、やるか――)



――ガシィンッ!



 突き合わせた左右の鉄拳の音が、搭乗席コックピットに響く銃弾の衝撃音を一瞬だけかき消した。


『カッコつけてる場合じゃないでしょ!』

『遊んでないでさっさとなんとかしろ!』



――純物質装甲アンチエーテルフレーム損傷率二十パーセント到達。



 二人に加えて霊的人工知能SAIにも嫌味たらしく促された気がして、スヴェンは釈然としない思いを抱えながら――気合は大事なのだ――ペダルを踏み抜いた。

 アクセル全開。背中の噴射装置バーニアから、淡い緑光の魔素粒子エーテルが火を噴く。



――キィィィ――――ッ!



 ガタガタ響く揺れと背もたれへ押さえつけられる重圧に耐えながら、目指すは壁。魔杖機兵ロッドギア二体分以上はありそうな高い城壁だ。


『! 何やってんだバカ!』

『スヴェン危ないっ!』


 スクリーンいっぱいに広がる石造りの城壁。二人の警鐘けいしょうも空しく、激突――



――ギャギャギャギャ――――ッ!



――寸前にかけた急ブレーキでシートベルトを体へ食いこませながら、操縦桿を素早く動かす。

 機体の神経である文字列回路ルーンサーキットへと魔力を流して沸き立つのは、内部をめぐるエーテル――――魔素粒子循環駆動エーテリングドライブシステム。関節アクチュエータへとエネルギーを送り、機体の足から腕までを滑らかに動かす。

 そして再現された動きは、正拳突き。



――ドガァァァンッ!



 加速分の勢いを殺さずに上乗せしたその鉄拳を、ガンバンテインは目の前の壁へ打ちこんだ。


『キャッ…! ちょっと、そういうことは先に言って――』

「もう一発」



――ドガァンッ!



 言われたとおりに宣言してから放つ鉄拳。そしてさらに、もう一発。

 二発、三発、ドガンドガン――――ッ。


『お、おいおい、まさか……』


 揺れる足場に、やむ銃弾の雨。代わりに降り注ぐのは大量の砂埃すなぼこり。それに向かって両の拳を打ち続ける武骨な巨人の姿は、まるで滝行をする拳士のようだった。

 そしてジンの血の気が引いた声を引き金に――


『壁、壊す気じゃ…』



――ドガシャァァァ――――ッ! ガラガラガラ…。



――城壁は、崩れ落ちた。


『……なんつー力技』

『スヴェンじゃないと無理だね…』

『技術的にか? それとも思考回路的にか?』

『両方』


 後者はどういう意味だ、と言い返すのをやめて鋭く通信を飛ばす。


「まだだっ!」


 ほぼ生き埋めの敵方は、瓦礫がれきを布団に。だが、砂塵さじんの晴れた向こう側から一機だけ、無事だったガンバンテインがこちらへ銃口を向けていた。しかも厄介なことに、魔素粒子銃エーテライフル持ち。

 スヴェンは迷わずアクセルを踏んだ。


『! バカ! 不用意に――』



――バシュッ!



 かき消されるジンの声。閃光。スクリーンが淡い緑光一色に。

 瞬間、操縦桿を押し倒す。



――バシャンッ!



 収束された魔力弾が武骨な巨人の放った裏拳バックナックルちりと化し、極小の魔素粒子エーテルとなって消える。


ナックルガードこいつ純物質金属アンチエテリウム製だって忘れてちゃ――」


 動揺の見える機体。目前まで迫り、慌てて向けられる銃口。

 そこへ再び裏拳バックナックル



――バキィッ……!



「――減点、だな」


 クルクル回って地面へと突き刺さった魔素粒子銃エーテライフルの背景で、無手のガンバンテイン同士がにらみ合う。片方は両手を上げ、片方は鉄拳を胸へ寸止め。

 目の前の機体と同時に生き埋めの機体たちからも降伏信号を受信し、スヴェンはガンバンテインの拳を下ろした。そして、ひっそりとため息。


(生き埋めは計算外だったな…)


 予定としてはそのまま接近戦に持ちこむつもりだったのだが、棚からぼた餅どころかまさかの瓦礫がれき。合否の結果はさておき、みんな死ななくて良かった。

 できれば敵方に回った仲間へ労いの言葉をかけたかったが試験が終わるまで互いの通信は禁止だということを思い出し、スヴェンは何も言わず機体を後ろへ振り返らせた。そして迎える、二機のガンバンテイン。

 盾持ちが肩をすくめる。


『一兵士としては満点だな』


 それに続く、狙いの甘い魔素粒子銃エーテライフル持ち。


『でも、指揮官としてはどうかなー?』


 楽しげに挑発してくるフィーへ、スヴェンは不満げに返した。


「お前が言ったんだろ、なんとかしろって」


 スクリーンを動かさず、操縦桿だけを動かす。無手のガンバンテインが手で示した先は瓦礫がれき死屍累々ししるいるいの山々。


「だから、

『いや言ったけど、やり方がムチャクチャ…』

『もうやめとけよフィー。言っても無駄だから』


 銃をフリフリと振った盾持ちが、捨てゼリフを残して立ち去る。


『猪突猛進のリーダーをもつと疲れるな、まったく』


 それに続くもう一体。


『ツカレルナ、マッタク』

「似てねぇよ」


 スヴェンは釈然としないまま、ガンバンテインに二体の後を追わせた。

 続く試験に歩を緩めず、そろわぬようでそろった足並みのまま、三体の鋼鉄の巨人はさらに奥へと進んでいった。

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