4 謎多き一行
ベッドの上での攻防を終えてから現在の逃避行に至るまで、スヴェンたちの話にはもう少し続きがあった。そして、そこで活躍したのが謎の
まさかの、タルボだった。
※
腕を
シズクの言うことを百パーセント信じたわけではない。しかし、ウソをついているようにも見えない。迷った
ただ、このまますぐに船から脱出、といかないことだけは理解していた。
『まずはリズを助け出します。詳しい話はそれからで』
予想どおりの言葉へ素直にうなずく。気は
しかし、事はそう簡単に運ばない。
『それで、リズはどこにいるんですか?』
『そうだよ、ちゃんと居場所わかってんだろうな?』
第三者へ向けたような会話だったが、二人は顔を見合わせた。鏡写しの様に目が丸く。それぞれの顔に『ウソ
互いに絶句。暗い部屋を支配する、重苦しい空気。
そんな、始まりの段階で
『――――タルッ!』
ただしそれは、
監視カメラの死角を突き、さらに警備兵をやり過ごしながらの隠密行動は、驚くほどにうまくいった。気配の察知能力が高いくノ一と、何より優秀な
『タル』
警備の存在を察して回り道を余儀なくされたばかりだというのに、タルボがすぐ新たな
進むたび疑心暗鬼に陥り、スヴェンは両手で抱えていた
『お前、本当にわかってんだろうな…?』
『タル!? タルタルタルッ!』
ウィンッ、と
その様子を、シズクが隣で物珍しげに見つめる。
『今、なんと言ったのですか?』
『わかるわけねぇだろ』
『? あなたが作ったのでは?』
『どうしてそうなんだよ。普通にどっかの
『まぁ、そうなんでしょうが……やけに従順なようなので、あなたに』
『今まさにかみつかれそうなんだが?』
なおもジタバタと怒りを訴えるタルボを、スヴェンは放り投げたくなった。亀のように引っこんでコロコロ転がったほうが速いだろうし。
しかし、その先導方法では動きづらい。そう却下した本人はタルボのことを疑いもせず『とにかく急ぎましょう』と、示された道の先へ足音のしない
そして、まっすぐに切りそろえた黒髪を揺らして一言。
『遅れないでくださいね、足手まといさん』
言われてんぞ、と下を見ることはできない。
おめぇのことだよ、と
シズクは多くを語らなかった。
だが、少しばかり引き出した会話から察するに、彼女の――ひいては東方の――狙いは
しかし、リズの居場所はおろか、各所のアクセス権限すら与えられていないというのは大きな誤算だったらしい。扉の横の
ならば自分の部屋に侵入した方法で開けてみろと言い返せば、シャワールームに転がっているので無理とのこと。なんとなく物騒な想像ができたので、生死いかんはわざわざ問わなかった。それに、引き返す時間も惜しい。
そのまましばらく立ち
その時だった。再び、
『タルッ!』
――もとい、
『ちょっと、それを静かにさせてください。周りにばれたらどうする気ですか?』
『うるせぇな、わかってるよ。タルボ、少し黙って――――あ、おいコラッ…!』
スヴェンの手元で暴れ、四本の手足で着地。そのまま四足歩行で壁を登るタルボ。
そんな特技まであったのかという驚きよりも早く、そのシャカシャカした動きに気持ち悪さを感じていると、タルボは認証装置の横に張りついて細い枝のような腕を伸ばした。指のない機械の手をさらに尖らせ、その先を四角い板へと差しこむ。
聞こえてきたのは、モーターがうなるような音。
――チュイィィィンッ…!
『バッ…! バカ野郎お前、何して――』
スヴェンは焦った。仕組みはわからなかったが、タルボが扉を壊していると思ったからだ。隣で素早く動いたシズクも同じように思ったのだろう。爆発でもしようものなら、兵士が一斉に駆けつけてくる恐れがある。
そして彼女がタルボの体を壁から引きはがすと、その結果は眼前に現れた。
――プシュッ、ガーッ。
『――は?』
『え?』
『タルッ』
得意げな声は一人――――いや、
そしてシズクは両手で
『……先に、格納庫で待っててもいいですよ。私、この子と行きますんで…』
事実上の戦力外通告。
なんとかタルボの飼い主然として自らの尊厳を保ちつつ進んでいくと、リズの元へ本当にたどり着いてしまった。内心、疑っていたのに。
『タルボ、お前……マジで
壁の一面がガラス張りの部屋だった。向こう側に、壁だけでなく床や天井まで真っ白な空間。その真ん中にポツンと置かれたベッドの上で、リズがスヤスヤ眠っていた。複雑そうな機械にも囲まれている。病人用のバスローブを着ているせいでどこか病室のような様相にも見えたが、それにしては広すぎて気味が悪い。一面真っ白な景色にも不安をあおられてしまう。
しかし、そう感じていたのは自分だけらしい。
ヒョイッと自分が抱えていた
『タルボさん、ここも開けますか?』
いや、ただ順応性が高いだけか。ついにさん付けし始めたシズクへ白けた目を向けていると、タルボが任せろとばかりに腕を尖らせた。
両手で持ち上げられているのは、ガラス張りのせいで宙に浮いているように見える
だが、すぐにやんだ。先ほどまでと比べて明らかに短い。
『……タルゥ…』
『やはりダメですか』
尻すぼみの音声に、納得の響き。
背後へ回りながら眉をひそめる。
『わかってた、みたいな口ぶりだな』
『ここはセキュリティが固いはずですから。いくらタルボさんでも無理かな、と』
『なんなんだ、あんたのそいつへの信頼。やっぱりそいつって東方で作られ――――っと』
宙を舞うタルボをキャッチ。雑に扱われて不機嫌になるかと思いきや『ただいま!』と手を上げる余裕ぶり。日に日に感情表現が豊かになっているような。
ジーッと一つ目レンズをのぞき込んでいると、シズクが言う。
『こんな高度な
ジリ、とガラスから離れる背中に気圧され、同時に一歩下がる。
そして背中越しに、シズクが胸元から何かを取り出すのが見えた。
『すべては、リズのために』
紙だ。四角い縦長の、薄っぺらい紙。何か模様か文字のようなものが描かれている。気になって目を凝らした瞬間、シズクがその紙を投げた。
まっすぐと飛び、まるで生き物のようにガラスへピタッと貼り付く謎の紙。
なぜか、嫌な予感。
『おい、何する気だ?』
『下がって』
言われずとも、スヴェンの足はすでに下がっていた。無意識だ。
そしてさらに身の内で
――
本能。
すべてに従い、バックステップ。
――
そしてスヴェンは後ろの壁際で、体を丸めた。
『――――
――ドカァァァンッ!
耳をつんざく爆発音。熱風。
途中で紛れた高音は、おそらくガラスの割れた音。
(なんっ…!?)
思考がまとまらずに頭を伏せ続けていると、耳鳴りの向こう側からけたましい警報の音が聞こえてきた。
さらに、その向こう。
――ジャリ…。
静かにガラスを踏みしめる音。
『何を丸まっているんですか』
続く、涼しげな声。
『ここからは強行突破です。あなたの出番は、まだ先ですが……』
スヴェンが顔を上げると、散らばるガラスの破片の上から謎の術を使った女性が、半身で振り返っていた。
『まぁ、遅れないようについて来てください』
そう言って向かう先は、まるであの爆発がちょうどいい目覚ましだったかのように、平然と目をこすって起き上がる謎の少女。そしていつの間にやら、頭の上に乗ってこちらを見下ろしていた何かと役立つ謎の
不思議な世界に巻きこまれた主人公的
『……俺の出番、あんのか…?』
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます