第二部主人公格

※こちらは、第二部からの主人公格なのに、第一部でセリフしか登場させられなかったウィアード三姉妹のお話です。第二部の冒頭になります。




 大陸北東部を中心に活動する魔賊『ウィアード一家』は、その名のとおりウィアード家の人間が率いる魔賊グループだ。

 首領は一家の大黒柱、元軍属の魔導技師マギナーでもあるアッシュ・ウィアード。帝国側にはそう認識されているが、実際のところは違う。

 なぜなら彼は超インドアの魔導技師マギナーであり、食事すらすべて研究室で済ませてしまう研究馬鹿一代ひきこもり。とてもではないが他人にあれこれ命令できる人間ではなかった。だから実質的な権限はすべて、彼の娘の三姉妹が握っている。

 その三姉妹の末っ子であるスカーレット・ウィアード————レティは雄叫びを上げた。


「————ムッキィィィッ! なんなのあの男はぁぁぁっ!」


 隣に父の研究室もある、ウィアード家専用談話室兼食卓。入室し、背後で自動ドアが閉まるなり、彼女は両手で自らの明るい茶髪をかきむしった。

 瑞々みずみずしい肌にまだまだあどけない顔立ち。まぶしい手足を惜しげもなくさらすキャミソールとショートパンツ、短いソックスにスニーカーを履いた姿は、まさに健康優良児そのもの。そんな抜け毛を気にする年頃でもない十五歳の少女は、しっかりと己の毛根にダメージを与えてやや落ち着いたのか、静かに息を整え始めた。

 しかし、どうにも腹の虫が収まらない。「フゥーッ…! フゥーッ…!」とまるで威嚇いかくする猫の様相に。

 それを無言で見つめる、冷めた視線と生温かい視線がそこにはあった。

 狭い部屋。四つの椅子が並ぶ食卓と二人掛けのソファー。その間を行き来するのに一歩しか要せず、ソファーの前方の壁に設置されたモニター画面は食卓どころか、隣接するカウンター付きのキッチンからでも見えるほど。狭いというより所狭しな空間。寝室を改造しただけなので仕方ない。

 そして、最初に声が上がったのはソファーのほうから。


「……あ、終わった?」


 クリーム色のソファーに片足を乗せて座る、次女のヴェルフレイ・ウィアード————ヴェルはそれだけ言って、フイッと視線を落とした。

 ニットパーカーの上からでもわかるほどにスタイル抜群な体——目標にしているのは絶対ないしょだ——を前屈みにして、毛先を巻いた金髪のツインテールを前方へ垂らす。そして常に気だるげな横顔が珍しく集中する先は、ソファーに膝立てていた小麦色強めの生足。

 ミニのワンピース丈、パーカーの長い裾から伸びる足――――そのだった。

 手に持ったほんの小さな刷子ブラシを小瓶に入った液体へチョンと浸し、爪にペタペタ。あ、うるさくて中断してたのかぁ——


「——ってちょっとヴェル姉! かわいい妹の話よりペディキュアのほうが大事なわけ!?」

「フットネイルと呼べい、うるさい妹め」

「へ? え、えっと……だって私、したことないからわかんないんだもんっ!」

「……じゃあ、してやろっか? 来なよ」

「ホント!?」


 喜び勇み尋ねたら、ポンポン、と無言でヴェルが隣を叩いた。信じられない。いつも意地悪なのに、どういう風の吹き回しだろう。

 などと悩んだのはコンマ一秒。


(ま、いっか!)


 ボリュームのあるつけまつげがとても重そうで、こんがり焼けた顔色が鬱蒼うっそうとしていることにも気付かず、レティは内心わーいと小踊りしながら姉の気が変わらぬうちにその隣へ腰掛けようとした。

 それを止めたのはキッチンに立つ長女、ウルディアナ・ウィアード————ディアのおしかりだ。

 

「こーら、ダメでしょ。早くお昼ご飯食べちゃいなさい、レティちゃん」


 糖分多め。そんな、甘い怒り。とても強制力などうかがえない。

 しかし、早くに亡くした母親代わりを長年務めてくれている優しい姉に、レティは頭が上がらなかった。「はーい…」と泣く泣く従い、ピンクのクッションが置かれた自分専用の椅子を引いて食卓へ着く。

 ソファーから聞こえる小さなため息の音をかき消して、目線の高さほどのカウンターに置かれたのはシチュー皿。もちろん中身は言わずもがな。


「えー、またシチュー?」


 不満げにもらすと、ディアがキッチンからカウンター越しに身を乗り出してきた。

 薄い化粧、上品な顔立ち。長い黒髪を後ろでまとめるきれいな三つ編みに、カウンターに乗るほどの双丘で押し上げられたフリフリエプロン。清楚な色気。

 これすなわち、圧倒的新妻感。

 レティにとってそれは、目指すには遠すぎると諦めた頂にして、今なお夢見る理想の果て。


「仕方ないでしょう? こうも追われてちゃ、気軽に街へ買い出しにも行けないんだから。節約よ、節約。お姉ちゃんだって、安売りの日をチェックしてたお店には行けないし、せっかく貯めたポイントも使えないし————有効期限までに帰れるといいんだけど…」


 でもちょっと独身彼氏なしで所帯じみるのは嫌かな、などと密かに思っている長女不孝な末っ子は、足をバタバタした。


「でも飽きたー。朝もだったしー、昨日もその前もー。それに味薄いー」

「ぶーぶー言わないの」


 こつん、とぶたれる。それはもう優しく、もはやただの接触スキンシップと断言できるほどに。そんなことよりも、さらに身を乗り出してきた姉の双丘がカウンターからずり落ちる様に視線は釘付け。

 頭を軽く押さえながら——そしてうらやましげな視線を送りながら——シチュー皿を手に取ると、ネイル作業に集中するヴェルがこちらを見ないまま言った。


「今のうちに味わっときな、レティ。このままだとそう遠くないうちにが始まるんだからさ」

「? じゃがぱ?」

イモーティ。ゆでたジャガイモだけを食う毎日。成長期だって言い張るあんたにはつらいだろうね、育てたいところが育てらんなくて」


 嫌味ったらしく言う次女。それはさておき、じゃがいも、毎日。

 えぶりでいゆでる、食う、おんりー。

 レティはいまだかつてない衝撃を受けた。


!」

「レティちゃん何か変なマンガでも読んだ?」

「すぐ影響されんな、ホント」


 右の耳から左の耳。もはや姉たちの言葉など、シチューをかっ食らい始めたレティには届かず。「味わえっつったそばから…」と呆れる声も馬耳東風ばじとうふう

 ため息が重なり、キッチンの水音とモニターから垂れ流される音声がしばらくその場を支配した。

 そして、タイミングが良いのやら悪いのやら。


『————次のニュースです』


 パッ、と画面に映る指名手配写真。そこには、自分たちプラス父。

 それと大きく


『パイロット養成基地襲撃事件の犯人であるスヴェン・リー元導師、及びその共犯者であるウィアード一家は、一家の所有する獣型けものがた、エレファントバードに乗ってなおも逃走中。追跡する対魔賊特殊機兵部隊ミスティルテインズをことごとく殺害し、その犠牲者の数はなおも増え続け――――』


 何度も見たニュース。もちろん自分たちのこと。

 もう慣れたがいちいち物騒な言葉を使うな、と内心でレティは毒づいた。舌は薄いシチューのまろやかさを探るのに大忙しなのだ。

 塗った爪を乾かしながらニュースを見ていたヴェルが、緩やかに波立たせた二つ結びの毛先を首といっしょに背もたれの後ろへ落とす。だらしない格好の視線の先には、洗い物終わりでこちらへやって来ていたディアの姿が。


「ウチらもすっかり有名人みたいだし……どーよ姉貴、この機会に結婚相手の募集でもかけてみたら?」

「あらあら、もう——」


 ニヤニヤとしたからかいに、ニッコリおしとやか。これぞ新妻の風格。

 されど、実は独身貴族おひとりさまと侮るなかれ。


「――あんた、死にたいの…?」


 背後に修羅しゅらを浮かべしその姿、まさに圧倒的感。猫も杓子しゃくしも平謝りである。


本当にすみませんでしたマジサーセンした

「ごごご、ごめんなさい…!」

「やだもう、なんでレティちゃんまで謝るの? ほら、食べ終わったらお片付けしなさい。髪の毛結んであげるから」


 普段どう思っているのかは絶対に墓場まで持っていこうと改めて誓ったレティは「いえすまむっ!」と勢いよく立ち上がり、食器を手に持った。そこで重大な事実に気付いて——墓場いっしょやん——足取りが重くなるも、そのままキッチンへ。

 途中で目に入った色黒の横顔は冷や汗ダラダラ。なんでもないふうを装っているが、実は戦々恐々ガクブルらしい。だったら最初から言わなきゃいいのに。

 レティはキッチンの洗い場に立ち、蛇口をひねってシチュー皿を洗い始めた。


(ホント、バカだなぁヴェル姉は)


 スポンジを泡立たせて汚れを取る。

 実際は、ディアが本気を出せば引く手あまた。お茶の子さいさいで男などホイホイである。お前の心配をしろギャルめ、と言いたいところ。

 たまに怖いけど、いつも優しいディア。美人でしっかり者なのに時々お茶目で、料理もおいしく家事まで完璧なディア。あと、おっぱいおっきいディア。

 いつか自分も、そんな大人の女性に――


「――あっ!」


 と大きく口を開ける。しまった、すっかり忘れていた。

 お皿の泡を洗い流し、蛇口をキュッと閉めてから、レティは何事かと注目する二人に向かってバンッとカウンターを叩いてみせた。


「私、怒ってるんだった!」


 ちなみに忘れていたのは、に誘われた辺りから。くそう、やはり罠か。


「……ホント、バカだねぇあんたは」

「こーら、やめなさいヴェル。バカな子ほどかわいいって言うでしょ?」

「ディア姉それあんまフォローになってなくない!?」


 などとツッコミながら、狭い部屋の中をタタタッと軽快にスニーカーで鳴らす。そしてボフッとソファーの定位置へ。

 すごく嫌そうな隣のヴェルにかまわず、レティはその肩を揺さぶった。


「聞いて聞いて! あいつ、私になんて言ったと思う!?」

「は? ウザ」

「ブー! ハズレ!」

「いや答えてねぇから……ヤバい、マジでウザい…」


 頭を抱えるヴェル。爪を乾かしているのであまり動きたくないのか、逃げる様子はない。ディアはソファーの後ろに回り、レティの明るい茶髪をくしで優しくとかし始めていた。

 すっぽり収まる安心感。これが、ウィアード家三姉妹の定位置。

 レティが気兼ねなく言い放つ。


「『十年早い』って言われた!」

「いやトーク下手か。何がだよ」

「それよりレティちゃん、どうする? 今日こそはお姉ちゃんとおそろいの三つ編みに――」

「いつものっ!」

「はいはい。もう、レティちゃんのいけずぅ。お姉ちゃんさびしーなー」


 そう言いつつ鼻歌まじりのディアに髪を軽く引っ張られる。

 まとめてサイドでくくり、ひとまとめ。


「今さらだけど姉貴、妹二人に対する愛情の温度差ヤバくない? 風邪ひきそうなんだけど」

「だってー、ヴェルは気付いたらそんな感じだったし」

「幼少期までディスる必要あった?」

「もうっ! ちゃんと聞いてっ!」


 くくらずに残した周りの髪を編みこむのは、いつもおそろいを断られる姉のささやかな抵抗。


「あいつがなんかこっち見てたから『やらしい目で見んな』って言ったの! そしたら——」

「いや十年早いわ」

「そうそうそんな感じでっておんなじこと言わなくたっていいじゃん!? だいたい十年だよ、十年! 十年って、そんなの……」

「……は? そんなの何?」


 そして、編みこんだ髪をサイドの結び目といっしょに、リボン付きのヘアゴムで縛って完成。

 元気七割かわいさ三割の編みこみサイドテール。


「————そんなの私、ディア姉の歳になっちゃうじゃん!」


 毛先をフンフン口ずさみながら整えていた御年おんとし二十六歳の長女が、ピシッ、と固まる。


「あの、レティちゃん…? リアルな数字出すの、お姉ちゃんやめてほしいかなーなんて…」

「リアルには言ってなくね? 正確にはプラス一歳だし」

「あんたは後で私んとこ来な…」

「え、あたしだけ? そろそろグレていい?」

「うーっ! ムカつくぅぅぅっ! あいつなんとかしてよヴェル姉、同い年でしょ!?」

「『ウチら同い年タメじゃーん』だけで通じ合えるなら世界もうちょい平和だわ」

「同い年、十代……いいわね、お肌スベスベで、ハリがあって…」

「脱線してっから。話ややこしくしないで、姉貴。そんな老けこむ歳でも————って、ちょっ、どこ触って…!?」


 女三人寄ればかしましいものだが、特にこの三姉妹はかしましさ増量マシマシ。会話劇だけで本が書けそうな勢いである。

 それを止めてくれたのは、機械的な呼び出し音の後に続く男の声だった。



——ピピッ、ピピッ。



あねさん方、いやすか!? こちら操縦室!』


 ピタリと固まる三姉妹。わちゃわちゃした体勢——ネイル乾燥中の動けぬ次女へ前後から抱きつく長女と末っ子シスコンタッグ——からいち早く正体を取り戻し、ディアが自動ドアに設置された魔力波長マナパターン認証装置へ近寄って操作する。

 通信機能がすぐに立ち上がると、小さなモニターにツルピカ眉なしスキンヘッドが映った。


「オズ、どうかした?」

『レーダーに反応、見つかっちまいやした! 対魔賊特殊機兵部隊ミスティルテインズっす!』

「もー、またー?」


 頬に手を添えて困った顔をするディア。あまり驚いてはいないようだったが、それもそのはず。なぜならここ最近はいつも追われているからだ。

 魔賊の天敵、対魔賊特殊機兵部隊ミスティルテインズ。選りすぐりのパイロットたちで編成されたその魔杖機兵ロッドギア部隊は、ギムリア魔導帝国の血塗られし矢。一度放たれれば敵を貫くまで決して地には落ちず、その身をすべての魔賊の血で染め上げるまで飽き足りぬ狂戦士たち。

 などという喧伝けんでんは大げさもいいところだった。実際、彼らはよほどの事件や魔賊相手ではないと出動しない。たいていの仕事は治安部隊が行なっている。そしてウィアード一家はそのよほどの魔賊に当てはまるのかというと、誰もがそうだとうなずかざるを得ない。

 の天才魔導技師マギナーであるエイル・ガードナーの旧友であり、将来は双璧を成すとまで言われていたもう一人の天才、アッシュ・ウィアード。女性がらみで堕落したとうわさされる彼が、まさかの魔賊となって再び世に出てきたのだ。警戒されるのは至極当然。

 しかし、今までこれほどに追われることはなかった。物心ついた時から魔賊だったレティとしては義賊的なノリなので、一般人を攻撃などしないし、破壊工作などもってのほか。なんなら同じ魔賊をこらしめたりすることさえある。もちろん違法に魔導技術マギオロジーを所持しているので見つかったら追われていたが、相手もそんなこちらをこれほど必死に、血眼ちまなこになってまで追うことは以前までなかった。ほかにも追うべき事件や凶悪な魔賊は山ほどいるのだから。

 ではどうして、こんな状況になっているのか。答えは

 やりすぎなのだ、は。


「それじゃあすぐ行くから、逃げる準備しといてね?」


 ディアの言葉に『へいっ!』と眉なしスキンヘッドのオズは返事したが、通信を切られる寸前に慌てふためいた。


『ま、待ってくだせいあねさん! あの、その……』

「なーに? まだ何か……あっ」


 それは、血のなせるわざか。三姉妹は同時に閃いた。

 嫌な予感。


「まさか、また…!」

「ったく、あの陰キャサイコパスは…」


 自分よりも辛辣しんらつなヴェルへ、ディアが目を向ける。たしなめるのかと思いきや、浮かべたのは同意の表情。

 そして彼女は大きなため息をついて首を振った。


「事情はわかったわ、オズ。それで、彼は今どこ?」

『それが、あのモヒカン頭にもう乗っちまってて、そのー……』

「出撃させろって?」

『させなきゃをぶち壊す、と…』

「……もう少しだけ時間を稼げる? すぐに私たちもそっちへ——」



——ドン!



 壁に手のひら、痛みはジィィィン。

 モニターに壁ドンしたレティは、ドキッとする気持ち悪いオズへカメラ越しに迫った。


「オズ、聞こえる!? すぐそっち戻るから、それまで絶対引き止めといてねっ!」

『いや、だけどお嬢、あいつおっかね——』


 弱気な返事をブツッと画面ごと消し、プシュッと扉を開かせる。キュキュッとスニーカーを鳴らして飛び出した先は、床までピカピカの明るい廊下。

 編みこみサイドテールを元気十割マックスに揺らし、レティは叫びながら駆け出した。


「待ってなさい、スヴェン・リィィィ————ッ!」

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ヴァルハラ・ガーデン・ブレイブス ~高座の少女と神々の将棋盤~ 星城 雪明 @aodorisachi

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