第7話「すいません、だけど見捨てられないッ!」

「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 いつの間にかかなりの距離を離れてしまったようだ。

 体感的には、接敵した場所まで無限の距離があるようにも感じられた。


 それでも、敏捷特化のグエン。

 実際にはかなり早くその現場にたどり着いたようで、付近の臭気によってニャロウ・カンソーがそこにいると感じられた。


 そして、まだ──────シェイラも無事かもしれない。


 だから隠れて近づくような真似をせず、わざと技と足音を立てて、低木を激しく鳴らしながらガサガサと!!




 ババッ!!




 そして、飛び出す!

 さっきの現場に──────!!



《ブシュルウウ?!》



 いた!!

 ニャロウ・カンソーと、シャイラ!!


 その光景は……。

 失禁して怯え切ったシェイラが腰を抜かして一歩も動けないさっきの光景のまま。



 ──茫然自失のシェイラ。



 だけど違って見えたのは、ニャロウ・カンソーが巨大な口を笑みの形に浮かべながら、手に持った得物でシェイラを散々に甚振っている所だった。


 ブワッ! 総毛立つ感覚!

 一瞬にして怒りに我を忘れそうになる──。


「痛い……痛いよぉ!」


 高価な防具はボロボロに、トレードマークの三角帽子も穴だらけ。

 そして、柔らかな皮膚にはいくつもの切り傷と刺し傷が…………。


「シェイラ……!」


 ぼろ布のような少女の姿を見ただけで、グエンの頭に血か上るッ!

 普段、散々彼女に馬鹿にされ、マナック達と一緒にグエンを馬鹿にしていたことすら忘れて──────叫ぶ!!




「てめぇぇえええええ!!」




 ダンッ!! と、最後の一歩を踏み切り───高い敏捷速度のままに、…………一撃インパクトッ!!



「おらぁぁあああああああああッッ!!」

 ──ガィィィィイインン!!




 手に響くジンとした振動。


 思わずスコップを取り落としそうになったものの、グエンは耐える。

 そして、そのインパクトを方向転換に利用してクルリと回転し、スタンッ! とニャロウ・カンソーの上に乗ると、小袋から解毒ポーションアンチポイズンを口に咥える。


 毒の種類が不明な、以上気休めにすぎないだろうが、ないよりマシだ。


 ……そんなことよりも、

「────……子供になにやってんだ、ごらっぁあぁああああああ!!」



 振り上げたスコップを叩く!!


 もう一度振り上げて叩きつける!!

 さらに振りかざしてブッ叩くっっ!!



 ガィン、ガィン、ガィン!!



「おらぁ、おらぁ、おらぁ!!」


 無我夢中でぶっ叩く!!

 それが利くかどうかも考えず、怒りとシェイラを救いたい一心で!!


 らぁぁぁああああああああああああ!!

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「おらぁぁああああああああ!!」


 頭、頭、頭、鼻、口、頭、頭口口頭頭鱗頭頭ぁぁあ!!


 ──くたばりやがれぇぇぇえええええ!!



「ぐ、グエン……?」



 痛みと恐怖に濁った眼をしていたシェイラが、ようやく正気を取り戻す。

 ボロボロの姿ではあったが、まだ辛うじて致命傷は受けていない……これなら!


「シェイラ! 俺が時間を稼ぐ───今のうちに飲め! 撤退するぞ」


 ポイっとポーションの入った小袋を投げ渡すと、驚いた眼でそれを見るも、シェイラは慌てて瓶の中身を飲み干した。


 フワワ―とした淡い光が彼女の傷口を覆い、肌を……顔色を正常に戻していく。

 完全回復とはいいがたいが、ヨロヨロとしつつも何とか動けるようになるシェイラ。


「あ、ありが───」

「はやく立てッ!!」


 「おらぁぁぁあ!」ゴキィィイン!! と、さらに強烈な一撃(グエン的には)を食らわせると、ニャロウ・カンソーから飛び退き、距離をとる。


 これまで反撃を喰らわなかったのは奇跡だろう。


 どうも、シェイラを甚振ることに夢中で周囲に意識を下っていなかったらしい。

 所詮は魔物ということか……。


「掴まれッ」

「きゃっ」


 グエンは地面に降りると同時に、未だに足元がおぼつかないシェイラを抱きかかえる。


 そして、彼女が僅かに身をよじるのもいとわず、無理やり抱締めるようにして脱兎のごとく駆けだした。

「俺が嫌いで──気分悪いかもしれないけど……今は我慢してくれ」

「そ、そんなこと……!」

 驚いた顔のシェイラ。全力で否定するように首をふる。

 そんな激しく反応しなくても……。トホホ。

「ほらっ。これを着とけ、オッサン臭くて申し訳ないけど……。その、なんだ。目のやり場に困る」


 ボロボロに格好のシェイラは実に危うい姿。


 ちびっ子なので色々薄い・・・・けど、女の子には違いない。

 年頃の子がオッサンに見られるのは恥ずかしかろうという配慮で、上着を渡す。


「あぅ。あ、ありがとう……」


 真っ赤な顔でいそいそと体に纏うのを感じながら、グエンはシェイラをお姫様抱っこのままで駆け続ける。


「飛ばすぞッ! 舌を噛むなよ」

「う、……うんッ!」


 そして、毒のせいか顔をすさまじく赤くしたシェイラがグッと首に手を回し身を寄せた。

 ブルブルと未だに震え出しているのは毒のせいばかりでも──────……。



《キシャァッァアアアアアアアア!!》



 ズンズンズンズンズンズンズンズンズンズンズン!!


「うぉ?! き、来やがったな?!」


 ち……。あれぽっちの攻撃が利くわけないか。


 チラリと振り返ったグエン。

 その視界の隅に四足歩行に切り替えたニャロウ・カンソーが───……は、はぇぇぇえええ?!


 敏捷に極振りしているはずのグエンを捕捉したニャロウ・カンソー。

 かなりの速度を出しているグエンだけど、それでも徐々に距離を詰められる。


 く……。まずい。


「ぐ、グエン!?」


 シェイラが背後の様子に気付いて顔面を青ざめさせた。

 そうだ……。


 グエン一人なら逃げ切れる。敏捷特化は伊達じゃないのだ。

 それでも追いつかれるのはつまり────……。


「ぐ、グエン。まさか……」


 自分が枷になっていることに気づいたシェイラが青ざめる。

 また、見捨てられるんじゃないかと……。


(あぁ、そうだ……)


 正直に言おう。たしかに、シェイラが枷となっているのだ───。

 重さも、体の可動範囲も──────……ただの荷物として。


 だけど、な。


「────だけど、置いていきはしないッッッ!」

「ぐ、ぐえん…………」


 その言葉を聞いたシェイラが嗚咽を漏らす。

 ポロリと涙をこぼし、グエンの首に腕を回す。


 安心しろ、シェイラ。

(……俺は見捨てないッ)


 ──そうだ! おいていくものか!!


 仲間を見捨てて、何がSSランクだ!

 何が『光の戦士』だ──────!!


 グエンの決意を知ってシェイラが初めて涙を流した。

 年相応の少女のようにブワッと目に涙をためて声を殺して泣く───。


 グエンの優しさを知り……。

 自分を助けてくれたことを知り───。


 身を犠牲にしてでも、守ってくれようとするその姿に!!


「グエンんん…………」



《ギシャァァァアアアアアアア》



 だが、現実はそう甘くない!

 ニャロウ・カンソーはあっと言う間に追いつき、背後からグエンもろともシェイラを喰らわんとする。


 久しぶりの獲物。

 久しぶりの女の肉───……。


 久しぶりの玩具!! 逃がしてなるものか───と!!






「伏せてッ、グエンっっっ!」

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