第74話「これが、ダンジョン……(前編)」

 それから、数日後……。



 ギルドと衛兵隊とひと悶着はあったが、グエン達はひとまず魔物の群れを殲滅したということで、後方で休息をとることが許された。


 ひとまず・・・・──というのも、あれほどの規模で襲い掛かってきた魔物の群れが、たった数名の冒険者の活躍で殲滅されたなどということが誰にも信用されなかったためだ。


 確かに討伐証明としてのオークメイジの首はあったものの、衛兵隊は自分たちのが発見した魔物の群れの脅威が今にもやって来るという恐怖感にとらわれていたため、かたくなに防衛体制を崩そうとはしなかった。


 結果。

 街はいつまでたっても戒厳令を敷かれたままで、封鎖状態が保たれていた。

 いつ来るともしれない魔物の群れに怯えて……。


 しかし、そんな魔物は二度と来るはずもなく、いち早く動いたのはティナが指揮する冒険者ギルド。

 そして、SSSランクであり、「監察官」でもあったリズの報告は最上位クラスの確度を持つ情報として扱われた。

 

 そのため、ひそかにギルド本部には使いを出し、事の顛末を報告するティナ。

 そして、ここからが重要ではあるが、

 リズとグエンが言うように、ギルドは魔物の群れ──魔王軍の出現先を確かめるために、急遽追撃隊を編成し、魔物の死体の跡を追うことにした。


 幸いグエンがすぐに報告に戻ったため、あとから出した追撃隊もなんとか魔物の群れの撤退先に追いつくことができたのだ。

 もっとも、そこまで困難だった話ではない。


 大型の鳥型魔物に食い荒らされてはいたが、湿地には転々と魔王軍の死体が残されており、死体の道しるべを作っていた。

 あと数日遅れていれば痕跡も分らなかっただろうが、結果として追撃隊は魔王軍の撤退先を発見していた────。




 そして、ここが魔王軍のその逃げ場所──…………。




 ヒュオォォオオオオオ──……。


 不気味な風音。

 まるで大きな洞穴が唸り声をあげているだ。


 それを遠くから確認するグエン達。


「……いやはや。まさか、ダンジョンから侵攻してきていたなんて」


 完全武装したリズが、そっと地形の影から前方を覗き込む。

 そこには陰鬱な湿地の中に隠された洞穴──「大型のダンジョン」がその口を開けていた。



 ダンジョンの他には、

 ひゅぅぅう……と、冷たい湿地の風が流れる寂しい地があるだけ。



 この辺りは、かつてニャロウ・カンソーがうろつく魔物の領域であった場所だ。

 だから、誰もこのダンジョンに気づいていなかったのだろう。


 当然、大昔の開拓もここまでは及んでいなかったため、ここは完全に人類未踏の地だった。


「(お疲れ様です……)」


 コソコソと耳打ちするように小声で話すのはAランクの冒険者。

 おそらく、追撃隊の一員なのだろう。


 そんな場所に布陣しているものだから、顔中を泥に濡らし、蓑をかぶって偽装していた。


「……えぇ、状況は?」


 数日間休息をとり、物資を補充したリズたち一行は、グエン、シェイラの回復を待って再度魔物の群れを追っていた。


「静かなもんです……。例の魔物の群れの指揮官は『オークキング』でした。ここまで単独で逃走しております。あと、負傷した魔物ですが、9割がたは落伍しました。しかし、残りの一部は内部に逃げ込んだようです」


「ふーん……部下を見捨てて、一人で逃走か────そりゃ、おめでたいわ」


 皮肉たっぷりでリズはほくそ笑む。


「グエン。どうするの? 想像してたのとはちょっと違ったけど……」


 リズの想像がどんなものだったかはさておき、

 彼女は、シェイラの火魔法で暖を取っているグエンに問いかけた。


「どうって……。どうするんだ?」

 グエンこそ、リズに聞きたかった。


 二人は『光の戦士』から脱退して以来、パーティを組むでもなく、なんとなく一緒にいるだけ。

 そして、今は魔王軍の侵攻に際してギルドから強制的クエストを押し付けられ、「リズ班」として運用されている──その流れなのだ。


「あらあら、女の子に指示待ち? ま、いいけど」

「女の子って、歳じゃねぇ──」


 いらん一言を言おうとするグエンをシェイラが慌てて止める。


「グエンってば!」


 モギュと、無理やり口に干し肉を押し込み黙らせると、自身も火魔法であぶった肉をかじる。


「ぷはっ! んだよ、ったく────別に許したわけじゃねーってのに、いつまで一緒にいる気だ?」

「はいはい、そこまで──シェイラ、私にもちょうだい」


 シェイラから干し肉を受け取ったリズ。

 懐から乾燥した香草を取り出し、一緒にかじっている。


 ダークエルフ族のリズは肉類の臭みが苦手なんだとか──。


「シェイラはアタシの保護観察中だからね、もう少し大目に見なさいよ」


 そういって硬い干し肉をほぐしながら咀嚼する。


「けっ。じゃ、この魔物の群れ騒動が終わるまでだな?」

「ん~。まぁそうなるわね。成り行きで対処を手伝ってるけど、アタシも中央に報告に行かなきゃいけないし」


 報酬もまだだしねー。とリズは繋げた。


「だけど、どーすんの? アタシは攻略するのはやぶさかじゃないけど、アンタこそ戦えるの?」


 リズは口の中をパンパンに膨らませながら、クイクイとダンジョンを示した。

 グエンも仏頂面でのぞき込むその先────……。



 おぉぉぉぉぉ…………。



 風が吹き出し、不気味な音を立てる巨大なダンジョンの入り口。

 一見してただの洞穴に見えるが、ダンジョン特有の明かりが内部から見え隠れしていた。


 ついでに言えば、オーク歩兵の見張りもいやがる……。


(これが未踏破の新ダンジョンか──)


 奥行きも、

 規模も、

 何もかもが不明────……。




 そして、魔物の群れモンスターパニックが沸き出した源泉────。

 魔王のおわす黄泉への入り口……。

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