第12話「すいません、音を超えちゃいました!」

「お、音速…………?」


 ズドォォオオオオオオオオオオン!!


 妙な称号を得た瞬間。突如、グエンの速度が爆発的に上昇した。

「うぉ?!」


 気付けば背後に爆発のような痕跡。


 それは、ソニックブーム!!


 触れたものをバラバラに切り裂く音の壁!!!

 リズが死ぬ、その一瞬先……。

 グエンが駆け抜けたその刹那の先に……。



「グエン……?」

「り、リズ……?」


 あ、あれ??


 気が付けば、グエンの腕にはリズの柔らかな体が……───えええ?


「え、え、え?? な、なにが……? 今、何をしたの──グエ…………」

 茫然としているのはリズも同じだ。

 グエンに抱えられながら目をぱちくり。しかし、突如目を見開くと──……。


「上ぇぇぇえ!!」


 へ?

 自分でも何が起きたのか把握していないグエン。


 だが、リズの声に思わず真上を見上げると──。


《ギシャアアアアアア!!》


 ニャロウ・カンソーの怒り狂った毒牙が!

「く…………」


 反射的にバックステップ。

 だが、その瞬間ッ!



 ドカァァアアアン!!



 まるで、空気が爆発したような音が響く。

 その瞬間、視界がぶれて一瞬にして、ニャロウ・カンソーから遠ざかったグエン。


「な、なにが?!」

「グエン!? す、凄い速度……」


 え?

 俺の速度……なのか?


 わけもわからぬうちに速度の上昇したグエン。

 心当たりはといえば────……新称号『音速』



 ブゥン……。



称 号:パシリ→音速(NEW!!)

(条件:敏捷5000を突破し、さらに速度を求める)


恩 恵:音速は、音の速度

(音速)アナタは音の速度を越えました。

   敏捷ステータス×35



「な、なん、だ──これ……?!」


 『敏捷ステータス×35』?!


 どんだけ、いかれてんだよ……この称号は!!


 無我夢中であったとはいえ、何かがきっかけで新称号を得たグエン。

 そのおかげで辛くもピンチを切り抜けることができた。


 少し先では、ニャロウ・カンソーが驚いたような咆哮を挙げているが、もはや手を出せない距離だ。


「た、助かったの……私たち?」

 ようやく周囲を見る余裕ができたリズが体を起こし、キョロキョロと。

 そして、今になってグエンに抱えられている事実に気づくと、

「あ………………」


 ボッと顔を赤くして慌てて飛び降りる。


「ありがと」

 そっけなく、礼を言うもプイっとそっぽを向く。


 …………うん。君エルフだよね? 俺より年上ちゃうんかいぃぃ??

 なに、そのウブな反応。


「そ、それより。今のうちに逃げましょ!」


 ──そ、そうだった!


 距離は取れたとはいえ、いまだここはニャロウ・カンソーの支配領域。

 奴もいまだ目に見える位置────!


《ギャオオオオオオオオオオオオオ!》


「うお! めっちゃ怒ってる?!」


 ズンズンズンズンズンズン!!


「く……! 逃げるわよ、グエン──」

 リズが駆けだそうとするが、途端にガクリと膝をつく。

 よく見れば、彼女の顔色は真っ青だ。


「リズ?」

「だ、大丈夫……ちょっと、毒を吸っただけ」


 ッ! そ、そりゃそうか……。


 あれだけニャロウ・カンソーの傍にいたんだ。

 毒をもらわないほうが不思議だ。


「は、走れる?」

 無理だとわかりつつも、


「すぐには……無理──」


 カハッ……! 


 リズが吐血し、地面に鮮血が散る。

 猛毒の申し子、ニャロウ・カンソーの毒だ。


 無事なはずがない!


「すまん、アンチポインズンは品切れだ」

 気休め程度とは知りつつ、リズに市販のポーションを渡す。グエンが持ち出した残りのポーションだ。


「大丈夫……。それはグエンが使って。こうみえて、毒には耐性がある、の」


 ゲホッ! と、吐血しながら全く説得力のないセリフを吐くリズ。

 だが、確かに吐血量は少なくなっているところを見るに、嘘ではないのだろう。さすがは暗殺者アサシンというところか。


 だが────。


「でも、わかってる……。私を連れて長距離は無理よ、ね」


 リズはチラリとグエンの傷を見る。

 未だドクドクと流れる血。


 それを知っていた彼女は、すでに決意を秘めていた。

 さきほどは、少女のごとく泣きじゃくっていたのを恥じているようだ。


「リズ……?!」

「いいの……! 行って! 二人とも死ぬことない──それよりも、アイツ等のことを」


 ギリリと、歯ぎしりするリズ。

 その間にもニャロウ・カンソーは迫りくる。


 ……リズの言わんとしていることはよくわかった。

 身を挺して時間を稼いでくれるつもりなのだ。


 たしかに一人なら……。

 一人だけなら、

 今のグエンの敏捷で、足を引きずりながらでもなんとか逃げることができる。


「駄目だ!!」

 もう見捨てない!


 そのための新称号だっ!


「──できるの?! その足で!!」


 だがリズは違った。

 彼女はグエンの胸倉をつかんで引き寄せると、


「本当にできるの?!……アタシを抱えて、走って──あのニャロウ・カンソーから逃げられると?!」

「ぐ……」


 ほんの少し引き寄せられただけでグエンの足がひどく痛む。

 アンバスに刺された傷は筋肉を傷つけている。先ほどの、それは無茶でさらに悪化していた。


「できないでしょうが!! だから──」


 ドンッ! とグエンを突き放すと、ポーションの口を切ってグエンに押し付けた。


「だから……。グエンが伝えて────アイツ等の所業を!」


 そう言い切ると、チャキン! とクナイを二手に構える。

 すでにリズの目は覚悟に満ちていた。


 自分が犠牲になって、グエンを逃がす。

 そして、マナック達に断罪を────!


「行って!! 早く!! アタシの決意が鈍らないうちに──……行って!!」


 ズンズンズンズンズンズン!!

《ギャオオオオオオオオオオオオン!》


 明らかに本気を出したニャロウ・カンソーは先ほどの比ではない速度だ。

 うっすらと発光していることから、何らかの補助魔法を使った可能性もある。


 その異様に、リズが震えている。

 気丈に立ち向かう姿を見せても────……!

 暗殺者の気質をもってしても──……。


 長命のエルフ族といえども、死の恐怖には抗えない!


 それでも、

「行って──────二人とも死ぬことはないんだからッ」


 ガタガタと震える足をグエンに隠すように一歩、一歩と自らニャロウ・カンソーへ向かうリズ。



 ならば?


 ならばグエンは…………?



 グエンはどうする?!

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