第36話「さーて! 山分けしようぞ!」

 白金貨205枚と金貨550枚といえば、中・小国の国家予算並みだ。


 それが、換金表にしっかりくっきり記載されている。

 それをみて、ティナも慌てて内訳を確認。


「あ───……いや、あー。いやいや、なにもそこまでは…………あるのかな?」


 目玉をグルグル回しながら、ティナが何度も書類を捲る。

 どうやら、あまりの金額のデカさに現実味が無さすぎて思考がフリーズしているのだろう。


 「うーん……」と、よくわからないといった様子でティナは首をかしげている。


 いやいや、白金貨200枚って……一枚でもすさまじい大金なのに!!

 (※白金貨1枚で1億円だと思えばわかりやすいかと……)


「そ、そんな大金どうしろっていうんですか!?」

「私に聞かれても困りますよ────貯金でもします?」


 金額の多さに全員が戦々恐々。

 どどどどどど、どないしよッ!


「貯金いいんじゃない~? グエンたしか、ほとんどお金持ってないわよね?」


 リズがケラケラと楽しげに笑いつつ、グエンをおちょくる。

「う、うるさいなー。アイツらにパシリに使われてほとんど金がねーんだよ」

 マナックたちにパシりにされたせいで、懐は常に寒い。


「そ、そうですね…………っていうか、本当にこの金額?」


 ティナがようやく事態に気づいたのか、少し青い顔で茫然と呟く。

「や、やばいですかね……?」

 グエンはティナやリズの言葉にまじめ腐って返すほどに、茫然自失。

 笑っているのはリズばかり。


 だ、だってしょうがないだろ? 一生遊んで暮らせるくらいの大金だぞ?


 信じられない思いで、何度も何度も見積もり書を見直すが、ショックが大きすぎて文字と数字が頭に入ってこない。


「え、えぇ……。なんといっても、伝説の槍が二本ですからね」


 あ、ほんとだ。

 トリアイナとグングニルがそれぞれ金貨で100000枚……って。


「……一本で金貨100000枚?!」

「たっか~い!」


 グエンとリズが同時に声を上げて素っ頓狂な声を上げる。

 だって、一本あたり白金貨換算100枚でのお値段だぞッ!


 た、単位おかしくない?!


「ま、まぁなんというか。別におかしくありませんね……。むしろ、グエンさんには申し訳ないですが、相当安い金額かと思います──金貨100000枚で伝説の槍が手に入るなら、城の一つや二つ抵当に入れてでも買いたがる人間は大勢いるはずですからね」


 いやいや。

 城を抵当にって、そんなん買うのは貴族様か王様限定やん、それ。


「ですので、ギルドの人間の私が言うのも変ですが、売り払うならギルド以外のほうが高く売れると思いますよ。もっとも、」


 ティナはチラリと周囲を見回して、


「──普通の店では取り扱いできるはずもありませんけどね」


 そりゃそうだ。

 どこの小売店に一本あたり白金貨100枚以上の金額が出せるっていうんだよ。


「ですので、王都の地下オークションなんかがおススメですかねー……。違法ですけど(ボソ)」

「あー……。あのぼったくりオークションね」


 リズの訳知り顔に苦笑いをするグエン。


 っていうか、ティナさんや? なんか最後に黒いセリフが聞こえたぞ?

 ………………まぁいいや。


 それはともかくとして。


「──い、いえ、結構です。その……槍はそのまま使いますよ。ちょうど武器を新調したかったところだし、渡りに船です」

「はい。わかりました」


 グエンは腰に差したスコップを見てトントンと叩き寂しそうに笑う。

 いままでこんな武器ともいえないもので戦ってたんだなと。

 愛着がないではないけど、さすがにこれで戦い抜くわけにもいくまい。もう、パーティメンバーはいないのだから。


「あ、そういえば──俺のパーティの扱いはどうなってますか?」

「へ? 一応、『光の戦士』のままですけど────……状況が状況ですので、脱退できますよ」


 しますよね? と、目で訪ねてくるティナに、勢いこんでクエンが聞く。


「ほ、本当か?!」

 普通なら、パーティのリーダーの了解が必要だけど……。


「特例措置になりますね。割と珍しいことじゃありませんよ。ちなみにリズさんは昨日付けでとっくに脱退してますし、ギルド側で不適当と判断した場合は、リーダーの許可は必要ありません」


「そうか、それは助かる────じゃぁ、」


 そっと差し出された脱退届の書類に目を落とし、

 要綱を斜め読みする。


 簡単に言えば、脱退するか否か、というだけの簡単な書類だ。

 チェック項目に記載し、名前を書くだけの簡単なお仕事。


 だが、グエンは少しだけ戸惑う。

 レ点をチェックし、名前を記入するところでフと手が止まる。


(…………いい、パーティだったはずなんだよな)


 束の間、脳裏に流れる『光の戦士』にいた日々。

 辛いことも楽しいこともあって────しかし、記憶の大半は辛いことで埋め尽くされてしまっていた。


「グエン?……嫌なら無理に脱退しなくてもいいんじゃない?」

「……いや、ケジメだよ。マナックをリーダーに選んだ時点で、この決断はいずれありうることだったんだ」


 だから────。


「これで、お願いします」

「はいはい──……不備事項なし。これでオーケーです。お疲れさまでしたグエンさん」


 ティナがペコリと頭をカウンター越しに下げる。

 「おめでとうございます」と言われないだけ、逆に皮肉が利いていそうだ。


 パーティを脱退したからと言って、いますぐ特別何が変わるわけでもないが、グエンは喪失感のようなものを感じていた。

(これからは一人で全部やらないといけないのか……)


 掃除、洗濯、買い出し、フィールドでの物資補給に、野営準備………………あれ?


「いつもと変わらなくね?」


 拍子抜けする思いに一人静かに笑みを浮かべるグエン。

(なんだ。いったい何を拘っていたんだろうな)

 変わったことがあるとすれば、クエストを受けたりして魔物と戦闘になった時くらいか。


 もう、前衛も後衛も遊撃もいないのだ。

 すべてグエン一人でやらなければならない。


 そうとなれば、『光の戦士』に戻れない以上、グエンは自分で戦う場面も想定しなければならない。

 だから、まずは装備を整えるところから始めよう。

 そして、できれば仲間も───。


 今日、朝イチでギルドのカウンターに顔を出したのもそれが理由だった。

 『光の戦士』でいられなくなった以上、すべての資金はグエンが賄わなければならない。

 しかし、グエンは懐が寂しく手元不如意なのだ。


 なにせ、パシリ扱いで冷遇されており、ろくに分け前ももらえなかった。時には自腹を切って補給物資を買いそろえることもしばしば。

 ゆえに、今のグエンの所持金はほとんど0に近かったのだ……。


 そのために、融資を受けるつもりだったのだが──。

 まさかの、白金貨数百枚の収入!

 トリアイナなどを除いても白金貨5枚以上だ。


「それで、買取はどうなさいますか?」

「あ。そうですね────」

「グングニルとトリアイナを除いて全部換金してください」


 そういって、書類にチェックを入れて換金要求をすませる。


「わかりました。では、こちらが買い取り金額になります」


 ずずい、カウンター越しに差し出される金貨の重さよ。

 財布はサービスらしく、ありがたく貰っておく。


「そして、こちらが鑑定の終わったグングニルとトリアイナになります」


 そういって、二本の長物をカウンター越しに引き渡す──。


 カウンターに乗せられた二本の槍がギラリと光り輝く。

 一本はシンプルな形状の槍に、もう一本は装飾の凝った銛。どちらも派手さはないが、それだけに業物のオーラを醸し出している。


「へー……いいじゃん、似合うよ。グエン」

「お、おう。ありがとう」


 受け取った槍がグエンの体格に合わせて適切な長さに伸縮する。

 マジックアイテム由来の特性だ。


 それを受け取り、二手に構えると────。す……と、リズに差し出す。


「ん? なに?」

「いや、分け前────……リズの欲しい方を持っていってくれ」




「はぁ?!」

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