第37話「さーて! 新しい門出だ。なぁ、リズ───」


「はぁぁあ?! アンタ自分が何言ってるのかわかってんの!?」


 ギルド中に響く声でリズが驚いている。

 もちろん、カウンター越しに見守っていたティナもだ。


「え? 何か、変か? 仲間なら当然かと思うんだけど……」

 パーティで得たドロップ品は山分けが基本だ。

 パーティによって細部は異なるのだろうが、『光の戦士』では、パシリのグエンを除いて、概ね山分けが基本とされてきた。


 だからグエンも特に躊躇なく、槍の一本を差し出したのだが……。


「はー……アンタねぇ。もうアタシはアンタのパーティじゃないし、そもそもそれを貰うほどのことはしてないわ」

「いや、何を言っているんだ?! 貢献の有無じゃないし、リズがいなければ俺はここにいないんだぞ?」


 これは本当だ。


 シェイラを助けに戻った時、リズが来てくれなければとっくにグエンは死んでいた。

 いや、それどころか、そのあとでさえリズがいなければグエンはとっくに諦めていたはずだ。


 だから──。


「あ、そうか! リズは槍なんて使わないよな……。換金したほうがいいか。ならちょっと待ってくれ──証書を作成して、」

「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待ちなさい! なんか話が明後日の方向に行ってるけど、そういうんじゃないから!」


 リズは頭をガシガシ掻きつつ、


「……アタシはそれを受け取るわけにはいかない。ニャロウ・カンソーを倒したのは間違いなくアンタの手柄なんだし」

「いや、だから!」


 両者、頑として引かない。


「あのね。命を助けられたのはアタシも同じ。アンタがいなきゃ、今頃3日かけて消化されてドロドロのトカゲの糞になってるわよ」

 そういって肩をすくめるリズ。

「だ、だけど……」

「だから、ね。貸し借りなし。アタシを助けたっていうんなら、たしかにアタシもアンタを助けた。それでお相子じゃない?」


 う……む。


「はぁ。納得できないって顔ね。だったら、こうしましょ」


 スッと、グエンの腰から、もらったばかりの報酬の入った袋を奪い取るリズ。

 それをひっくり返して、白金貨を5枚転がり落とし、2枚を手に取ると残りをグエンに返した。


「砂漠の魔物の素材代。これを剥ぎとったり、運搬したのはアタシも手伝ってるし、その報酬ってことで」

「あ、おう…………」


 だけど、それだって少なすぎる……。


「それに、そんな伝説の槍貰っても困るわよ。女一人の手には余るし、換金だって簡単じゃないのよ?」

「そ、そうだけど…………」


 釈然としていないグエンの様子を見て、リズはふと相好を崩す。


「じゃ、貸し一つってことで、どう? グエンには残りの報酬を上げる代わりに、何かあったらアタシの頼みを聞いてよ。それで貸し借りなしにしましょ?」


 リズがそれでいいっていうなら────……。


「わかった。何かあったらいつでも言ってくれ。なんでもやる。どこにでもいく・・・・・・──いつでも・・・・

「ふふ。どこでも、いつでも、か。普通の奴が言ったら現実味のない言葉だけど、アンタの場合は本当だから困るわね──あははは」


 鈴が転がるような声で朗らかに笑うリズ。


 ほんの先日──ギルドから斡旋された冒険者として『光の戦士』に来た時のリズは、もっと鋭利な印象で、取っつきにくそうだった。


 まるで抜身のナイフのような鋭い視線と、冷たい態度。


 しかし、それは間違いだったようだ。

 懐を開いたリズは、ダークエルフという種族の違いすら感じさせないほど感情豊かで、優しく勇敢な少女だった。


「……あぁ、本気だ。リズのためなら、命もかける」

「ちょ……。真顔で言わないでよ。照れるんだけど──」


 リズが真っ赤になった顔でもじもじとする。

 その様子を、ギラギラした目でみるのはカウンターの向こうの百合野郎。


「ちょっとぉぉ……。ギルド内でのイチャコラは禁止ですよ~」

「うるせぇよ。そんな規則聞いたことないわ──つーか、イチャイチャしてねぇ!」

「い、イチャイチャだなんて──」


 きゃー! と一人顔を赤く染めて顔を覆うリズと、

 ギギギ……と、歯ぎしりしながら顔を暗黒面にしたティナがグエンを睨む。



 そんなこんなで平和な一日が始まる────……。



「なぁ、リズ」

「ん~? なに?」


 パーティを脱退し、一人になってしまったグエンと、元から一人だったリズ。

 だから、グエンはあまり気負うことなく話すことができた──。



「な、なぁ、もし……その、いやじゃなかったら──」

「ほむ?」


 あっと……。んーむ。

 こんな風に誰かを勧誘するのは『光の戦士』結成以来だな──。


(どうにも照れ臭いな。まるで、ナンパでもしている気分だ……。まぁ、したことないけど)


 リズはいつもと変わらぬ様子でグエンの言葉を待っている。


 ──ええい、ままよ! 一世一代の告白劇。


「──お、俺とパー」

「え?」



 ガチャ────。



「あ、お帰りなさいマスター」

 黒い顔で睨んでいたティナが一瞬で営業スマイルに戻ると、受付嬢の顔で奥の上司に笑いかける。

 そして、奇しくも従業員用の奥の扉からギルドマスターが顔を出したために、グエンの言葉が遮られた。


 そして、ギルドマスターとその背後に連なる人物たちの顔を見て────……。

「な、なんで?」


 胸騒ぎのするグエン。

 ポツリと洩らした言葉が虚しく響く。


 そして、ニヤリと笑う、奴のあの顔───!


(あ、あいつ等……!)


 その顔触れを見た途端、胸に苦いものが溢れるグエン。

 そしてその予想どおりに、このあとトンデモない出来事に巻き込まれることになるグエンであった。

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