第35話「さーて! 換金してみようかな」

「ふわぁ……よく寝た」

「おはようございます──グエンさん」


 昨日の騒動から、一夜あけ───。


 ギルドに併設されている宿屋から、寝ぼけ眼のグエンがのそのそと起きだし、いつもの習慣でギルド受付に顔を出す。


「おはようございます。ティナさん」

「…………あのですね。ギルドの受付は洗面所じゃないんですけど。寝ぼけたまま顔を出すのやめてくれません?」


 ジト目でグエンの顔を見るのは、辺境の町のギルド一のちびッ子ティナだ。

 今日も今日とて、朝からご苦労様である。


「あーすまん。どうも、身体の疲れが抜けなくてさ」

「疲れ??…………あー。それ疲れだけのせいじゃないですよ。たしか、グエンさん、『再振りの丸薬』飲まれたんでしたっけ?」

「お、おう?」

 唐突に話を振られて、グエンがどぎまぎしつつ返事をする。

「おそらく、敏捷以外のステータスが低すぎて、弱体化した身体のそれ・・に馴染んでないんだと思います」


 え。マジの助?


「こ、怖いこと言うなよ」

「いや、怖いかどうかは知りませんけど。……今のグエンさんなら、ゴブリンに奇襲を受けただけでピンチに陥りかねませんよ?」


 え、本気と書いてマジ??


 グエンは若干ショックを受けた顔で青ざめる。

 ───だって、ゴブリンより弱いSSランクってなによ。


「う、嘘ですよね? あはははは───」

 グエンの乾いた笑いに、余計なことを言ったと察したティナ。

 SSS候補の冒険者に怖じけ付かれちゃ困るとばかりに───。


「ま、まぁ、ほら──よく言うじゃないですか!」

「へ??」


「ほらあれ、えーと。『当たらなければどうということはない──!!』ってやつです」

「聞いたことねぇよ! そんな故事ッ!!」


 絶対適当なこと抜かしてやがると、グエンは引いた眼でティナを見る。

 あいまいな笑みでその目を躱しているティナであったが、

「あ、そうだ!」

「あからさまに誤魔化すなよ……」


 急に話題を変えようとするものだから、グエンの目つきも胡乱げになるというものだ。


「し、失礼ですねー。ご、ごごご、誤魔化してなんかいませんよ」

「へーへー」


 投げやりな態度のグエンに、ティナは頬を膨らませつつ、

「ぷー。なんですかその態度。人がせっかく、昨日の素材の換金目録を持ってきたのに──」

「へ? 換金?」


 換金って、何の話だっけ……。


「ええ?! わ、忘れたんですか?! あんな高価な物を大量に持ち込んでおいて──?!」

「い、いや。覚えてるけど……」


 あれだよな? 魔物の素材───。

 あれ? 換金なんか頼んだっけ??


「……ちょっと、顔に出てますよ。でも、大丈夫です。まだ換金してませんから──はい、見積もりの内訳表です」


 そういって、きれいに処理された羊皮紙をスッとカウンター越しに差し出すティナ。


「えーっと……どれどれ」


 まぁ、苦労して手に入れたものはニャロウ・カンソーのドロップ品くらいで、それ以外の品はそれほど────。


「ふぁー、おはよー……」

「リズさんも珍しく遅いですね──どうし」




「って、なんじゃこの金額ぅぅぅぅぅううううううううう!!」

「きゃあああ?!」



 ガッシャーーーーーン!! と、けたたましい音を立ててグエンが飛び跳ねる。

 おかげで椅子はすっ飛び、ギルドに併設された酒場で酔いつぶれていた冒険者数名が驚いて飛びあがっていた。


 もちろん、リズとティナも。


「ななななな、なんななななん、なに? なに? びっくりしたー!」

「ちょっと。いきなり大きな声出さないでくださいよ!!」


 二人とも心臓を押さえてバックンバックン……。


 腰を抜かさんばかりにしていたが、すかさずグエンに抗議する。

 だが、当のグエンか、

「出すわ!! 大声出すわ!! び、びびび、びっくりしたわーーー!!」


 こんなん・・・・、声くらいでるわ!

 思わず、魂が飛び出すかと思ったわッッ!


「だ・か・ら! いきなりでっかい声ださないでくださいよ」

 ガスっっ!!

「えぶぅ?!」

 カウンター越しにクロスチョップを繰り出すティナにいい一撃をもらったグエンがようやく落ち着く。


「いづづづ……。って、いや、なに?! こ、この金額何?!」

 見積の内訳表に記載されたそれ──。


 興味深そうにリズも一緒にのぞき込むと、びっくりして目を見開く。


「ひーふーみー……ちょっと、マジ?? これ?!」

「はぁ、まぁ、相場ですよ? ただ──量が尋常じゃなかったので……」


 羊皮紙に並んでいる0の桁のおかしなものがズラーーーーっと。


「ぎ、銀貨換算?」

「もちろん金貨です。……白金貨がよかったですか?」


 き、

「金貨でこれ?! え?! この、サンズヘッジホッグの針が一つ10枚って書いてますけど──」

「えぇ、一番安い奴ですね。状態によって変わりますけど、概ねこの値段ですよ?」


 はぁ?

 一番安いので金貨10枚?!


 ちなみに、金貨1枚は銀貨10枚の価値があり、銀貨1枚で銅貨100枚分。

 特殊な白金貨は金貨1000枚換算である。


 そして、都市部の相場といえば、庶民が食べる固いパン一個銅貨1枚で買える程度だ。


「ちょ、ちょっとまってくださいよ! じゃぁ、全部換金したらいくらになるんですか!」

「え~っと……さすがにこれ全部はギルドの資金が尽きるので、すぐには無理ですが────」


 ティナが東洋由来という計算器を取り出して、パチパチと弾いて計算する。

 

「え~…………締めて白金貨205枚と、金貨550枚ですね」


 ぶっはっ!!


「うわっ! きったな!!」

「ちょっと、グエン!!」


 思わず噴き出したグエン。

 あまりに金額のデカさに頭がショートする。


 しかし、それも仕方のないことだろう────だって、





「こ、国家予算クラスじゃないですか?!」

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