第54話「すいません、で済んだら衛兵隊はいらねぇぇえんだよぉぉお!」

「は、はぁぁあ? 何言ってのお前?」

「お願い、グエンッッ!」


 ヒシっと足に縋り付くシェイラを鬱陶しげに振り払おうとするも、彼女は必死につかむ。

 おかげでプラーンと子猫をぶら下げたような状態に。


「ぼ、僕……どうやって償えばいいのかわからなくてッ」

「──なら、衛兵隊に出頭しろや」


 至極当然。

 何をシレっと、僕無罪です──みたいな顔してんねんッ!


「だ、だって……」


 だっても、そってもないわッ!!


「お前もあっち側じゃい!!」


 エッチラオッチラと運ばれていくマナック達を指さすグエン。 

 それを見るシェイラ。


「や、やだよ! ぼ、僕……!」

 遠巻きに、ムンムンと威圧感を醸し出す衛兵が控えている。

 どうやら、グエンとリズに遠慮しているらしいが……。


「あ、衛兵さん。コイツ────」

「やーーーーー!!」


 ぎゅー! と、しがみつき、体を押し付けてくるシェイラ。

 ……残念ながら、まな板すぎてうれしくとも何ともない。


 だけど、

「──おやおや。まぁまぁ、ほうほう……。グエンんんん」


 何か知らんが、リズはジト眼でグエンを睨む。


「な、なんだよ?」

「いつの間に口説き落としたんだかー。へー、そーいう子がいいんだ?」


 は、はあああ??


「お前の目は節穴かッ?!」


 いつWhenどこでWhere誰がWho何をWhatなぜWhyどのようにッHow!!


 1H、5W!!


「こんなクソガキ口説くかぁぁぁああああ!!」


 うがーーーーーーーーー!!


「お願いグエン!! 僕、何でもするから!!」


 あ? 何でもぉ?!


「う、うんッ! 掃除も、洗濯もやるッ! いつもグエンがしてくれてたこと全部!」

「ほう~……全部ぅ?」


 お前みたいなクソガキが、俺のやってきた雑用できると思ってんのかよ。


「うん! りょ、料理も……ギルドの依頼の下調べも、買い物も────うん! パシリでもなんでもやるッ!」

「あ? それだけだと思ってんのか? このガキは──」


 そんな目に見える仕事だけなわけねーだろ!!

 有力者へのあいさつ回りのための、下調整に。

 町の市場相場の調査。それに近隣の魔物の傾向に、酒場での噂の収集。


 まだまだ、あるぞ!

 

「──お前なんざ、いなくてもできるわ!!」

「うぅ……。だ、だって──ほ、ほかに何を…………はっ?!」

 お、気づいたか? 俺の苦労を──……。


「え、エッチなことは無理だよ!!」


 ガンッ!!!

 思わずずっこけたグエン。近くのテーブルに頭をぶつける……。


「──す・る・か、ぼけっ!!」


 激昂するグエンを見て、ぎゅー……と、自らを抱きしめるシェイラ。


 うん──殴っていいこの子?


「ダメよ」

「へーへー……」


 リズの突っ込みに唇を尖らせるグエン。


「そ、それ以外なら本当に何でも……」


 はぁ……。


「だったら、まずは出頭!! こわーい、お兄さんのところでコッテリと絞られてきなさいッ!」

 話がしたいならまずそれからだっつの!!

 まぁ、子供だから、最悪──罰金かちょっとした体罰程度で済むだろう。


 間違っても懲役にはならんからそこは安心していい。


「ううう……うわーーーん!! 」 


 ついに泣き出したシェイラ。


「ったく……」

 呆れて頭をガシガシと掻くグエン。


 だがな、

 出頭もしたくない。

 でも、許してほしいって……ちょっと都合がよすぎるぞ。


 さすがに呆れてものも言えなくなったグエンが、リズや遠くで打ち合わせ中のティナに視線を送るが、誰も答えてくれない。

 そのうち、視線は一人の男に────……お、衛兵さん。


 ちょうどいいや、

「おーい、アンタ────このガキを、」


 シェイラを出頭させようと、首根っこを掴んだグエン。

 その時、グエンに目に留まった衛兵なのだが、彼は町の外から駆け戻ってきたらしく全身汗だくだった。


 そのまま、ギルドに駆け込むと肩で息をしながら必死に呼吸を整えている。


「はっ、はっ、はっ……!」


 見かねたギルドの職員が水を一杯差し出すとそれを一息に飲み干し大きくため息をついた。


「ぷはぁぁ……!」

「おい、ちょっと──コイツを、」


 どんっ!


 シェイラを突き出そうとしたグエンだったが、思いがけず突き飛ばされる。

 その衛兵はグエンなど目に入らぬかのようにギルドの奥に向かうと、職員がたまっている場所に駆け込んだ。


「ってぇ……! なんだあいつ──」

「大丈夫、グエン──アンタ防御力が紙なんだから気を付け──………………なッッ」

 突き飛ばされたグエンをリズが助け起こすが、その目がスゥっと据わった。


 それはパーティにいた頃のリズの目つきだ。

 まるで、フィールドにでもいるかのように目を細めたリズがポツリとつぶやいた。


「この気配…………────来るわッ」


 は?

 来る……?


「なにが??」


 グエンの疑問にリズが答える前に、


「はーはーはー…………! ぎ、ギルドマスターはいるか?!」

 グエンがリズの言葉に疑問を感じるや否や、駆け込んできた無礼な衛兵はグエンなど無視してギルド職員に語りかける。

 だが、その言葉を聞いた彼ら職員は思わず、訝し気に顔を見合わせる。


 なぜなら、その一言だけでも、この衛兵が今日起こった騒動について何も知らないことは明白だったからだ。

 ならば彼はどこから来たのか──。


 チラリと服装を確認すれば、衛兵の装備は町の外を巡察する斥候スカウトの装備だ。

 つまり、町の中の衛兵ではなく、外を守る精兵だということ──。


 そんな彼が息を切って街に駆け戻ってきたのだ。

 これは何かあると──リズを含め、ギルド中に残っていたものが気を引き締めた。


 だが、ギルドが半壊していることにも気づかぬほどに切迫した衛兵は、周りを見る余裕もないのか、手近にいたティナに掴みかかる。


「は、はやく! 急いでくれ────ギルドマスターを! あるいは、この場の責任者でもいい!!」

「ま、マスターはいないわ……。せ、責任者は私ですけど──」


 たじたじになったティナがなんとか声を絞り出すと、その衛兵がティナに掴みかからんばかりに叫ぶッ。




「な、ならアンタでいい!! だ、誰でもいいから、今すぐ冒険者を全員招集してくれッッ!!」

「は? な、何を言っているの? 冒険者って……。衛兵隊は?」


 グビリと衛兵はねばつく唾液を飲み込むと、息の切れた声で喚き散らすッッ!!


「そんなものはとっくに招集済みだ! いいから早く!!」

「わ、わかったけど──じ、事情くらい……」


 ティナの困惑を苛立たし気に見ながらも、衛兵は言う。

 とても、とても重大な一言……。


魔物の大群モンスターパニックだ!!」


「「「「「なッ?!」」」」」


 ギルド中に人間が一瞬にして凍り付く。


「哨戒中に発見したんだ、間違いない!! 時速約10km────魔物の領域から、も、モンスターの群れが来るッッ!!」


 い、急げッッ!!


 群れホードが……。

 軍団レギオンが……────!!




 ま、




「──────魔王軍の来襲だッッッッッッ!!」

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