第55話「さてと、やるしかないようだな!」


「「「ま、魔王軍んんん?!」」」


 ギルド中に人間が一部を除き素っ頓狂な声を上げる。

 グエンもその一人だ。


「魔王軍って。お、おい。何の話だ?」


 意味が分からず、グエンはリズを振り返る。

 もちろん、快い回答と反応を期待してのことだが……。


 そこには険しい顔をしたリズがいた。


「不味いわね……。まさかこのタイミングで──……いえ、必然だったのかも?」

 ぶつぶつ。

「おい。おい! リズ、何の話だ?」


 グエンがリズを問い詰めようとしたその時。


「(ちょ、ちょっと待ってください──! ほ、本当ですか? その話は!!)」


 ティナがギルドの奥で職員と衛兵に囲まれながら大声を上げている。

 その声には明確な焦りが含まれており、時折グエン達にも視線を投げていることから、どうもグエン達に関連しているようなのだが……。


「あ、やばい雰囲気かも」

「は?」


 リズが面倒くさそうな顔をして、こっそりとギルドから抜け出そうとする。


「グエン、アタシはいないって言っといて────」

「そうはいくか、SSSランクぅ!」


 がしぃ!!


 こっそりと抜け出そうとしたリズの首根っこを掴む影────ティナぁ?!


「はっや!!」「はやっ!!」

「逃がすかっつの!!」


 暗殺者アサシンの神髄たるリズをも知覚させぬ速度で拘束したのは、現ギルドの責任者ティナだ。


 敏捷9999かつ、『光』の称号を持つグエンですらその動きに反応できなかった。


「リズさぁぁぁぁあん…………。SSSランクともあろう人が、やばそうな雰囲気を察して逃げようなんて、どういう了見ですかぁ」


 ニコォ……!


 黒いオーラを纏わせながらティナが笑う。

 顔こっわ……!


 本来関係ないはずのシェイラですら、「ひぃ!」と悲鳴を上げて、へたり込んでいる。


「い、いや……。な、ななななななん、なによ!? あ、アタシはもう仕事終わったしー。あとはほら、ギルド本部に報告書を提出するだけなのー」


 うんうん。


 ティナがニコニコと笑いつつ頷く。

 そして、


「──なのー……じゃないわよぉ!! うちのギルドの苦境を察して逃げるなんてひどすぎるわっ!」

「いや、だってえ……」


 リズはチラリとグエンを見て、そしてまたティナを見る。




「十中八九────魔王軍を迎え撃てとか言うんでしょ…………??」




「はい」


 至極あっさり。そしてニッコリと笑いながら言うティナ。


「だから、やなのぉぉぉぉおおお!!」

「それでもSSSランクですか!!」


 全力で拒否するリズと、全力で拘束するティナ。

 何とかもがきながら逃れようとするリズと、ガッシリとホールドしつつ、首筋をクンカクンカと嗅ぐ百合野郎。


「──無理!! 群れホードとか無理ぃ!! アタシは暗殺者なの!! 大群と闘うのに向いてないことくらいわかるでしょ!!」

「でも、他に人がいないんですぅぅうう!! お願いしますぅぅうううう!!」


 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ……!


 ギリギリと肉を絞る音。

 君ら、すっごい恰好しとるで?!


「ほ、ほら! ここは衛兵隊いるじゃん! 城壁もあるじゃん!!」

「数が全然足りませんよぉ!! 城壁だって、相手は魔王軍ですよ!? もつわけないじゃないですか!!」



 「やだー、やだー!」と全力でもがくリズを助けようとグエンは言った。


「い、いや。ティナさん。何もリズ一人に頼らなくても────さっき、あんなことがあったばかりですし……」

「はぁ?! 何を無関係みたいな顔してんですか?! アンタも参加決定ですよ!」


 え?


「え? じゃないわよ! アンタもSSランクでしょうが!! 何をシレーとしとんねん!! ほらぁこれぇ、ギルド規定第34項────ギルドが緊急事態と認めたるときは、冒険者はその指示に従わなければならないッ! はい、復唱!」


「はぁぁぁ?! さっき、お前んとこのギルドマスターのせいでエラい目にあったのに、今度はギルドの命令に従えだぁぁ?!」


 ──ふざけんなし!!


「しょうがないでしょ!! 緊急事態なんだからッ! 冒険者社会人なら、多少の理不尽くらい呑み込みなさいッ」

「ぐぬ…………!」


 いや。

 わかってるよ……!


 それが冒険者の義務だってことくらい────!


社会冒険者界隈は甘くないのよ?! それが働くってことなの!!」

「そ、そうかもだけと……」


 だけど、このギルドの言うことを聞くのは少々業腹だ。

 ギルドマスターの件だってモヤモヤしてるってのに……!


「いや、でも。何も俺やリズにだけ頼らなくても、」

「はぁぁ? 他に誰がいるってんですか?!」

「いや、ほら。冒険者を今から招集すれば、それなりの戦力に──………………って」


 ……あ。


 言ってしまってから気付いた。

 その冒険者って───。


「お、お、お、」


 あ、ティナさんキレそう。



「───お前らが壊滅さしたんやないかーーーーーーーーーーーーい!!」



「───ですよねー」


 そ、そうでした……。

 さーせん──。


 鬼の形相でいうティナに再び頭を下げるグエンであった。


 しかし、それを見るや否や、

「…………その。こう言ってはなんですが、私どもも申し訳なく思っています」

「え??」


 グエンのつむじを見ながら、ティナが声の調子を落とすと、

「しかし────……」


 リズも拘束から逃れて肩をぐるぐると回す。

 さすがに諦めたらしい。


「しかし! 今頼りにできるのは、あなたたちしかいないんです!!」


 そして、グエンとリズの手をガシリと掴むティナ。

 まるで懇願するように──いや、本当に懇願しているのだ。


「お願いします!」


 ギルドの規定で無理やり従わせることもできるというのに────だ。


 どうか……。

 どうか───!!


「どうか、お願いします!! 町を──……私たちを救って下さい! お願いします!!……SSSとSSの名を冠する最強の冒険者どの!」



 そういって、今度はティナが深々と頭を下げた。

 それに合わせてギルドの職員も、

 駆け込んできた衛兵も────。





「「「どうか!!」」」





 その懇願がギルドに響きわたったとき、その空間はシンと静まりかえる。

 そして、


「───はぁ……。まぁねー、今さら逃げるっていっても、」

「この町がやられたら、次は別の町が襲われるだけか……」


 グエンは天井を仰いだ。

 リズは両の手で顔を覆う。


 そして、二人して束の間だけ物思いにふけるも────。


「「ふぅ…………!」」


 同時に顔を下げると、目線を合わせた。


「一丁やってやるか」

「アンタがやるってんなら───」


 そういって二人は小さく笑みを浮かべ、互いの得物をかち合わせる。


 グエンは折り畳みスコップを、

 リズが短刀の柄を、


 互いにキンッ♪ と合わせると、すぐに準備に取り掛かった。

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