第56話「さてと、準備を整えようか」


 ひゅぉぉぉおおお…………。


 魔王軍が進軍するとみられる進路の先。

 少し小高い位置にグエン達はいた。



 光速移動ファストランッッ!!



 シュタ!!


 光速移動したグエンが、仮設の陣地に降り立つ。


「あら、おかえり」

「あぁ」


 全身を泥でカムフラージュしたグエンが、陣地の中程で仁王立ちしていたリズの前に立つ。


 二人とも異様な出で立ちだ。


 グエンの格好は、泥は先ほど言ったとおりだが、それ以上に全身を隠すように枯葉や網で体を覆いつくしている。

 そして、リズはといえば。

 少女のような外見に似合わぬ、戦化粧。のたうつような紋様のカラーペイントを、顔から胸、そして背中にかけてと、うねらせていた。


「見てきた。すげぇ数だったぜ」

「そ。じゃあ、砂盤に反映してくれる?」


 互いに気心の知れた親友のように、軽く調子をあわせると陣地の中に潜り込む。

 リズは「これね」と、言いながら、グエンを待つ間に作っておいた簡易の作戦図を示す。


 それは、ちゃんと町の模型とリズたちの駒を配置されており、なかなか精巧な出来だった。

「へぇ……」

 空を駆けてきたグエンには、まるでミニチュアの町を見ているようで、さきほど今見てきた光景を投影できそうな気持になり不思議な感覚だった。


「こんなものまで───すごいな……まるで軍人じゃないか?」

「ふふん。職業柄──ね」


 暗殺者とはそんなことまでするのだろうか?

 謎めいたリズの素性にグエンは、彼女のことを何も知らないことを改めて思い知らされた。


「ん? どうしたの?」

 グエンの態度を訝しがったリズが明け透けに訪ねてくる。

 さっぱりとした性格のリズはこういう時に言葉を濁したりしない。

「あ、いや────……俺はリズのことを全然知らないなーと……」

「アタシのこと? あー……。まぁ、アタシはグエンのことなんかよく知ってるけど──確かに、話はしてないわね」


 お、おう。


「んんー。何? なになにぃ~。もしかしてアタシに興味あるのぉ?」


 煮え切らないグエンの態度をみて、途端にいたずらっ子のような目を向けるリズに、

「当たり前だろ。命を預ける仲間だ────。それに、」


「え。あ、え? あ、───う、うん……」


 思いがけず、真剣に答えてきたグエンにリズが逆に戸惑う。


「それに、俺はリズのことが気に入ってる────」

「えええ!?」


 グエンのまともな回答にリズがひっくり返らないばかりに目を向いて驚いている。

 顔が真っ赤っか!!


「そ、そそそそそそ、そんな急に──! こ、心の準備が、」

「…………いや、もちろん、仲間として。そして、人として、リズほど信頼のおける人は知らない」


「あ、なか、ま。────あー……うん。どうも」

 途端に、目がストンと据わるリズ。

 なにやら真っ赤になっていた顔がスー……と元に戻っていく。


 だが、グエンはそれに気づくこともなく続ける。


「──……あの時、リズだけが戻ってきてくれた。誰もかれもが逃げ出す中……危険を冒して君だけが」

なぁに言ってんのよ。一番最初に仲間のために踵を返したのはアンタじゃん。……アタシも所詮は自分本位な人間よ? アンタが引き返さなきゃ、シェイラを助けに戻るなんて考えはなかったわよ」


 そういって、仮設陣地の隅っこで大人しく膝を抱えているシェイラを見るリズ。


「な、なに?」


「「なんでもない」」


 グエンとリズのつっけどんな回答にシュンと座り込むシェイラ。

 本来彼女はここにはいられない。


 衛兵隊に引き渡され、すっさまじい~尋問お説教を受けることになっていただろう。

 だが、人手不足と、まともに動ける高ランク冒険者の不足から、犯罪者一歩手前のバカであっても、急遽駆り出されることになったのだ。

 もちろん負傷者は除く。


 そして、当然ながら、監視としてリズの監督下に置かれてはいたが……。


 それでも人手不足は否めない。

 現在の兵力の運用は付け焼き刃もいいところ。


 衛兵隊は目下城壁に布陣して、防御兵器を操作中で、

 バリスタ大型弓に、カタパルト投石器を展開し、町の手前で魔王軍を迎え撃つ最終兵力となる予定。


 そして、前方にはグエンとリズを中心とした高ランク冒険者の編成で対応する。

 急遽招集された冒険者は、いくつかのグループに分かれて魔王軍を迎え撃つ態勢だ。


 もっとも、ギルドマスターに加担しなかった冒険者自体が少ないので、残った僅かばかりの冒険者が貧乏クジをひいている状態。

 扱いもやや雑で、少数精鋭の高Lv帯のみがこうして前に出ているのだ。


 それ以外の低ランク冒険者は町で補助役。

 さすがに練度が低すぎて前線運用は困難と判断されたらしい。


 まぁ、街でもやることはいくらでもある。


 で──────グエンたちは当然、前線組。

 地面を掘っただけの仮設陣地を与えられていた。

 これだけを見ても、衛兵隊がどう考えているか一目瞭然だ。


 だから、言える。

 辺境の町の守備隊は、ここで魔王軍を完全に倒すなんて端から諦めているのだ。


 そして、冒険者たるグエンたちにできることは少ない。

 今できることは、多少なりとも、勢いを殺し、その情報を持ち帰ることだ。


 それこそがリズたちの主目的であり、物見役が冒険者に課せられた任務であった。


「偵察目的はグエンの報告で達成済みよ。町には行った?」

「もちろん。規模と種類だけを大雑把に伝えてきた」


 伊達に光速移動ができるわけじゃない。


「良好良好♪」


 リズは鈴がなるような軽やかな声で答えると、砂盤に視線を落とす。


「じゃ、こっちにもよろしく────逃げるにしても、できるだけのことはやらないとね」

 そういって、グエンが駒を並べていくのを横から口を挟みながら完成に近づけていく。


「逃げる、逃げる、とかいうわりに、なんか策がありそうだな?」

 グエンは砂盤を完成させつつ、リズにいうと、彼女はニィと笑う。


「ろんのもちよ。やるなら徹底的に───ね」

 自信ありげなリズ。

 さてさて、何を考えているやら…………。



 そうして、組上がった砂盤に視線を落とすグエンとリズ。

 これで、かなり大雑把ではあるが魔王軍の編成が見えてきた───。

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