第19話「光の戦士(笑)は、撤退する(後編)」

 ………………次は自分だ。


 真っ青な顔になったシェイラ。

 この先のパーティーでの扱いを想像し、吐き気を覚える。


 うう……。

「ぐ、グエン……」


 一人、ポロポロと涙をこぼすも、もうどうにもできないことに思い至り、シェイラは目の前が真っ暗になりそうだった。


 しかし、そんなシェイラに気付いているのか、


「なーに、泣いてんだかー。あ。もしかして、グエンさんに同情してるのかしら?」


 アハハハッ! と嘲笑を交えつつ、レジーナはマナック達と並び立ち、冷たい目をシェイラに向ける。


「……言っとくけどね。あなた、無事に帰れたとして――」


 グイっ! とシェイラを無理やり引き起こすと、レジーナは彼女の耳に口を近づけてボソリと言った。


「……余計なことをしゃべったら、タダじゃ置かないわよ」

「ひッ!」


 思わず漏れた悲鳴。

 レジーナのゾッとする声の響きに、シェイラの顔が引きつる。


 そして、この女───レジーナは気づいているのだろう。


 シェイラが、グエンに対しての罪悪感にさいなまれていることに……。


 下手をすれば、無事に帰還してからもこのガキシェイラがギルドに正直に報告しかねないことに――。


「仮にね。そう、もし仮に……ね。アナタが余計な事を言ったら――」


 すぅー……と、空気が冷える気配を感じたシェイラ。

 ブルブルと震えながら見上げれば、レジーナがシェイラの首をキュウウ……と絞めていた。

 それはそれは、丁寧に。

 キツ過ぎず、

 弱すぎず……、

 優しからず───。

 まさに、弱者をいたぶるすべを知っているその力で――。


「アナタも同じ穴のムジナなのよ……? だから、ね。今日、あそこであったことは黙ってなさい」


「は、はいぃ……」


 ガクガクと足を震わせるシェイラ。

 立っているのもやっとて、

 いっそここでうずくまってしまいたい。


 だが、後方で響く戦闘の地響きに、ニャロウ・カンソーへの恐怖心も頭をもたげて、それを許してくれない。


「おいシェイラ! てめぇ、いつまでもへばってんじゃねぇぞ!」

「アルバスっ、あまりでかい声をだすな!」


 さすがに魔王領なだけあって、魔物がうじゃうじゃいるらしい。


 斥候のリズを失い、雑用兼警戒係のグエンもいない今。ニャロウ・カンソーの支配領域を抜けたせいか、ついには雑魚の魔物の気配が濃くなり始めていた。


「ち……。ニャロウ・カンソーの影響が及ばない地域らしい。こっからは雑魚がでやがるぞ? ガキがのろのろしてやがるから、囲まれそうだ」

「ま、そのぶん。ニャロウ・カンソーから離れたってこったろ」


 ようやく、戦闘の意思を見せるマナック達。


 ニャロウ・カンソーには歯が立たなくても、雑魚モンスターくらいなら……。


 ───グォォオオオオオオオオオオオオ!!


 突如、唸り声をあげて突っ込んできた大型のリザードマン。

 その一撃を危うく躱し、なんとかカウンターを叩き込むマナック。


「うぐっ! な、なんだこのリザードマンは?! こ、こんなでかいのがいるなんて、聞いてないぞ! 下調べを怠りやがって、あのパシリ野郎のグエ───」


 グエンに不満をぶつけようととして、アンバスはおもわず口を噤む。


「グエンのことは言うな! もう、奴はニャロウ・カンソーの胃袋の中なんだぞ! ここは俺たちだけで……」

「わ、わかってる! おい、チビ! レジーナ、援護しろッ」


 怒鳴るアンバスに、シェイラを突き飛ばしたレジーナが答える。


「はぁ?! こ、こんな雑魚に魔力を消費しろっての?!」

「雑魚だぁ?! 馬鹿野郎、よくみろッ! お前も前衛を張って───……グッ」


 ガキィィイン! と、重い一撃を放つ大型リザードマンにアンバスが押される。


 ズザザザザザ───。


「ちぃ! アンバス、受け流せっ! まともにぶつかるとやられるぞ!」

「く、くそッ! 援護しろっつってんだよ!!」


 だが、アンバスの要望にレジーナもシェイラも答えることができない。

 ふたりとも、魔力の使い過ぎなのだろう。


 レジーナをはじめ、女子二人は真っ青だ。


「マジックポーション切れなのよ!…………残る物資は、く……。ルビンと一緒に放棄・・・・・・・・したところね」

「ばッ!……か、鞄の中にあるだろうが?!」


 アンバスは大型リザードマンと鍔競りを続けながら大声で怒鳴る。


「はぁ? みんなが荷物の管理ができるていると思ってるの?! それに……自分の分はとっくに使い切ったわよ!」

「ぼ、僕も、持ってない……」


 シェイラはグエンに差し出したポーションのことを思い出しながら、何かを振り切るように首を振る。


「ちぃ!! 使えねぇ女どもだ!!」

「アンバス、もめている場合か! お前の持っているポーションを出せばいいんだよ!! さっさと物資を再分配しろッ。お前には、そのポーションは必要ないだろうが?!」


「あ゛ぁ゛!? 手が放せねぇんんだよ!!」


 腰のポーション入れと、背中の背嚢には確かにポーションが入っている。

 だが、リザードマンと戦闘中にそれに手を伸ばすことはできない。


 いつもならこういう時は――……!



「くそっ! グエンの野郎……肝心なときにぃ!!」


 そう、いつもなら的確なタイミングでグエンが物資の再分配を、消耗品の配布をしていた。

 だが、それがないのだ!


 なによりも、どこになにがあるのかを誰も把握していない。

 そう。あろうことか、このパーティー。乱雑に分けた背嚢の中身を誰も掌握していないのだ。


「いいから、貸しなさいっ!!」


 乱暴にポーションをひったくるレジーナ。

 アンバスが自分用にとっておいた高級品だ。


「おい待て!! それは俺が買ったエリク――」


 キュポン!

 だが、みなまで言わせずにレジーナは高そうなポーション瓶をためらわすに開封をすると一息に飲み干す。

 そして、

「ぷふぅ!───ほら、シェイラ」

「あ、う、うん!───わわわ、投げないで」

 同じく空いた手で一本をシェイラに投げ渡すと、すぐさま魔法を練り始めた。


「まったく! 持ってるなら、さっさと渡しなさいよ!!――はぁぁあああ!! 神聖結界ホーリーバリアー!!」


 自分だけポーションを確保していたアンバスを避難がましい目で見るレジーナ達。

 シェイラも息を整えながらポーション瓶をあけていく。

 事ここに至って、いがみ合っている時ではないと全員がわかっている。



 わかっているんだけど……。



「てめぇら。何だその目はぁ!? 俺のポーションだぞ! 俺が買ったんだ! 俺がどう使おうが俺の勝手だろうが!」

「アンバス! 今はそんなことを言っている場合じゃないぞ……!」


 さすがにまずいと思ったのか、マナックがアンバスを鎮めようとするが、


「うるせぇ!! お前の指揮が悪いからこうなってんだろうが!! さっさと血路を切り開きやがれッ!」

「な、何だと!?」


 これにはさすがのマナックも黙ってはいない。

 だが、興奮したアンバスが引き下がるものかッ!


「てめぇが適当にクエスト選ぶからこうなってんだろうが!!」

「俺じゃねぇ! グエンのやつが選んだんだ!」


 もちろん、それは事実だ。

 事実なのだが……。


「はっ!! ニャロウ・カンソーよりもつえぇ、ドラゴンを倒そうとか宣ってたやつがよく言うぜ」

「て、てめぇぇ……」


 マナックも顔に青筋を浮かべて、今にもアンバスに切りかからんばかりだ。


 それにしても、大型リザードマンと戦いつつ、実に余裕のあることだ。おそらく、レジーナのバフが聞いているのだろう。


 攻撃力と防御力などが向上し、リザードマンからの圧力が減っているのだ。


 だが、それにしても――。 


「――くっそぉぉお……。俺にヘイトが集中して、うごけねぇぇ!」

「ち、リズかグエンがいないと、タゲが……!」


 いつもなら、グエンがチョロチョロしてヘイトを逸らしたりしていたのだ……。

「ぐぐぐ! くそぉ!!」

 あれはあれでうっとうしかったのだが……くそ! どうも、それなりに有効だったらしい。


「おい、シェイラ!! さっさと魔法を打て!」

「デカいのじゃなくてもいいんだ、はやく!!」


 マナックとアンバスは複数のリザードマンを抑えるのに、必死だ。

 それがゆえに、シャイラも戸惑っている。


「だ、ダメだよ! ち、近すぎる……!」


 密集した場所に魔法を打ち込めば、当然味方も損害を受ける。

 いつもなら、グエンがうまく敵を散らしてくれるけど、それがない。


 それがないだけで、こ、こんなぁぁああ――!


「ちぃぃい! いいから打て!!」

「はやーーーーく!!!」


「む、無理!! グエンがいないのに、無理ぃぃい!」


 魔法杖を構えたまま、うずくまるシェイラ。


「グエンだぁ? グエンごときがいないからってなんだ!?」

「あのパシリ野郎のことは言うな!! さっさとやれぇぇえ!!」


 ギャーギャーとうるさい、マナックたちに、シェイラはたまらず叫ぶ


「もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 さっと魔法杖をマナックたちに向けると、キュィィィイイイン!! と魔力を練り上げていく。

 その速度は速く、そして、強力だ!!


「どうなっても知らないからねッッ!!」

「「いいからやえぇぇえええええ!」」


 パーティの叫びが荒野に響くとき、



「うわぁぁあああああああ!!」


 シェイラの小さな体からヤケクソのような叫び声が放たれる。

 そして、




 ズドォォォォォォォオオオオオオオオン!!!





 と、大爆発がさく裂し、荒野に爆音を轟かした……。


 そうして、大きな犠牲を払いつつも、SSランクパーティ『光の戦士シャイニングガーズ』はなんとか、街へと帰還した───。


 だが、パーティ内の空気は最悪。


 しかし、そうとなりつつも、

 不満をぶつけられるグエンは、もうここにはいない………………。

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