第58話「光の戦士(笑)は、脱走する」

「ック……。マナック!!」


 なかなか目を覚まさないマナックの胸倉をつかんだレジーナ。

 無理やり引き起こし、思いっきり頬を叩く!


 パァン!!


「ふぁあ?! な、ななななな?!」


 激痛と衝撃に、たまらず飛び起きたマナックは、自分を掴んでいるレジーナに気づいて慌てて突き飛ばす。

 彼女の顔にはざんばらになった髪がかかり、不気味な陰影を与えていたので、思わずドン引きしてしまったのだ。


「な、なんだ?! れ、レジーナか? ど、ど、どこだここ?!」

「……落ち着きなさい。ここは衛兵隊の詰め所よ。……その倉庫と言って、わかるかしら?」


 は……???


「なんで、衛兵の倉庫に────あ! グエンの野郎は?! 素材とレアリティSの槍二本!!」

「ばっか! マナック、おまぇ覚えてねぇのかよ?!」


 倉庫らしき建物の扉の前に立ち、外の様子をうかがっていたアンバスが呆れたようにマナックを見下ろす。

 その顔は…………ひどい。


 応急処置は施されているが、鼻が曲がり、唇もひどく割れていた。

 自慢の鎧兜もボロボロだ。


「な、なんだよアンバス……その顔!」

「あ゛?! 本当に何も覚えてないのかよ?」


 アンバスの失望したような顔に、マナックは居心地の悪さを感じる。


「悪かったな! 何も覚えていなくてよ──」

「…………グエンよ。貴方も、アンバスも──アタシもアイツに……。あいつ等にやられたの」


 そういってサラリと髪を掻き上げるレジーナ。

 いつもの彼女ならば、そのしぐさに優雅さと色気を感じるのだが……。


「ぶ!」


 思わず噴き出したマナック。

 

「ぶはは! な、なんだよその顔────ぶっさい……」



 ギロォォォ!!



「ひぃ! すんません」

 物凄い表情で睨まれたので、思わず謝罪するマナック。

 ……だって、めっちゃ怖かったんですもの。


「……ち。二度と顔で笑うなよ────殺すわよ」


 こわっ!


「す、すまん。で、悪いが何があったんだ?」


 意識を失っていたらしい自分の状況が全く思い出せないマナック。

 先だって、たしかギルドでグエンに────……。




 かくかくしかじか





「あ゛あ゛あ゛?!」


 お、おれが……。


「俺がグエンに伸されたってぇぇぇええ────?!」


 ばかな。

「ありえねぇよ! なぁに言ってんだよ」

「馬鹿でも冗談でもないわよ。アンタ一番に昏倒してたんだからね」


 う……。

 ──それを言われるとマナックには分が悪い。


「ったく、で────私も、アンバスも仲良く捕らえられて、大雑把に治療の後ここに放り込まれたってわけ」


 な。なるほど……。


「にわかには信じられんが──……レジーナやアンバスが嘘をつくような話でもないしな」


 そんなことをして誰が得をするというのか。


「クソッ! ぐ、グエンの野郎ぉぉお……」

 ギリギリと歯ぎしりし、グエンの顔を思い出すと激怒する。


「で、どうすんの? 大人しく沙汰を待つ? それとも──……」


「待つわけねーだろ。なんで、俺らが衛兵隊に捕まらなきゃならん? 捕まるのはグエンのほうだろ」

「へぇ? そう思う?」


 あ?


「当たり前だろう──グエンは俺たちの素材とレアアイテムを勝手に持ち出しやがった……そうだろ?」


 そういって、マナックは積み上げられた砂漠由来の素材と、鈍く輝くレアリティSクラスの槍を思い出す。

 ……あれは俺たちのものだ、と。


「そうね。貴方がそういうなら間違いないわ──」

「だろ? そうと決まったら──とっとと、こんな所とはおさらばだぜ」


 ニィ、と笑うマナック。

 その様子に、気心が知れたようにアンバスもレジーナも笑う。


「そう来なくっちゃ────アンバスっ」


 マナックの反応を半ば予想していたレジーナは手はずよくアンバスを呼びつける。


「おうよ。巡回パターンは覚えた。それに何か知らんが町のほうが騒がしい。おかげで衛兵の数がずいぶん減ったぜ?」

「へぇ~。そりゃあ都合がいい、ならさっさと行くぜ」


 そういうが早いか、起き上がったマナックは、首をゴキゴキと鳴らす。

 気絶時間が長く、グエンとあまり戦闘しなかったマナックはまだ余裕があった。


「へ……。やるか、合図したらいけ、俺が後ろ。マナックは余力がありそうだから前方の衛兵を仕留めろ」

「わかってるさ。やるぞ」


 武器もなくとも、腐ってもSSランク。

 その気になれば素手でも人を倒せる。


「いいわね~。じゃあ、まずはここを出て装備を探しましょう。──あと、これの解除もね」


 そういって、手枷のように腕に嵌められた魔道具を忌々しそうに見るレジーナ。

 それが魔力を抑制する罪人用のブレスレットらしい。


「だな。……あとはシェイラはどこだ?」

「ん~……見てないから、ひょっとすると──」


 レジーナは最後まで戦闘に加わらなかったシェイラを思い出す。


「ひょっとすると?」

 マナックの問いに、

「──裏切ったのかもね」


「「なにぃ?!」」


 マナックとアンバスが同時に驚く。

 あんなにビクビクしていたシェイラが随分思い切ったことをすると──。


「ほう。あのガキ……」

「身体に分からせてやる必要があるなぁ」


 苛立つマナックと、舌なめずりするアンバス。


「なら、シェイラも回収する?」

「そうだな。道々見つけたら連れて行こうぜ」


「──だな!」



 くっくっくっくっく……!



 あっという間に結論を出したマナック達。

 町の警備が手薄になったことをこれ幸いとばかりに──彼らは衛兵隊詰所から脱走した。

 しかし、グエン達やギルドの人間がそれを知るのは、もっと後になってからである……。




 ギルドは────街はそれどころではなかったのだ。

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